5-5 ボス戦前の無駄に長い会話

 掃除時間を過ごして、五限、六限と特に進展のないまま時間は進む。

「ねみい、なにかないのか?」

 休み時間毎に六組まで出向いてに提案をしていた乃愛もついにネタが尽きたようで、ホームルーム前には俺の席にだらりとへたり込んでいた。

 実を言うと、一つだけ思い付いてはいる。

 このを納得させるのに、恐らく相応しいだろう勝負を。

 いや、もしかしたらまた俺の独り善がりなのかもしれないが。

「幼馴染みなんだろう?」

 乃愛に急かされ、仕方なく重い口を開く。

「なくはない」


 放課後。

 リアルワールドゲーム部としてのタイムリミットが直ぐそこに迫っていた。

 乃愛、雪子、そして俺。

 このメンバーで歩くのもすっかり慣れた。

 部活に向かう学生たちとすれ違いながら、俺たちは生徒会室へと向かう。

 随分長い間一緒に居るような気がするが、その実、まだ一週間も経っていない。

 中学の頃の一週間なんて、宿題に文句を言いながら適当にゲームをしていれば過ぎていくようなものだったのに、この一週間の長さと濃さはなんだろう?

 これが乃愛の望んだ「この世界をゲームのようにする」事なのかもしれない。

 ともすれば、主人公的プレイングの結果ってやつだ。

 俺の一週間が主人公に値するかはわからないが、少しだけ前に進めた気もする。

「もしダメだった時は、一緒にゲーム部に入らないか?」

 学生棟と実技棟を繋ぐ渡り廊下でそんな事を言える程度には。

「ガチ勢は辞めたんじゃなかったのか?」

「もう一回くらいやってもいいかもって思ってな」

「ふむ、後ろ向きか前向きかわからない提案だな」

「私、ゲーム、詳しくないけど」

 雪子が不安そうに言う。

「その時は俺が教えるよ」

 乃愛が不満そうに首を振った。

「全く、これから戦おうと言うのに、負けた時の事を考えてどうする」

「いや、もしもの時のケアをするのは大切だろ」

「ケアなどと、これだからカードゲーマーは」

 なんだか自分の台詞を取られたようで居心地が悪い。

「そうは言っても、俺だってかなりブランクがあるし」

「冬春ねみいなら大丈夫だろう。あの頃の君は無敵だった」

 そんな事を言われても困るんだが。

「ねみい君って、そんなに、強かったの?」

「ああ、あのプレイングがもう一度見られるかと思うと、心躍ると言うものだ」

「勝手に盛り上がってるとこ悪いんだが、このが受けるかどうかわからないからな」


 生徒会室のドアの前。

「では、行くぞ」

 意を決したように乃愛がそれを開けた。

「あなた方ですか」

 毎度の事ながら、ノックなどはしていない。

 突然ドアが開かれたにも関わらず、やはり生徒会長は冷静に対応した。

「失礼する」

「木乃羽でしたらまだ来ていませんが」

「そのようだな」

「ここで待ちますか?」

「そうさせて貰おう」

「では、そちらでどうぞ」

 生徒会長はソファーを指し、会話は終わったと仕事を再開する。

 言われた通りに俺たちはソファーに腰掛けるが、手持ち無沙汰だ。

 仮入部期間最終日という事もあって、生徒会長は忙しそうに手を動かしている。

 そんな彼女を前にして、暇そうな俺たち、タイミングを逃したような、微妙な空気が流れた。

 流石の乃愛も邪魔をしては悪いと思ったのか口は閉じて、視線だけ忙しく生徒会室中を観察している。

「あの」

 沈黙を破ったのは、雪子だった。

 生徒会長が顔を上げる。

「サニーとレイン、どっちが好きですか?」

 煮詰まった終盤に、展開に全く関係ないプレイングが出た時の不思議な感じがした。

 例えば、体力満タンで回復するのにコストを支払うような、一見意味不明な行動のような、無駄プとすら言われかねないプレイング。

 しかし、雪子の表情は真剣そのもので、その質問は彼女にとって大切な事だと語っていた。

 不意の問いに、生徒会長は手を止め、悩むような表情を見せる。

「……そうね」

 ってかサニーとレインってなんだ?

