深淵の遺物
3階層を無事突破し、4階層への階段を見つけた。
「ああ、もうパンパンですぅ、これ以上入れたら壊れちゃちますよぉ」
熱っぽい吐息を漏らしてルーヴァが腕にしなだれかかってくる。
サドゥのカバンと、リィのカバンを見ても同様だ。3人とも肩掛けエナメルバッグのようなカバンを装備している訳だが、どうにもすぐパンパンになってしまう。
ダンジョンハウスのアイテムコーナーで予算の都合がつくなかで一番大きなものを選んだのに、だ。
「仕方ないですね、今日はもう良い時間ですし、ここら辺で引き上げましょう」
ダンジョンハウスの受付へ戻って来た。
「な、な、なんだと……」
ハウスマスターはガタっと椅子から立ちあがり、唇を小刻みに震えさせている。
ほかの攻略家たちが野次馬のように集まってきて「なんちゅー量だ……」「どんだけ倒せばあの量の魔力クリスタルが……」とブツブツと声が聞こえてくる。
「カノウ君、一体これはどうやって……」
「まあ、ちょっとコツがありまして」
コツというかアーティファクトと言うか。
俺はサングラスの位置を直す。
「ほう、素晴らしい攻略家はすでに一級品の装備を持っていると言うことかね……素人ばかりと思っていたが、どうやら私の目は節穴だったようだね」
ハウスマスターは察したようで「一応、そのアーティファクトも査定してみるかい?」と言ってきた。
『追跡者の眼』が強力なアーティファクトなのは知っているが、その市場価値まではピンと来ていない。
良いタイミングなので調べてもらう事にした。
ハウスマスターがカバン(大)を3つと『追跡者の眼』を持って、アシスタントの女の子たちと査定をはじめた。
査定だけで1時間ほどかかったが、ちゃんと買取価格を出してくれた。
「明日はアルバイトを増員しておこうかね」
小さな魔力クリスタル×187個
500×187=93,500マニー
魔力クリスタル×60個
1,000×60=60,000マニー
大きな魔力クリスタル×8
2,000×8=16,000マニー
合計 169,500マニー
「すごい! 凄いですよ! 加納さん!」
「うぅ、カノウさんはゲールズ家の誇りですぅ……」
「お姉ちゃん、カノウさんはまだお婿さんに来てないよ……!」
「流石はカノウさんですっ! カノウさんは世界一の攻略家に違いないのですっ!」
みんな大袈裟な気がする。
確かに金額は上がったが、金策の効率としてはあんまり良くないような……。
「俺が整体院開いた方がもっと儲かるんじゃ……」
そんな考えが頭をよぎったが、すぐにぶるぶると首を振った。
俺はあの生活が嫌で異世界まで来たんだ。
絶対にマッサージで金など稼いでやるものか。
ん? となると、攻略にマッサージも使っちゃいけないのか?
……いや、そこら辺はファジーにしておこうか。
脳裏をよぎるのは祖父の言葉
『お前はマッサージ神に愛されておる。世界のどこへ逃げようともマッサージからだけは逃げることはできん!』
はたから聞いたら頭のおかしい老人の妄言にすぎないが、俺には言葉の意味がわかる。
マッサージを極めると神の存在を感じれるようになるのだ。
その神は、いつでもそばにいて、今も俺に語りかけている。
だからこそ、俺の意志は固い。
マッサージでだけは金を稼がない、と。
「アイテムコーナーですね」
ゲールズ三姉妹と芽吹さんと俺で利益を分配した後、俺たちはさらなる効率アップのために使えそうな装備を物色していた。
アイテムコーナーには、攻略家たちのために作られたアイテムや、攻略家が持ち帰ったアーティファクトが売られていた。
芽吹さんがアイテムの概要を姉妹に尋ねたり、あれやこれやと使用用途を考えていると、ふと、ハウスマスターが俺のところへ来た。
「カノウ君、例のアーティファクトの査定が終わったよ。来て欲しいんだ」
神妙な面持ちのハウスマスターに呼ばれて、俺はカウンターの向こう側へと通された。
「まず初めに訊きたいことがあるんだ」
カウンターの裏の部屋は、無数の資料が所狭した並べられた部屋だった。
年季の入った分厚い本がたくさん置いてある。
「カノウ君、君の正体を訊くつもりはない。ひとつだけ教えて欲しい。これは、このアーティファクトは、ただのアーティファクトではないはずだ。そうだね?」
「はい。知り合いの鑑定士は深淵アーティファクトって言ってましたよ」
「……! やはり、そうなのかね。これが、これがあの深淵アーティファクトなのか」
ハウスマスターは机のうえの『追跡者の眼』を恐る恐る持ちあげる。
「深淵アーティファクト、どうやら貴重なものなようですね」
「貴重なんて言葉で済ませられる代物ではないね。これは深淵の渦のなかでしか手に入らない物なのだからね」
「深淵の渦?」
「世界の秘密が隠された場所、すべての神秘の源泉、そう呼ばれているよ。そこには誰も辿り着いたことがない。だけど、世界をめぐる魔力はすべてそこへ還っていくと考えられているのさ」
深淵……もしかして、あのチュートリアルダンジョンのことなのだろうか?
思えば結晶ダンジョンと比べると全体的に不気味な感じというか、異質な感じはしていた。
深淵アーティファクトが手に入ったことを考えれば、あそこが特別な場所だったのは間違いない。
「お願いだ、カノウ君、この深淵アーティファクトを売ってくれないかね?」
「いくらですか?」
「幾らでも出そう。100万でも200万でも」
「それでは採算が取れていないですよ。深淵アーティファクトの効果を適切に使えれば、一日で安定して、最低10万マニー稼げるとすでに分かっているんです。結晶ダンジョンに慣れればもっと稼げるでしょうし、より階層を降りれば尚更ですよ」
「そう、だね。うん、全くその通りだ」
ハウスマスターは疲れたように笑った。
「無粋なことを言って悪かったね。その超一級の遺物は、君が困難な冒険の末に手に入れた物なのだろう」
いや、わりと簡単に拾ったって言うか……。
「では、いつか君がそれを必要としなくなった時、私にそれを売ってくれるかい。もちろん、私が出せるだけの額を出すつもりだ。私はハウスマスターであると同時にアーティファクトの研究者でもあるんだ。その遺物は喉から手が出るほど欲しい」
「いつか、ならいいですよ」
ハウスマスターに解放されて、カウンターの裏の部屋を出る。
「カノウ君、君に良い物を売ってあげよう」
「これは?」
ハウスマスターから黒いコートを渡される。
「『無限外套』と呼ばれる一級アーティファクトだね」
「一級アーティファクト」
「そうだ。発掘されたアーティファクトのなかでも最上の理解不能さと、最上の神秘的能力を秘めた品だ。このコートの来た者はスキル『ポケット』を使える。ポケットは収納空間のことさ。だいたいカバン(大)3つ分の収納空間がある」
なにその最強アイテム。
「1,000万マニーで売ってあげよう」
「いや、売る気ないでしょうが」
「はは、担保としてその『追跡者の眼』を指定させてもらう。代わりに今払えなくてもこれを君に渡しておこう。支払いは結晶ダンジョンに潜って稼いでくれればすぐさ」
なるほど。
確かにその方が効率的か。
ハウスマスター、最初は小うるさい俺の祖父のような老害かと思ったが、存外いい人だ。
「ありがたく受け取っておきます」
「それとこれも15階層までの探索許可も出しておこう。君ならまず問題ないとあのアーティファクトを見て確信したからね」
ハウスマスターはそう言って、俺の背中をたたいた。
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