5-3 学生の日常は休み時間に集約される
生徒会室から出て、教室へと向かう僅かな時間。
「面白くなってきたな」
早足で歩きながら、乃愛が言う。
「面倒になってきたと思うんだが」
「そう、面倒こそ醍醐味じゃないか、これまでの流れを思い返してみろ」
そもそもの発端は椎名副会長からのクエストだった。
いや、違うな、そもそもはリアルワールドゲーム部を正式に部として認めさせる為に受けたクエストだ。
一度は達成されたそのクエストは、新入部員名簿の紛失というイベントでまた動き出した。
偽の名簿とそれを見破るという流れを経て、ようやく今本物の名簿へ手が届きそうな所まで来ている。
「クエストが連なって、本来の目的を忘れそうになる感じ、まさにオープンワールドをやってると思わないか?」
俺らの場合忘れたらダメだろ。
「ってか、そもそも、名簿を見付けたところで、部として認められる成果になるか微妙じゃないか?」
「それは、その時考えればいいだろう」
乃愛の適当な発言に被さるように、本鈴が鳴った。
「ねぇねぇみーね」
ホームルームが終わって、一時間目が始まるまでの僅かな休み時間。
わざわざ俺の席にまで来たこのは例の笑顔で俺を見る。
「どうした」
「あのファイル欲しいの?」
「別に欲しいわけじゃない、中身を確認できればいいんだ」
言ってから気付く。
「この、あのファイルの中を見たか?」
そう、別にファイルが必要じゃない。
その中に新入部員名簿があるという情報だけ得られればいい。
このなら、それを知っている筈だ。
「見るわけないじゃん」
しかし、このの解答は期待したものではなかった。
「他人のものを勝手に見るのはダメだよ、みーね」
とても当たり前の事で怒られる。
「他人のものを争奪戦にするのはいいのか?」
「それはそれ、ありがとうも言えないお姉ちゃんが悪い」
まあまあ無茶苦茶な事を言う。
生徒会長の手に渡らないのは助かるんだけどな。
「それでさ、みーね」
閑話休題とこのは口を開く。
しかし、その次の言葉は教室に入ってきた教師の声に遮られた。
「わっ、もう授業始まるじゃん、またね」
驚くほどの速さでこのは教室から出て行った。
慌ただしさは変わっていないな。
「おい、冬春、あの子は誰だ?」
一時間目が終わり、二時間目までの僅かな休み時間。
次が体育ということもあり、あまり余裕がない中で木戸は興味津々といった風に聞いてくる。
「誰って、お前会って……ないな」
よく考えると、このと木戸は面識がなかった。
「俺が一度会った女子の事を忘れるわけがないだろ」
なんてわかりやすい嘘を吐く奴だ。
「お前にサッカー勧めた女子が誰だか覚えてない奴のセリフとは思えないな」
「はぐらかすなよ、めっちゃ親しげだったじゃねぇか。いつの間にだよ」
「なんか勘違いしてるみたいだけど、ただの幼馴染みだよ」
「待て、お前、今『ただの幼馴染み』って言ったのか、そんなラブコメ主人公しか許されないようなセリフを」
「どんな偏見だよ」
「そうだ言ってやれゴロ」
「お前は教室から出ろ」
男子ばかりになった教室で、さも当然のように居座る乃愛にも一応突っ込んでおく。
シャイな男子は女子が居る前で着替えられないんだよ。
ってか、この時間まで着替えなくて間に合うのか?
二時間目が終わり、三時間目までの僅かな休み時間。
「ところで、どうやって彼女からファイルを手に入れる?」
どういうわけか、既に体育着から着替え終わって、俺たちとほぼ同時に教室に到着した乃愛が言う。
「乃愛、悪いことは言わないから、着替え終わるまで外で待ってろ」
「そういうの気にする派か、ねみい」
乃愛は間違いなく男女の友情存在する派の人間だろう。
そもそも、俺を男子と認識していない可能性すらある。
「気にする派だから出とけ」
ようやく乃愛が外に出て、教室は男子だけになった。
「サッカーの1on1とかでいいんじゃないか?」
乃愛が出した話題を受けて木戸が言う。
「いや、ダメだな」
「まぁ、女子に本気でやるのもあれか」
「そういう話しじゃなくて、このは見た目こそ可愛いけど、結構厄介な性格してんだよ」
私が納得する方法、なんてわざわざ明言してるので、スポーツ系は絶対に無理だろう。
大方、私がスポーツで負けるのは当然だから無効とか言う。
それを説明しようとして木戸を見ると、変な顔をしていた。
「なんだ、爽やかイケメンっぽくない顔になってるぞ」
「お前が女子を可愛いって言うの初めて聞いた」
「そう、か?」
そんな事で驚かれるのも意外だ。
結構外見を評価する事が多い気がしたが、確かに口には出していない事に気付く。
「いや、でも、このは可愛いだろ」
「おい、まだ着替え終わってないじゃないか、休み時間が終わるぞ」
教室のドアから顔を覗かせた乃愛が文句を言う。
「お前が早すぎるんだよ」
女子は普通、もっと時間かかるもんだろ。
三時間目が終わり、四時間目までの僅かな休み時間。
体育明けの国語は、寝ない方が無理なんじゃないかと思える眠気を連れてきて、その余韻が未だに尾を引いていた。
この恐ろしい程の睡魔は早起きも関係してるのだろう。
この休み時間は仮眠に回した方が良さそうだ。
「傾向と対策だねみい」
しかし、そんな事を許すはずもない声が伏せた俺の頭の上から響いた。
受験生みたいな事を言ってると、ぼんやりと思う。
「あー」
「あーじゃない、重要な話だぞ」
肩を揺さぶられる。
なんで俺より早起きだった筈のこいつはこんなに元気なんだ。
あまりにしつこいので、仕方なく顔を上げる。
驚くほど至近距離に乃愛の顔があった。
「うわっ」
吐息がかかる距離、というか鼻が軽く触れた。
思わず顔をのけぞらす。
「やっと起きたか。君のハンネは本名をもじったものとばかり思っていたが、まさか四六時中眠いという特性を表すものだったのか?」
んなわけないだろ、と思いつつも、そっちより優先順位の高い話題がある。
「ちけーよ」
パーソナルエリアの概念が壊れてるのか?
