流石です、加納さん


『警告! 探索許可の降りていない階層です!』


「うわああ! まずいです! ここ24階層ですよ! トラップルームは落とし穴じゃなくて転移の罠だったんですよ!」


 サドゥは赤い髪を掻き乱して「どうしよう〜!」とパニックになり始めた。


「ルーヴァさん、ダンジョンの次の再構築はいつですか」


 俺は近くにモンスターがいないことを確認してから尋ねる。


「えーと、確か明日だったようなぁ……」

「なるほど」

「加納さん、これはもしかして……」

「まずい状況でしょう」

「ですよねえ」


 芽吹さんの顔から血の気が引いていく。

 ルーヴァも流石におっとりしていられなくなったのか「か、カノウさん……」と涙目になっていた。

 なぜか余裕そうなリィを見やる。


「カノウさんがいれば大丈夫なのですっ!」


 ぷるぷる震えながら自分に言い聞かせるよう、壊れた機械のように繰り返している。

 もうとっくに限界に達している。なんなら一番早く現実逃避に入っているまであった。


「加納さん、本当にまずいですよ。加納さんがチュートリアルで1週間ぶっ通しで移動できたのが20階層だったのに、わたしたち道順がわからないまま24階層に来ちゃいましたよ」


 その通り。

 これはとてもまずい。

 それも多重的な意味でまずい。


 ひとつ。24階層のモンスターはたぶん、これまでの比較にならないくらい強い。

 ふたつ。次のダンジョン再構築に確実に巻き込まれて、異次元遭難者になる。

 みっつ。帰り道を俺たちは知らない。そして、1日で24階層移動することは不可能だと経験上知っている。


「あ……」


 芽吹さんが声を漏らした。

 嫌な予感を得て、ふりかえる。

 ダンゴムシがいた。

 いや、ダンゴムシじゃないか。

 クリスタルコロガリムシだ。

 高さは2m強。

 俺の目線よりも高いところに、くりっとつぶらな瞳がある。


 こいつ思ったより可愛い顔しているじゃないか。

 そんなことを思った瞬間。

 クリスタルコロガリムシは、くるっと丸まって大車輪となって転がりはじめた。

 

 俺たちを轢き殺すつもりらしい。


「うわぁあああああ!」


 俺たちは本能の赴くままに全力ダッシュで逃げる。

 曲がり角をまがる。

 後ろを見る。

 まだついてくる。

 なんてホーミング性能だ。

 流石は24階層のクリスタルコロガリムシ。

 只者ではない。


 俺は立ち止まり、ふりかえった。

 止まった俺を見て、皆は悲鳴にちかいこえをもらした。


「「「カノウさんッ?!」」」

「加納さん、無茶ですよッ!」


 深く呼吸する。

 腹の底にズンっと冴えた気を捻出する。

 

 クリスタルコロガリムシを真正面から見据えた。高速で転がり、せまりくる巨大質量。

 常に移動し続けている秘孔へ狙いを定めて、正確に突きを放った。


 命中。

 波動秘孔へ指圧が入った。

 

 瞬間、クリスタルコロガリムシは反対方向へ吹っ飛んでいき、光の粒子となって消えてしまった。


 ピコビコーン!


 衝撃で通路に突風が吹きぬけていく。

 激しくはためく『無限外套』を払い、あたりまう土埃を腕をひとふりして払いのけて、ふりかえった。


「カノウ……さま……」

「か、カノウさまぁ……」

「ぅ、ぅ゛ぅ、カノウじゃまぁ……!」

「流石に凄すぎますよ、そんなことされたら……もう、無理じゃないですか……」


 芽吹さんは頬を染めて「ありがとうございます、加納さんの相棒に仲間で心の底から良かったと思いました」と、ぺこりと頭を下げてきた。


「やるべき事をしただけです」


 クリスタルコロガリムシの光の跡から、魔力クリスタルを拾いあげる。

 これまで拾ってきたクリスタルとは違って、とても色が濃く、中の模様が揺らめいている。

 これはただの魔力クリスタルではない。

 高く売れそうな気がする。


 これで24階層のモンスターでも倒す分には問題ないことが判明した。

 ひとつ目のまずさは解決したと見ていい。

 ただ、依然として俺たちは危機的な状況にある。


 タイムリミットは1日。

 それを過ぎればいつ死んでもおかしくない。

 さて、どうしたものか。

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