結晶ダンジョンの町



「ヒールいりますかっ!?」

「いや、いらないですよ」

「でも、気持ちよくなれるのですよっ!?」

「あいにく気持ち良くするのが仕事なので」

「でも、ちょっとお腹の寂しさが紛れるかもしれないのですっ!」

「別にお腹空いてないですよ」


 リィさんはなかなかお世話さんだ。

 先ほどの戦いを感動してくれたのか、さっきから目をキラキラさせて見てくる。

 

「見えてきましたねぇ、あれがエスタの町ですよぉ」


 みんなのルーヴァお姉ちゃんは、丘を登りきったところへ遠くを指さした。

 見やれば、絶景が広がっていた。

 深い森のなか、曲がりくねった道の先には青い結晶の山岳が見える。

 結晶というのは比喩ではない。透明度がわずかに残る山のようにな大きなクリスタルがあるのである。

 ふもとには、ちょこんっと慎ましい感じに町が存在している。


「あれは?」


 芽吹さんが口を開けて言葉を失っているので俺が訊いた。


「あれがかの有名な結晶ダンジョンですよぉ」

「結晶ダンジョンですか」

「高難易度のA級ダンジョンですねぇ。結晶系のモンスターが出て来るので、攻略武器が制限される特徴があって、とっても難しいんですよぉ」

「なるほど」


 ダンジョン。

 やはり、異世界にも普通に存在するオブジェクトのようだ。


 『ゲールズ団』の三姉妹といっしょにエスタの町へと足を踏み入れた。

 日はすでに傾き、そろそろ一日の終わりと言った時間帯だ。

 

「え、マニーを持っていないですか?!」


 次女サドゥにめちゃびっくりされながらも、俺たちはぺこぺこ頭をさげて、お金を借りることに成功した。


「全然、構いませんっ! どうぞ全部使ってくださいっ! これはお礼の気持ちなのですっ!」


 リィが率先して、ゲールズ団の財布を差し出して来た。

 流石に申し訳ないので数日の宿を取れるだけのお金をもらい、あとは返した。

 その晩、俺たちは宿にとまった。

 遠くの国から来て世の常識に疎いと思われている俺たちの面倒を、三姉妹が見てくれることになった。

 今しばらくは甘えさせてもらった方がよさそうだ。


「部屋を二つ」

「いえ、一つでいいですよね」

「でも、ひとつだと俺と芽吹さんは相室になってしまいますが」

「いいんじゃないですかね。なにか問題ありますかね?」


 最近、ちょっと芽吹さんのことがわからなくなって来ました。

 

「作戦会議をはじめますね」


 その晩、美少女三姉妹が隣の部屋で「あ、お姉ちゃんのお胸また大きくなってる~!」などの、楽しそうなお胸談義の会話が聞こえる部屋で、俺と芽吹さんは今後の方針を固めることにした。


「意見があればどうぞ」

「はい」

「はいどうぞ、加納さん」

「まず、最終目標は大悪魔の討伐とします。その前にはまず大悪魔の規模感を掴む必要があります」

「規模感と言いますと、どういったものですかね?」

「サイズもそうだし、俺と芽吹さんだけでなんとかなる話なのか、あるいは国家が腰をあげる必要があるのか、そういう話です」

「メモしました。お次をどうぞ」

「それで一番大きい国を目指します。まあ、あとは世の常識の定着、それと金策でしょうか」


 俺たちは粗末なベッドのうえの硬貨を見やる。

 全部で10,000マニーある。

 貨幣価値はだいたい円換算でいいと俺と芽吹さんは結論づけている。

 つまり10,000円で世界の危機を救おうという状況だ。

 流石にちょっとおこがましい。


「お金を稼ぐために働く必要があります。そして、その働き口をさっき足をつかって俺たちは調査しました」

「ええ、その通りですね。そして、結論として──」


 俺たちはダンジョンに潜ることになった。

 いや、またダンジョンかい。


 ──翌朝


「おはようです!」

「おはようございますぅ」

「おはようなのですっ! よく眠れましたかカノウさん?」

「とてもよく眠れましたよ」


 宿の部屋前の通路で三姉妹と会った。

 リィさんの頭をひと撫でして、彼女たちがすでに冒険の準備を整えていることについてたずねた。


「あ、これですか? もちろん、一緒にダンジョンを攻略しようと思って!」

「一緒に来てくれるんですか?」

「もちろんですよ!」


 サドゥ、ルーヴァ、リィ、君たちはなんてイイ人なんですか。

 出来れば殺し屋さんとか歩く核弾頭とは関わってほしくない人でしたよ。


 というわけで、俺と芽吹さんは三姉妹についていって冒険者ギルドへとやってきた。

 西部劇の酒場みたいな建物がクリスタルのふもとにある。

 入り口あたりのテラステーブルを見やれば、粗野な男たちが朝からカードで遊んでいるのが目についた。


「おお? なんだなんだ、こんな朝から可愛い子がたくさん来たじゃねえか」


 男たちはカードを中断し、入り口をふさぎだした。


「カ、カノウさん……」

「加納さん」


 同じ加納さん呼びでも前者は「助けて」後者は「わたしが斬ります」だ。

 文脈コンテクストを読み取った結果、俺が対応することにした。


「そこのお兄さん方、気持ちよくなりたいですか?」

「気持ちよくなりたいかだって?」

「なんだあんちゃん女の子を売る側かい」

「いいや、俺が気持ち良くする」

「気持ち悪いこといってんじゃねえぞ!」


 大の男が三人詰め寄って来た。

 みんな俺より背が低いが、3人同時に凄むことで、威嚇が共鳴しあい、イイ感じに威圧感をかもしだしている。


「俺たちゃ野郎の冗談は好きじゃねえんだ」

「大人しくしとけ」

「あまり大人を怒らせるなよ、兄ちゃん」


「女性に乱暴をするなんて最低ですよ」


 三人の秘孔を突いて気持ちよさで無力化する。

 すると騒ぎを聞きつけた粗野な男たちが飛びだして来た。

 ここは本当に冒険者ギルドなのかな?


「あんんたたち、こりゃいったいなんの騒ぎだい!」


 サーベルを肩にかついだ気の強そうな女性が出て来る。


「ほう、そこのデカいあんちゃんの仕業かい? いい度胸してるじゃないか! ええ! うちの連中に舐めたことしてタダで済むと思っているのかい!」

「加納さんは紳士……! 女性は殴れない……! ここはわたしが!」


 芽吹さんが太ももからスカートへ手を滑らせる。

 それよりはやく、殴打で乱暴者の姉御を物理的に昇天させた。


 静まり返る場。


「……え? 加納さん? なにしてるんです?」

「どうかしましたか?」

「女性を殴るのは最低とか言ってませんでした……?」

「乱暴するのは最低とは言いましたね」

「そう、それです」

「あれは嘘です」

「ぇぇ……」


 物事には必ず例外というものが存在している。

 というわけで残りの野郎たちも、しっかりマッサージした。

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