4-10 夜会話(コンビニ前)
「だいたい状況は理解したんだけどさ」
自転車を漕ぎながら、先を行く木戸が大声で話す。
風の音と車の音で、そうでもしないと声が届かないのだ。
「なんだ?」
仕方がないので、俺も大声で返事をする。
「明日までにどうにかできるのか?」
「わからん」
クエストの達成条件は実のところ、最初から変わっていない。
紛失したはずのサッカー部新入部員名簿を発見する事。
その道筋を探す為に校内をうろうろして、ようやく生徒会長が怪しいという、ある意味出発点とも言える当然の帰結をした。
問題は、その生徒会長がかなりの強キャラで、一筋縄ではいかなそうと言うところ、そして、名簿がどこにあるのか全く見当もつかない事だ。
つまり、かなりヤバい。
カードゲームならサレンダーした方が早いような場面だ。
「コンビニ寄ろうぜ」
光に吸い寄せられるように木戸が進路を変えながら言う。
「いいぜ」
今週二度目のコンビニだが、一度目の時から随分と時間が経っているような気がする。
一週間がこんなに長いのは久し振りだ。
理由は言わずもがな、だが。
「明日はサッカー部の方に出ないといけないから、俺は協力できないわ」
コンビニの入店音と共に木戸が済まなそうな顔をして言った。
「それは仕方ないだろ、サッカー頑張れよ」
どちらをメインにするかと聞かれたら、流石の俺でもサッカー部にする。
こっちの部活は明日にはなくなってる可能性すらあるから尚更だ。
「それにしても」
俺と木戸は真っ直ぐに飲み物が並ぶ冷蔵庫まで歩く。
「あの名簿がこんな大事になるなんてな」
冷蔵庫のドアを開いて木戸は悩むことなくいつもの炭酸飲料を手に取った。
「本当だよ」
俺も同じものを取る。
「そう言えば、最後に名簿を見たのは一応木戸って事になるのか」
レジに向かいながら、当たり前の事に気付いた。
「あぁ、そうなるんだな」
今日の木戸はおにぎりの気分だったらしく、レジに並ぶ直前で直角に曲がる。
木戸を待たずにレジを済ませ、外で木戸を待つ。
家に帰ってからも晩飯があるだろうに、木戸は三つのおにぎりを抱えていた。
「木戸が名前を消した時ってどんな状態だったんだ?」
「どんなって」
一つ目のおにぎりの包装を開けながら、木戸は俺を見る。
ちなみに、ツナマヨだった。
最初から重いのを食べる。
「生徒会室に行ったら、誰もいなくて名簿が机の上に置いてたんだ。だから、自分の名前を修正液で消したんだよ」
一口でツナマヨの半分が消えた。
頬を膨らませ咀嚼する木戸を見ながら、俺はペットボトルの蓋を開けた。
小気味いい音に続いて、炭酸の弾けるくすぐったい音がする。
口をつけると、飲み慣れた甘い味と喉を突くような刺激が通り過ぎた。
一日、本当に色々あって疲れた身体と心を潤すように染み渡る。
学校帰りに飲む炭酸は格別だ。
炭酸で頭が冴えたのか、ふと疑問が浮かんだ。
「待て、生徒会室の鍵開いてたのか?」
木戸は口の中を炭酸で流した。
「普通に開いてたぜ」
今日の放課後に訪れた時には施錠されていた筈だ。
そして、あの生徒会長ならと俺は納得した。
「名簿が机の上に置きっぱなしだったのか?」
「置きっぱなしって感じでもなかったな」
二口目でツナマヨはこの世から姿を消す。
木戸がそれを飲み込むのを待った。
「どういう意味だ?」
「なんか作業の途中でいなくなったって感じだったんだよな」
「なんで、そう思った?」
「なんでって、なんとなくだけど」
「いや、なにか理由があるはずだ。よく思い出してくれ」
奥義の乱用はあんまりいい結果をもたらさないのが常だが、そこに今回の事件の鍵がある気がした。
紛失した状況がわかれば、謎は解けたようなものだ。
「そういや時々言ってたな、なんとなくはないとか」
「言ってたか?」
「言ってただろ、勉強教える時とか」
封印したとか内心でかっこ付けた手前、指摘され、独りで恥ずかしくなる。
そっかぁ、俺使ってたのか。
いや、勉強教えるのはノーカンだろ、なんとなくで問題解くのはプレイング云々じゃなくて普通にダメだし。
誰に向けたわけでもない自己弁論が虚しい。
「んー、思い出すから待ってくれ」
俺の気持ちなど知る由もない木戸は、明後日の方向を見ながら、昨日の記憶を呼び起こす。
「確か、パソコンが点いてたと思うんだよ、それで、なにか入力途中だったんだよな。見ちゃ悪いと思って、あんまりしっかり見なかったけど……」
絞り出すように、言葉を繋げる。
「あと、名簿の横にファイルも出てて、いかにも何かの作業してますって感じの机だった気がする。人だけが、ちょっといなくなったみたいな」
「パソコンにファイルか」
木戸の説明でその当時の状況がなんとなく想像できた。
あの整頓された生徒会室の生徒会長の机、そこにパソコンと新入部員名簿、そしてファイルが並ぶ。
なんとなく、ファイルは生徒会日誌のような気がした。
「生徒会長が戻って来るまで待たなかったのか?」
「三、四分は待った。流石に消すだけってのも悪いと思ってさ、でもなかなか帰ってこないし、ホームルーム始まりそうだったから、引き上げたんだよ」
確かにあの日、木戸が帰ってきて程なく予鈴が鳴っていた。
そんな時間まで生徒会長は部屋を開けたままどこに行っていたのか?
考える俺を他所に、木戸は二つ目のおにぎりの包装を開ける。
ちなみに、二つ目は辛子高菜、中継ぎとしてはいい選択だ。
「あっ、これやるよ」
二つ目のおにぎりを右手に持ちながら、木戸は三つ目のおにぎりを俺に差し出す。
シャケだった。
「どういう風の吹き回しだ?」
「いや、ほら、最近色々世話になったしな」
「別に世話した記憶はないけどな」
そう言いつつ、折角の好意なので貰っておく。
俺も高校生男子なので、おにぎり一個くらいなら夕食に支障はない。
あと、シャケおにぎりは好きだ。
「ありがとな、ってか俺がシャケ好きなの覚えてたのか?」
「えっ、いやなんとなくだけど」
「だから、なんとなくはないんだよ」
言いながら、自分の思考にもなんとなくが入り込んでいた事に気付く。
「あー、そう言えば昔、夏秋じゃなかった、冬春がシャケ食べるの見た記憶があるわ」
木戸と別れた後、俺は乃愛にメールを入れた。
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