マッサージ師を舐めないでください
深淵の芸術家の誇る強大な即死スキルのまえに、数の優勢など存在しない。
ただ一筆でいい。正気を破壊する狂気の神秘があればいい。
深淵の芸術家はまたひとつの作品を仕上げた。
まっくろになったキャンバスを小人たちに運ばせる。
どこからともなく新しい白いキャンバスが台座にセットされ、再び、彼の作品づくりがはじまる。永遠の作品づくりが。
ふと、背後で屈強な男がたちあがる。
深淵の芸術家は顔をのそりとあげた。
────
ザッ
キャンバスが一気に黒く塗りつぶされた。
俺も芽吹さんもマンチェストも、紙面から姿が消える。
途端、2人は爆散した。
黒拳が俺の胸を殴りつけてきた。
そのあまりのパワーに思わず俺自身爆発するんじゃないかと錯覚するほどのダメージを負わされる。
本来なら、HPが1000くらい問答無用で消し飛ばされていたのだろう。
そう『
俺はこの身を破壊しようとするダメージを手揉みマッサージした。
こらこら人を傷つけてはいけないよ──と。
ダメージは素直に昇天していき、やがて漲る正のエネルギーとなり、俺の体を癒してくれた。
逆に元気になってHPが1000回復した俺は、巨人に近づく。
巨人はもはや何もすることはないとばかりに椅子に浅く腰掛けて、俺をじっと見つめてきていた。
「『
マッサージによる昇天は一度に与えた快楽度で決まる。
32連で倒せないとなると、その先のマッサージを行うだけだ。
巨人はビクンビクン震えて、たまらず昇天してしまった。
光の粒子となって、空へ還っていく。
ピコーンピコーンピコーン!
ピコピコピコピコピコピコ!!
アビススキル「深淵の辺境」を獲得しました。
「施術完了」
俺は蒸気をあげる指先をフっと吹き冷やす。
「芽吹さん、起きてください」
体の多くを失い亡骸となった芽吹さんのそばに寄る。
『
芽吹さんだったものを集めて、マッサージする。
地球時代。
俺はかつて米国の化石発掘チームの依頼で2億年まえのティラノサウルスの化石から、ティラノサウルスを生き返らせてほしいとの依頼を受けたことがあった。
当時は「なにを馬鹿なことを言ってるんだ、この科学者たちは」と一笑に伏したものだったが、今となっては、あれが俺の回復系マッサージを進化させるいい機会となった。
ちなみに48時間の施術の末に無事ティラノサウルスは蘇った。
「ぷはっ! けほ、けほ、けほ!」
「おはようございます、芽吹さん」
「あ、あれ? わたし絶対死んだと思ったんですけどね……おかしいですね……」
「マッサージ師を舐めないでください」
「……深くは聞かない方がいいですかね?」
「はい」
芽吹さんはしゅんとして「これ絶対マッサージで生き返ってるじゃないですかぁ……」と真実に勘づいた声をもらした。
俺はマンチェストの肉もこねて、蘇らせることに成功する。
「はっ!? ここはどこ私はマンチェストッ!?」
「あってますよ。おはようございます」
混乱するマンチェストをおいて、俺は巨人『アビスボス:深淵の芸術家』が着手していたキャンバスを見やる。
キャンバスにはアイテム表示が出ており『深淵の画布』となっている。
少々デカいそれを俺は無限外套に回収した。
黒い小人たちが山のようなキャンバスの間から出てきて、四角い箱を持ってきた。
「これが最奥アーティファクトですか」
アイテム表示は『大悪魔の鍵』となっている。
名前からしてこれで間違いなさそうだ。
ミッションコンプリートである。
クソだるそうな芽吹さんのもとに寄る。
「鍵手に入れましたよ」
「はあ、それはよかったです、ところで凄い眠いんですけど、これって今から歩いて帰るんですかね?」
「ミスター・ゴッドがいないからおそらくはそうでしょう」
「ええ……わたしちょっと体がだるくて……」
「私もちょっとご機嫌最低絶不調さ!」
死亡からの復活は体力を多く使うので仕方ない。
「ちょっと待っててください」
俺は深度24へ戻って、地上への穴を開けてから最深部へと戻って来た。
「加納さん、さっきとんでもない音が聞こえたんですけど……」
「ちょっとダンジョンをマッサージしてきました。近道が良い感じでできたので行きましょう」
「やっぱり、これってまさハウスマスターに責任が行くやつじゃ……いや、わたしたちのためですよね、ありがとうございます、加納さん」
「勇者カノウ! 勇者メブキ! ダンジョン制覇されたので大丈夫だとは思うが、迷宮の再構築がはじまるまえに帰還をはじめたほうがいい!」
という訳で、俺は二人を抱えて、そのままダンジョンから脱出した。
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