「どちらも同じくらい好きだけど、先に好きになったのはレインだったかしら」

「よかった」

 生徒会長の答えに、雪子は表情を緩め頷く。

 なにが良かったのかもわからない。

 生徒会長の表情から読み取ろうとしたが、彼女の方もわからないらしく、曖昧な笑みを浮かべていた。

「あの、レインなら、仲いい、から」

 それに気付いた雪子が、取り繕うように言う。

 一瞬、生徒会長の眉が動き、直ぐに微笑に変わった。

「そうね」

 結局、なんの話かわからなかったが、まぁ本人達が楽しそうなのでよしとしよう。

 コン、コン。

 乾いた音が響く。

 丁度いいタイミングで、ドアがノックされた。

「どうぞ」

「失礼します」

 しかし、入ってきたのはこのではなく、東雲先輩だった。

「あれ、君たち」

 直ぐに俺たちに気付いた東雲先輩は少々怪訝な顔をする。

「我々も用事でね」

 対した乃愛は不敵に笑った。

 乃愛の表情で色々と察したらしい東雲先輩は後悔とも、呆れともつかない表情をする。

「あんまり舞草先輩を困らせないでくれよ」

 いつかの時と同じ台詞だったが、それが含む意味は随分と変わったように聞こえた。

「善処しよう」

 乃愛はそう言うが、現在進行形で困らせている最中だ。

 まぁ、東雲先輩もそれに無関係ではないので、あの表情なのだろう。

「どうしましたか?」

 会話の途切れたタイミングで生徒会長が声を掛ける。

「最終の新入部員名簿を回収して来ました。サッカー部、剣道部、柔道部、テニス部、野球部です」

 東雲先輩から手渡された書類を生徒会長は確認する。

「確かに、お疲れ様です」

 そして、それをクリアファイルに入れた。

 なんとも皮肉な光景だ。

「部活が終わったらまた来ます」

 最後に俺たちの方を一瞥して、東雲先輩は部屋を出る。

「大変そうだな」

 早速、入力作業をはじめた生徒会長を見て乃愛が言う。

「そうでもありません。大半の生徒は仮入部期間に入力していますので」

 手を止めて、生徒会長は顔を上げた。

「むしろ大変なのはどの名簿にも名前が記入されていない生徒への対応です」

 明らかに俺たちに向けられた言葉だが、乃愛はそれを笑って流す。

「それは大変だな、クエストにしてくれれば我々が受けるが」

「それには及びません。来週末まで決まらなかった生徒に関しては、呼び出しの上、その場でいずれかの部活に入部していただきますので」

 そんな処置があるのか、ともすれば俺たちもその対象と言うわけだ。

 煩雑に感じるのと同時に、ずっと抱いていた疑問が湧き上がる。

「あの、一つ聞きたいんですが」

「なんでしょうか?」

「どうして、そこまでして部活への入部を強制するんですか?」

「校則で決まっているからです」

 答えになっているような、なっていないような回答。

「ねみいはそれが校則である理由が知りたいんだろう」

「それについては、亜野乃愛さん、あなたも知っているかと思いますが」

 生徒会長は胸ポケットから生徒手帳を取り出し、読み上げた。

「学業以外の経験と繋がりを通し、人としての成長を得る事を主目的とする」

「部活動以外でも可能だと思うが?」

「それについては同意します。ですが、全ての生徒が自主的にそのような経験を得るのは難しいのも現実です。だからこそ、部活動という学校の管轄内の活動で補おうとしているのです」

「果たして、部活動でそれだけの経験が得られると思うか?」

「あなたがそれを言う矛盾については触れないでおきましょう。しかし、結局の所、建前以上の意味はないのかもしれませんね」

「あなたがそれを言ってしまう危うさについては触れないでおこう。つまり、強制である必要はないんだな」

「ですが、部活動をしない高校生活よりも、強制であれ、それに参加する三年間の方が僅かに価値があるとは思います」

 どこまでも冷静だったが、生徒会長の答えには僅かに温度を感じた。

「そう言えば、舞草生徒会長はなんの部活に入っているんだ?」

 乃愛の問いに生徒会長は口を開こうとするが、それを待たずにドアがノックされた。

「ごめん、遅くなっちゃった」

 そう言いながら入ってくるこの。

「遅かったわね」

 生徒会長の口は、乃愛への答えの代わりにそう動いた。

 

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