大災害


 その日、結晶ダンジョンが崩壊したとの一報がギルドに届けられた。

 巨大な揺れのあと、冒険者ギルドが調査したところ、クリスタルの霊峰の北側、階層にして23階層〜25階層の3階層に渡って、迷路が露出した状態になっていたのだ。


「何があったんだね?」


 結晶ダンジョンハウスマスターは、緊急事態につきギルドに呼び出された。


『おたくのダンジョンが露出してます』


 訳の分からないイタズラかと思ったが、結晶山の山肌を見て、納得せざるを得なかった。


 この情報は攻略家たちの間で光の速さでシェアされ、皆がこぞって、ダンジョンの穴に急行した。


 ダンジョンハウスはすぐさま穴に対して規制をかけた。


 なぜなら、23階層〜25階層クラスの極めて危険なモンスターの流出が考えられたからだ。


 世間一般で考えれば、1匹逃げ出しただけで、一つの町が機能停止に追い込まれるレベルの怪物である。


 好奇心旺盛で野心的な攻略家たちは、誰も近づくことさえ許されず、すこし離れたところでバリケードのもうけられた穴を野次馬をするしかなかった。


 逆にモラルある攻略家と冒険者たちによって、穴は迅速に囲われ、臨時のバリケードを設置することで、一応の初動対処を完了した。


「まさかダンジョンが崩れることなんてあるんだな」

「生まれて初めて聞いたぜ」

「わしはこの道40年のベテランじゃが、こんな話は聞いたこともないわい」


 バリケードを守る攻略家たちは、初めてみる23階層〜25階層を眺めながら、そんな話をしていた。


 結晶ダンジョンの最高到達階層は18階層だ。

 ゆえに、目の前の迷宮が人類未達の迷宮だと考えると、やはりそそられるものがあった。


 多くの攻略家が長い年月をかけて、この深みへと到達を夢見るのだ。

 いますぐにでも足を踏み入れることができるのに、それを我慢できる彼らは、やはり自制心ある大人なのである。


「ん? なんか来るぞ?」

「嘘だろ、23階層のモンスターか?!」

「全員こっち来いッ! 弩級のバケモノが出てくるぞッ!」


 バリケードを守る攻略家たちの間に、ざわめきが広がっていく。


 かの有名な結晶ダンジョン。

 その人類未到達の領域から一体何が出てくるのか。


 誰も知らない。

 わかることは間違いなく″ヤバい″ということだけ──。


「ここが死に場所か」

「ダンジョンの深きから来たモンスターと戦って死ぬなら、攻略家の本望ってやつだぜ」

「皆、骨は拾っておくれよ」


 腹をくくる攻略家たち。

 

 迷宮の奥から巨大な影が近づいてくる。

 まん丸としたフォルム。

 輝く光沢。世界の財宝を見渡しても、これほど美しい輝きはない。

 青く、透き通った、魅惑の光彩が、流線的なフォルムを際立たせる。


 その正体は──


「く、クリスタル、コロガリムシ、なのか?」

「ひぇえぇ、で、デカすぎるッッ?!」

「なん、だ、あれ、は……」


 バケモノが出てきた。

 クリスタルコロガリムシは「お? ここなんか開いてんじゃん」くらいの軽いノリで、ダンジョンから出てこようとする。


 攻略家たちは「てめぇら、ここから先へは行かせるなぁああああ!」と全身全霊で止めにかかった。


 メイス、ハンマーなどの殴打武器で武装した攻略家たちが、23階層級クリスタルコロガリムシを迎え撃つ。

 クリスタルコロガリムシはバリケードのところまで来ると、普通に乗り越えてやってきた。

 想定していなかったあまりのデカさに、バリケードは何の役にも立たずに突破されたのだ。

 穴から出てきた。

 山を呑気にテクテク歩いて降りようとしてくる。

 攻略家たちは全範囲から叩きまくる。


 だが、まるでダメージが通っていない。


「どけ! 俺がやる!」

「あ、あんたはエスタの町一番の巨漢で有名な男!」

「ふんぬるぁあああああ!」


 巨漢が50kgものヘッドを誇る戦槌で、クリスタルを叩いた。

 が、究極的な硬度を前に、戦槌は砕け散ってしまった。

 巨漢は自信を打ち砕かれ、その場に崩れ落ちる。


「だ、ダメだッ! ミスター・巨漢でも歯が立たねえ!」

「第二防衛ライン突破されます!」


 クリスタルコロガリムシは散歩するように、右へ左へ、自由に歩きまわる。


「ハウスマスター……ッ! このままではエスタの町まですぐに到達してしまいます……!」

「どうにかならないのかね?」

「無理です!!」

「ぇぇ、もう諦めちゃうのかね……?」

「現在、ダンジョンのハウスにいる攻略家と、エスタ冒険者ギルドの冒険者を総動員していますが、まるで侵攻を止められておりません!!」


 ハウスマスターは腕を組む。


「ハウスマスター!」

「今考えているんだ。ちょっと静かにね」

「これは責任問題ですよ!! 事態が終わったあとの言い訳を今のうちに考えておいた方がよろしいかと!!」

「ぇぇ、これ私の責任なのぉ……? わりと理不尽すぎないかね……?」


 ハウスマスターは必死に頭を悩ませる。

 

「ああ、そうだ、そういえば、あれがギルドにあるじゃないか」


 超巨大クリスタルコロガリムシの前線では、ピッケルで一点にダメージを与える作戦がとられていた。

 だが、鋼のピッケルで叩こうものなら、先端が砕けて、飛び散って破片が危険で仕方がない。

 現に怪我人が続出しこの作戦は中止された。


「クソ! どうすればいいんだ!」

「あんなバケモノ倒せるわけねぇだろ!」


 皆が投げやりになっていると、得意げな顔をした冒険者たちが秘密兵器を転がしてきた。


 それは冒険者ギルドが用意した城砦防衛用の大砲である。

 以前、王国騎士団が運搬していた物をギルドが買い取った時のものだ。


 本来はダンジョンハウスに設置されダンジョン入り口を防衛する物である。

 が、大砲を設置するためには、ダンジョンハウスの大規模な改修が必要だった為、結局、数年前に計画は断念されたのだ。


「こいつをぶっ放すぜ!」

「撃てぇええ!」


 攻略家も冒険者も蜘蛛の子のように散っところへ、火薬の炸裂とともに砲弾が叩きこまれる。


 クリスタルコロガリムシに命中。

 轟音と共に砕け散った。──砲弾のほうが。


「「「「「「「ぇぇぇ……」」」」」」」


 その場にいた全員が困惑の声をもらす。

 どうすんのこれ。どうすんのこのムシ。

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