アビスボス:深淵の芸術家


 霧に書かれた『アビスボス:深淵の芸術家』の文字。


「アビスボス? 普通のボスとは違うようだが」

「加納さん、なにか知ってますか?」

「普通のボスですよ」


 今までの経験からいって、名前が違うだけでとりわけて違いがあるわけではないと思われる。


「あれ? ここよく見てください」


 芽吹さんが指さすところ。

 霧のボスの名前表示のしたにうっすらと『ボス:ゴツゴツジャイアント』と書かれている。

 ただ、その文字は消えかかっている。

 どういう意味だろうか。


「考えても仕方ないですね。行きましょう、芽吹さん、マンチェストさん」


 霧の文字をなぞる。

 黒く変色し、道が開けた。


 暗黒のドームであった。

 チュートリアルダンジョンのアビスボスたちのいた空間と同じだ。

 

「加納さん、あれ」


 ドームの真ん中に淡い光で照らし出される人影があった。

 3mにもなる長身の痩せた男だ。

 床まで伸びる白い髪は、カラカラに乾いたようである。

 カビの生えた礼服をまとっていて、大きなキャンバスに油絵の具で一心不乱にブラシを動かしてなにかを描いている。


 彼のまわりにはいくつもの真っ黒で塗りつぶされたキャンバスが積み重ねられており、俺たちはその間をかきわけるようにして、ドームの中央へたどり着いた。


「なにを描いてるんだ」


 俺は話しかける。

 巨人はブラシを動かす手をぴたりと止める。

 こちらをふりかえる。

 大きな体がこちらへ向き、じーっと俺たちを見つめて来た。

 

「っ、加納さん、あの絵」

「私たちではないか!」


 マンチェストが声を高らかにする。

 キャンバスに描かれていたのは、俺たち3人の姿であった。

 巨人はおもむろにブラシで、マンチェストらしき人物の右腕を塗りつぶす。


 ザッ

 

 瞬間、マンチェストの肩から先が爆散した。


「ッッ!!!??」


 ハンマーが地面に落ちた。重たい音が響く。

 マンチェストは滝のような冷汗を流し「なんという能力……ッ!」と驚愕に声をもらし、傷口を必死に手で押さえた。


 途端、キャンバスの隙間から、ヒトガタの黒い小人たちが現れた。

 小人たちは手に短剣をもっていて、マンチェストに襲い掛かる。マンチェストは片腕で小人たちをなんとか追い払う。


「隙だらけですよ」


 芽吹さんは、マンチェストが攻撃を受けた隙に、すでに巨人の背後へまわっていた。

 スキル発動を狙い、マチェーテで致命の一撃を加えて、巨人の背中を斬りつける。

 スキルが発動すれば、ずっと芽吹さんのターンだ。

 アタックカウンターにより、半永久的に上昇するステータスによって敵はなにもできずに死──


 ザッ


 芽吹さんの右腕が吹き飛んだ。

 どこからともなく黒い影の手がのびて、その体をちぎり取ってしまっていってしまったのだ。芽吹さんは信じられないような顔をして、血を噴出して、地に伏した。


「勇者メブキッ!!? なんという能力だ……!」


 絶叫するマンチェスト。

 芽吹さんが一撃でやられるなんて、こいつは只者ではない。


「おそらくは確率成功系の即死スキル……! 部位を限定することで即死発動を諦め、部位破壊を実現しているに違いない……!」


 流石マンチェスト、この手の能力への見識が深い。


「どうやらこちらの方には、施術の必要がありますね」


 俺は一気に踏み込んで、巨人へ『秘孔三十二連星エデン・オブ・サーティトゥ』を打ち込んだ。

 

「決まったっ! 加納さんのマッサージを受けて立ってられる者はいませんっ!」


 地面に転がり、死にそうな顔しながらも、勝利を確信する芽吹さん。


 ザッ、ザッ、ザッ


 俺たち三人は一気に黒く塗りつぶされた。

 途端、黒い腕が一気に湧いて現れ、俺たちは無残にちぎられてしまった。

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