アビスボス:深淵の作曲家


 

 ミスター・ゴッドに呼びかける。


『え、深度20に到着しちゃったんですか? 15も難しいと思ってたんですが……』

「意外といけた」


 時間を訊けば、タイムリミットまでまだ5時間くらいあるらしいとのこと。

 ミスター・ゴッドによればこの深度にも鳥居があってアビスボスがいるのだと言う。

 ふわふわした感じで助言されたが、たしかに、このエリアには何かが潜んでいる。

 そんな感じがひしひしとしていた。


『幸運を祈ります。あなたは私が選んだ戦士の中でべらぼうに最強です。よかったです、ミスター・加納、あなたをほどの戦士を最後に招致できて』

「今生の別れみたいなことを言うんだな」

『すみません。では、最後まで頑張ってください。推定タイムリミットはそちらで数えて2時間を切っていることでしょうから』


 これまでの経験から2時間で次の階段を見つけるのはとても難しい。

 ただまあ、時間が残ってるんだ。

 やれるだけやってみよう。


 俺はダッシュで暗黒のなかを駆け抜けた。

 と、その時、どこからともなくピアノの音が聞こえて来た。

 いや、ピアノというには音が重たい。

 これはオルガンなる楽器の音なのではないだろうか。


 音を頼りに進むと鳥居を発見した。

 近づいてみれば、深度10にあった鳥居とよく似ていた。

 間違いない。ボスの鳥居だ。


「見つけた」


 俺は霧のたちこめる中に白い文字を発見する。

 「アビスボス:深淵の作曲家」

 指でなぞれば文字が黒く濁っていく。

 霧が晴れた。足を踏みいれる。

 オルガンの音はどんどん大きくなっていく。

 

 広大な暗黒ドームの真ん中がライトアップされている。

 舞台照明のような明かりだ。

 公民館ホールで一度だけ見たことあるような大きなパイプオルガンがライトアップされていた。ドームの中央に堂々と威厳を称えて鎮座している。

 

 パイプオルガンを弾くのは身長3mほどの細い狂人だ。

 死にかけのピアニストみたいな恰好をしていて髪は地面につくほど伸びきっている。爪は汚れていて、目は虚ろだ。人間とは思えない。

 

「いい演奏だったよ」


 曲の切れ目を狙ってすかさず声をかけた。

 深淵の作曲家はむくりとこちらをふりかえる。

 黙って鍵盤をたたいた。

 腹の底に響くような重低音がドームを包む。

 と同時に黒い波動が飛んでくる。

 波動は俺の足元を爆破して、地面を深くえぐった。

 すごい威力だ。


「わかった、すぐ逝かせてやる」


 曲がはじまった。

 鍵盤が弾かれるたび、音が凶器となって襲い掛かってくる。

 なかなかに鋭く、多重的で避けにくい攻撃だ。

 曲調にあわせてパターンが変化しているので、覚えるのも難しい。

 

「俺も少し本気をだしてやろう」


 完全マッサージ体質を5%開放した。

 瞬間、曲がとまった。

 おそらく俺のマッサージを喰らったのだろう。

 5%の開放で通常の人間に触れるのはもはや殺人と変わらない。

 それだけの威力がある。

 俺は一気に深淵の作曲家との間合いをつめて背後から疲労回復秘孔を突いた。

 1発、2発……両手で機関銃と変わらぬ早業で32発連続で打ちこむ。

 『秘孔三十二連星エデン・オブ・サーティトゥ』かつて絶滅危惧種のアフリカゾウを助けるために使ったコンボ。

 が、32発打ちこむ前に、深淵の作曲家はたまらず昇天した。

 光の粒子が空へ還っていく。


『ミスター・加納、時間です』

「タイムリミットか」


 俺はあわてて何かアイテムが落ちていないかを目を凝らす。

 そして、パイプオルガンの譜面台に置かれた楽譜が目についた。

 見れば『深淵の狂想曲』とアイテム名が表示されている。

 急いで手を伸ばし──俺の視界はまっしろな光に包まれた。

 光の中で俺は自分がたしかに楽譜を握っていることを確かめてホッと息をついた。

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