芽吹さんは美少女


 ポタッ。

 ポタッ。

 水滴のしたたる寂しい音が聞こえる。

 俺たちは今、冷たい鉄格子のなか、湿っていて不衛生な硬い床に座らされている。


 牢屋のなかには、薬物やってるとしか思えないほど顔色の悪い者や、極悪な犯罪者の顔つきをした野郎ども、博打に負けて人生逆転ゲームにも負けた勝てなかったゴミみたいな汚いおじさんたちがたくさんいた。


 まあ、今は俺たちのそのメンバーの一員だ。

 ろくでなしの巣窟で俺と芽吹さんは新入りになってしまったのだから。


「なんでわたしたちがこんな目に……」

「芽吹さん、もう殺し屋稼業からは足を洗ってください」

「ちょっとわたしのせいみたいな言い方やめてください。明らかに加納さんの筋肉というか、格好のせいなんですからね」

「そんなことないですよ。俺はただのマッサージ師なので、疑われる要素はないです」

「やっぱり、どこか変なんですよねぇこの人……」

 

 芽吹さんは疲れたように「もういいですよーだ」とぶいっとあっちを向いてしまう。


 困ったものだ。

 俺たちは人類を助けるため──もっと言えばアルフォベータ王の願いを叶えるために、世界の脅威となり続けているだろう大悪魔をやっつけてやろうと参上したのに。

 こんな扱いを受けては、気持ちが萎えてしまう。

 まあ、大悪魔はどうやっても倒すのだけど。

 

「とにかく、この国の王に会う必要がありますよ。芽吹さん、すこし手荒に行くことも俺は仕方ないと思いますよ」

「やめたほうがいいですね。依頼者と利害が一致していても、感情面での軋轢から、依頼対象より、依頼者を殺してしまうことがたびたび殺し屋稼業にはつきものですから」


 人を殺す仕事だ。

 複雑なのだろう。

 人を癒す仕事をしていた俺とは違う。

 ここはプロフェッショナル芽吹の助言に従おうか。


「げへへ、可愛い子がいるじゃねえか」

「若い女じゃのう。なんとすけべな格好をしておるのかのぉ」


 亡者のような男たちが、ギラギラした目つきで芽吹さんの玉のような白くて柔らかい太ももに手を伸ばそうとする。

 芽吹さんはチラッと視線を向けるとスカートに手を差し込んだ。


「あんたちうちの芽吹さんをえっちな目でみるんじゃあない」


 俺は芽吹きさんのおみ足を守るべき凄む。


「黙ってろ、クソガキ!」

「男に用はねえんじゃよ!」


 こいつらタフだ。

 でも、そのタフさが命取りだ

 知らないぞ。


「全然すけべじゃないですから。それ以上近づいたら……」

「おっほー、たまらんのぉ」

「ちょっと触らせろよ、娘っ子よう──ぶべへぇ!」


 亡者たちの顔は分厚い刃でぶっ叩かれ、冷たい床を舐めた。

 言わんこっちゃない。


「これ標準的な制服ですよね? 全然すけべじゃないですよね?」

「JKの制服はスケベ扱いじゃありません」

「ですよね」

「はい」


 嘘です。だいぶスケベ。

 特に短いスカート。実にえっちすぎます。


「ぐひっ、お前たち何を騒いでいるのだ!」

「ひぃい!」


 騒ぎを聞きつけて、兵士たちがやってきた。

 ボスっぽいやつは油ぎった顔をつきをしていた。

 いかにも悪徳上司だ。

 豚のように苦しそうに息をしている。


 牢屋のなかのろくでなしたちは怯えあがり、柵から離れていく。

 そんなにタチの悪いのか、悪徳豚上司殿。

 豚上司は動じない俺と芽吹さんに眉根をひそめた。

 おもむろに剣を手に抜いて「お前たちか!」と常習犯をしかる声で言った。

 まだ何もしてませんが。


「ぐひっ、貴様らには懲罰が必要なようだなっ──おい、娘! こっちへ来い!」

「え? わたしですか?」

「そうだ! お前だ! さっさと出てこんか! こんな牢屋に入れられるくらいだ、どうせ男をたぶらかす売春女なのだろ、ぐひっ、すこし相手をしてもらおうじゃないか! ぐひっ」


 芽吹さんは見るからに嫌そうな顔をする。


「ぐひっ、なんだ貴様、その顔は! ぐひっ、ええい、生意気な娘だ、ぐひっ、たっぷりお仕置きが必要なようじゃな、ぐひっ!」


 兵士たちはズカズカ入ってくると、芽吹さんの腕を掴んで強引に立たせた。

 芽吹さんの澄んだ黒瞳が、こちらを見やる。

 そのアイコンタクトにどんな意味があるのかわからない。

 が、思うに「依頼者と敵対してはいけない」とでも言いたいのだろう。


 つまり、手を出すな、だ。


 芽吹さんが連れて行かれてしまう。

 牢屋が扉はふたたび閉じられ「ぐひっ、さらばだ、負け犬諸君」と豚上司はつげて、どこかへ行ってしまう。


 助けるか、助けないか。

 5秒迷って、俺は腰をあげ、鉄格子の隙間に手をいれた。

 ねじ開いてプリズン・ブレイク。

 特にマッサージ関係ない力技です。


「芽吹さん、今行きます、俺はあなたが辱めを受けるのを黙っていることはできません」


 そうして、俺は相棒を助けるために駆け出し──1秒で立ち止まった。


「あ、加納さん」


 牢屋の外、芽吹さんがマチェーテを血みどろに染めて立っていた。

 白い肌に返り血を浴びていて、危険な美しさが際立っています。

 というか、殺したんですね。

 忍耐力ない人だと知ってましたけど。

 ええはい、殺すまで速すぎませんかね。


「芽吹さん、さっき手を出さないで、みたいな目してませんでしたか?」

「すみません、ちょっと我慢しようと思ったんですけどね。殺っちゃいましたね」


 芽吹さんは頭がおかしいので仕方ない。

 というか、相手も外道だったので、倫理観とか知らないけど、とりあえずヨシ。

 

「殺しちゃったものは仕方ないです。マッサージで生き返らせることは出来ますけど、外道に加担する気はないのでこのままにしておきましょう」

「今サラッとおかしなこと言った自覚はありますかね、加納さん」


「兵士長殿が殺られたぞ! お前たち脱獄者を逃すなぁあ!」


 なにやら騒がしくなってきた。


「げへへ、筋肉のあんちゃん、助かったぜ!」

「また捕まったらよろしくな!」

「この借りはいつか返すぜ!」


 見やれば牢屋からろくでなし供が逃げ出していた。

 ろくでなしどもはこぞって「ありがとよ!」と俺の背中をたたいて、走り去っていく。

 この騒ぎに乗じて逃げてしまおうか。


 俺と芽吹さんは、地下牢を脱出した。

 その足で王に謁見するため城を目指す。


「芽吹さん、ちゃんと身体洗ってくださいよ」

「も、もちろんです。このまま城に行ったらただの殺人鬼ですからね」


 この人、いつも血みどろになってんなと思いながら、俺は過激な相棒にため息をついた。


 やれやれ。

 変態的な危険人物を仲間に持つのは大変なことだ。

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