バリーデリー到着


 エージェントGの正体がミスター・ゴッド側の人間だと分かった途端、やたら信頼できる人物に思えているのだが、俺は単純だろうか。


「加納さん、ブラックキングいましたよ」

「ありがとうございます」


 芽吹さんについて行って、王都騎士団の馬倉へと侵入する。

 もちろん、俺は隠密が使えるし、芽吹さんも天才的な殺し屋なので、なんのことはなくブラックキングのもとへたどり着けた。


「貴様なにものだ! その馬になにをする気だ!」


 ブラックキングを馬房からだして、納屋を出ようとすると流石に見つかった。

 もちろん、芽吹さんが。

 俺は騎士の目の前でブラックキングの手綱を引っ張っているが、バレてはいない。

 たぶん騎士には勝手にブラックキングが脱走しているように見えていることだろう。


「静かにしてください」


 俺は騎士の肩を撫でる。


「うひょう……!」


 騎士は極楽の顔で膝から崩れ落ちた。


「行きましょう、この町にこれ以上いたら危険でしょうから」

「どちらかというと加納さんが町にとって危険そうですけどね」


 王都を出立した。

 わずか半日の滞在だ。

 もうすこしゆっくりしたかったが、王がバケモノと成り果て、大悪魔に魂を売ってしまっていては、俺たちの旅の前提条件が崩れる。


 数日かけて移動し、途中、検問などにひっかかりながらも、マッサージと巧みな殺人術で斬りぬけ、ついに10日の旅の果てに岩窟ダンジョンへとたどり着いた。


 

 只今、俺と芽吹さんは小高い丘のうえにいる。

 眼下には茶色だらけの景色が広がり、岩の渓谷が大地に割れるように形成され、その谷底には人々の活気を感じる町が見わたせた。

 あれが岩窟ダンジョンのある町バリーデリーだろう。

 

「長い旅でしたね」

「芽吹さん、お疲れですか」

「わかりますかね?」


 芽吹さんは茶色いマントのフードを外し、顔を見せてくれた。

 目の下にクマがあり、すこし痩せたように見えた。

 エスタから王都ジェスターまで7日間の旅。

 そこから、ほとんど休憩せず10日間の旅。

 馬での移動は車に揺られるのとは訳が違う。

 この荒野の大地への道のりは険しかった。

 慣れないことの連続で、憔悴するのも無理はない。


「検問が多くて、あんまり寝れない夜が続いてましたから、すこしだけ疲れちゃいましたかね」

「すこし触りますよ」

「い、いいですよ! 死にたくありませんから!!」


 軽く芽吹さんをマッサージすることにした。

 遠慮しているらしいので、馬をおいて逃げだす芽吹さんを先回りして捕まえて、久しぶりの手揉みで肩をヤった。


「ふにゃあああああああーーーー♡」


 最後に元気の源ゴッドフィンガーlv3を打ち込めば施術完了だ。


「ハァハァ、ハァ、ハァ……だ、めです、よ、こんなことされたら壊れちゃいますから……」

「さて、行きますか」

「……ちょっとはいやらしい雰囲気になった事へのコメントは無いんですかね。今のは発展する場面では? 違いますか? そうですか」


 こうして俺と芽吹さんは岩窟ダンジョンの町バリーデリーへ元気溌溂で足を踏みいれた。


「やあ、そこの体格のいい兄ちゃん、岩窟ダンジョンへ挑んでみないかい!」


 町に入るなり、筋トレに目覚めて30年経ったマリオみたいな男に話しかけられた。

 俺と同等に背が高く、筋骨隆々でオーバーオールを着こなしている。たぶんこの人以外このサイズを着れる人類はいない。


「ちょうどよかったです。俺たちそのダンジョンに用があるんです」

「お、それはご機嫌最高についてるぜ、兄ちゃんとお嬢ちゃん!」


 ミスター・マリオは髭を指でピンっとはじくと、渓谷の奥を指さした。

 

「いま岩窟ダンジョンじゃ特別な催しを開催中だ。その名も『ゴールドラッシュ』だ! ご機嫌最高絶好調に最高深度を更新しつつある岩窟ダンジョンだが、この度ついに最深領域が判明したのさ!」


 話を訊くと、最深部付近というのはダンジョンのすべてが隠されている場所らしい。

 必ず黒い煉瓦でつくられた遺跡チックな雰囲気の迷宮になるらしい。

 そこまで辿り着けば、最奥まで残り5階層の証だとか。

 ダンジョンの攻略の歴史を紐解けば、岩窟ダンジョンの終わりが近いことは明らかだった。


「岩窟ダンジョンはB級ダンジョン、実質的に攻略不可能なA級やS級のダンジョンと違って、人類にも手が届くダンジョンでの最高峰さ! だから、ダンジョンハウスは組織的な攻略を企画して、マッピングを共有し、モンスターを掃討し、人類初の攻略済みB級ダンジョンをつくるべくやっきになっているのさ!」


 だから、イベントで人を集めるというわけだ。

 願ってもない機会だ。


「芽吹さん」

「ええ、加納さん」


 俺たちはうなずきあった。

 ダンジョン攻略が再びはじまる。


「ミスター・加納」

「エージェントG、どこから湧いてきたんです」

「この先にはあなたでも一筋縄ではいかない敵が待っているかもしれません──」


 どこからともなく現れたエージェントGは、恐ろしく役に立たない意味深な言葉を残して、霞となって消えてしまった。


 いや、なんで出て来たんだよ。

 それに、もっと役立つアドバイスあっただろ。

 お前毎回なんなの?


 つくづくわからない奴だ。

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