「目が覚めると思ってな」
だからって異性にあの距離はない。
壊れてるのはこいつの常識の方だったらしい。
「そんな事はどうでもいい。君に聞きたいのは舞草木乃羽の攻略法だ」
なんか、またバカなことを言い出した。
「俺が知るか。幼馴染みだからって、あいつの恋愛趣向は知らねぇよ」
攻略法ってギャルゲーじゃないんだぞ、コレだからゲーム脳は。
「なにを勘違いしている、私が聞いているのは彼女が出した条件に対する攻略法だ。まだ寝ぼけてるのか?」
「それならそう言え」
思わぬ恥をかいた。
「我々の中だと幼馴染みのねみいが一番心得ている筈だ。なにせ、相手は彼女の姉だからな、相当不利な戦いだぞ」
「んなこと言われても、俺が知ってるのは小学校までのこのだから、参考になるかわからないぞ」
「構わない。彼女はどんな人間だった?」
乃愛に言われて思い出すのは、無意識に封印していた小学校時代の記憶だった。
ぽつり、ぽつりと記憶が浮かぶ。
思い返すと、このは変わった女子だった。
昼休みや放課後に遊ぶ時は、女子よりも男子のグループの中にいることが多かった。
かといって、運動が得意なわけじゃなかったから、鬼ごっこやケイドロだと真っ先に捕まる。
それに不満を言うことはなかったが、流石に毎度そんな感じだと可哀想だったから、特別ルールを考えたりした。
足の遅い人だけ必殺技を使えるってやつ。
必殺技は、例えば、周りの人は十秒間歩かないといけないとか、三秒間止まらないといけないとか、そういうやつで始まる前に決める。
一度使えば、また捕まるまでは使えないとか、それに関するルールも付随して、技鬼と呼ばれるようになったそれは結構流行った。
必殺技があれば足が遅くても捕まえられたり、逃げられたりするから、我ながらいい感じの調整だったと思う。
休みの日は俺の家で遊ぶことが多かった。
俺の遊びと言えば、テレビゲームが殆どで、一緒にパーティーゲームをするか、そうじゃなきゃ横で俺がゲームするのを見てる感じ。
このがそれで楽しかったのかは謎だ。
俺は対戦ゲームがしたかったけど、このは対戦、特にアクションは壊滅的で技がまるで出せなかったから、一回やったっきりだった。
そう言えば、先の技鬼で叫んでた必殺技は「ネガティブゲイト」語感が気に入ったのか知らないが、丁寧に詠唱までしてた。
あんまりほっといてゲームばっかりしてると、ディスクを取り上げて「私に勝つまで返さない」って理不尽なあれこれに付き合わされたりした。
あの頃は鬱陶しいと思ったけど、まぁ折角遊びに来た友達を置いてゲームしてる俺も大概だ。
まさか、高校に入っても同じような事になるとは思わなかったが。
思い出したそれらを要約して乃愛に話す。
「そんな時、ねみいはどうやってディスクを取り返したんだ」
「一番楽なのはパーティーゲームだったな。割と運が絡むし、勝ったり負けたりで、納得しやすかった気がする。逆に、実力がものを言う系は大体ダメだったな。格ゲーとかしてすらくれなかった」
「君の事だから、問答無用でボコしたんだろ」
「いや、あの頃は俺も未熟だったんだよ」
否定はしない。
「ふむ、なんとなく突破口が見えた気がする」
そう残して乃愛が自分の机に戻る。
次の授業は日本史。
また睡魔と戦うことになりそうだ。
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