冒険者ギルド、第10位、崩壊の攻略家カリクレータ

 誰も予期していなかった大災害の夜が幕を開けた。


「撃て! 撃て! 撃てぇ!」


 ダンジョンハウスの倉庫に眠っていた3門の大砲が絶え間なく火を吹いていた。

 町には硝煙の匂いがたちこめ、轟音が鳴り止むことはない。

 町の端にいようとも、落ちてくる天井の埃に顔をしかめるほどだ。


 攻略家も冒険者も、皆がこの黒鉄の筒にすべてを託し砲弾をせっせと運んだ。


 だが、敵はあまりにも強大だった。

 人類の作り出した武器は、神秘の迷宮からやってきた怪物を前にまるで意味をなさない。


 人々は無力だった。

 

「まずい、エスタに着くぞ!」


 クリスタルコロガリムシがついに山を降りきった。

 高さ2m、重さ数十トン。

 歩くトーチカたるクリスタルコロガリムシは、家屋にまっすぐ突っ込んで行く。

 クリッとしたお目目が可愛らしい。

 だが、やることはえげつなく、家族の思い出が詰まった家々を無慈悲になぎ倒していった。


 悲鳴をあげる母親。

 泣き叫ぶ子供。手にはクリスタルコロガリムシの人形を持っている。たぶん今後この子がこの人形で遊ぶことはない。


 数多の悲劇を生み出そうとも、まん丸フォルムの怪物は止まらない。まるで「誰だ、俺様の道に家なんか建てやがったのは!」とでも言わんばかりの理不尽さで豪快に進撃する。


「もうおしまいだ……」

「エスタは滅びる……誰もあんなの倒せっこねぇ……」


 クリスタルコロガリムシを前に多くの冒険者は敗北した。

 だが、諦めていない者もいた。


「ほう、ダンジョンが崩れてモンスターがねぇ、実に興味深い」


 そう言い、クリスタルコロガリムシの行く手に立つのは分厚い白衣をなびかせ、黒縁メガネをかけたインテリ風の男だった。

 銀髪のオールバック。

 眼鏡の奥には知性溢れる蒼瞳が輝く。

 オーラが違った。

 凡人とは一線を画す存在感をもっている。

 

「あ、あれは! S級冒険者10位『崩壊の攻略家』、か、カリクレータっ?!」

「帰ってきていたのか、伝説の攻略家が!」

「で、伝説の攻略家?」

「知らんのかお前は! 『崩壊の攻略家』カリクレータ、やつは結晶ダンジョンの最高階層18に最初にたどりつき、歴史を作り、S級となったエスタの英雄だぞ!」

 

 その場にいた数百人の傍観者たちが、いっせいにざわめく。

 ハウスマスターはカリクレータの姿を見るなり「勝った」とつぶやき、ニヤリと笑みを浮かべた。これで責任問題を回避できるかもしれない。え、できない? できないかぁ……。


 白衣をなびかせ、カリクレータは浅く微笑む。

 懐から金属の板のような物を取り出した。

 縦横10cmほどの小さな物だ。


「諸君、下がっていたまへ」

「っ! 皆の者ふせろぉおおお!」

「ぁ、あれは、カリクレータの一級アーティファクト!?」


 金属の板は正式名称を『崩壊の遊戯』という。


 ───────────────────

 アーティファクト

 『崩壊の遊戯』

 崩壊を閉じ込めたいにしえのデッキ。

 消費MP:100

 効果:崩壊を使用可能になる

 ────────────────────

 

 カリクレータの代名詞とも呼べるアーティファクトだ。


 野次馬たちが蜘蛛の子のように散った。

 『崩壊の遊戯』に紫色の幾何学模様がうきあがる。板はガシャっと開くと、なかから紫光に輝くカードを排出した。


 カリクレータは軽い調子で、カードを手に取り「砕け散れ」とキザに言い放つと、カードを投げた。

 クリスタルコロガリムシに突き刺さる。

 瞬間、エスタの町に地震が発生した。クリスタルコロガリムシを中心に崩壊がはじまる。


 家屋が崩れ去る。

 地割れが起こり、人々は悲鳴をあげる。


 衝撃の根源をまともに受けた怪物は、もはや跡形もなく砕け散ったと誰もが思った。


 クリスタルコロガリムシは一瞬、動きを止めただけで、再び進撃をはじめた。


「ば、バカなっ! カリクレータ様の崩壊カードが通用しないなんてっ!」


 カリクレータは眉根をひそめる。

 

「なるほど、20階層を越えると流石にタフというわけか、実に興味深い。ふふ、はは、いいだろう、お前には″炎″を使ってやろう」


 カリクレータは眼鏡を外す。

 右眼にふわりと真っ赤な炎がともった。


 ───────────────────

 アーティファクト

 『焔ノ光』

 視点を焼き払う。

 消費MP:140

 効果:摂氏4,000°の熱線を放つ。

 ────────────────────


 義眼もまたダンジョンの秘宝たる一級アーティファクトである。


「ホムラのヒカリ」


 カリクレータは右眼を優しくタッチする。

 すると、アーティファクトが起動し──直後、眼から強烈な熱線が放たれた。


 灼熱の光線はクリスタルコロガリムシを真正面から焼き尽くしていく。

 青白いクリスタルが光を乱反射し、エスタの町は猛烈な明かりにつつまれた。


 カリクレータは右眼を閉じて、アーティファクトを冷却状態に移行させ、結果を確認する。


 赤く溶解したマグマのなか。

 クリスタルコロガリムシは、平然として突き進んできていた。


 これにはカリクレータでさえ顔色を変えた。


「化け物か……」


「なんじゃかわからんが、カリクレータのアーティファクトでさえ通用せんのか?!」

「強すぎる、もうコロガリムシなんて可愛い名前つけてる場合じゃねえぞ!」


 カリクレータの横を、クリスタルコロガリムシは猛スピードで通り抜けていく。

 彼のことなど眼中ないようだ。


 あまりにも唯我独尊な振る舞いに、カリクレータは冷や汗をぬぐう。


 体感的にMPの残量はわずかである。

 崩壊カードと炎という大技を使ったあとに取れる行動は限られてくる。


 クリスタルコロガリムシはいよいよ、町を出て、森へと入っていく。

 見失えば、再び発見するのは困難だ。

 ここで倒さねば、どこで大きな被害を生み出すかわかったものじゃない。


 やるしかない。

 カリクレータは化け物を追いはじめた。


 ──しばらく後


 もはや、クリスタルコロガリムシを追いかけているのはカリクレータだけという状況だった。


 というのも、クリスタルコロガリムシは遅そうに見えて時速30kmを維持して動き続けているのだ。


 歩くトーチカならぬ走るトーチカである。


 カリクレータはダッシュで並走しながら、決断を迫られていた。


 いいだろう。

 やるしかない。

 ここで決める。


「私もMP消費なしの遺物があればよかったのだが──なッ!」


 そう言いながら、カリクレータは大きく跳躍して、黒くて長い鋼鉄の杭をとりだすと、鋭利な先端でクリスタルの甲殻を叩いた。


 ───────────────────

 アーティファクト

 『十三の呪詛』

 死神に敵を見つけてもらうための符号。

 消費MP:50

 効果:13回攻撃に成功すると対象は死ぬ。

 ────────────────────


 奥の手の奥の手だ。

 確実に敵を倒せる反面、この黒杭には呪殺に失敗した時のペナルティがある。

 すなわち、13回の攻撃で敵を仕留められなかった時、自分に呪いが跳ね返ってくるのだ。


 もし7回刺したところで、他の要因で対象が死んだ場合、呪殺失敗となり、7回分の符号が使用者へと蓄積される。

 同様の失敗を次回に犯してしまったら、その時は自分が死ぬことになる。


 危険すぎる遺物ゆえ、初めての使用だ。

 

「なっ!?」


 だが、リスクなど心配する必要はなかった。

 そもそも、黒杭の先端はクリスタルコロガリムシへ通らなかったからだ。


 カリクレータはクリスタルコロガリムシの甲殻を蹴って、大きく距離を取る。


 万策尽きた。


「この私が何もできないとはな……結晶ダンジョン、実に興味深い」


 カリクレータは疲れたように笑みをうかべ、小さくなっていくクリスタルコロガリムシを見送った。


 もう自分にできることはない。

 勝者を見送るのみだ。


 ふと、後ろから足音が聞こえてきた。

 ザクザク森の枝葉を踏む音とともに、近づいてくる。


「ダンゴムシ外出てるじゃないですか」

「ん? ああ、あれか。あれは町を破壊しながら人類の抵抗など無意味と嘲笑う悪魔だよ」


 カリクレータはそう言いながら、横に立った長身筋骨隆々の逞しい青年へ視線を向ける。


 あの化け物を追いかけてくるとは、なかなか勇敢な冒険者だな、とカリクレータは思った。


「なるほど。どうやら、皆さんに迷惑をかけた様子。ここは俺が責任を取りましょう」


 そう言って、青年は小走りでクリスタルコロガリムシを追いかけていった。


「素人に何ができるかわからんが、まあ、試してみるといい。結晶ダンジョンの怪物の恐ろしさを知るいい機会だ」


 カリクレータはそう言って、青年の背中を見送った。

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