5-4 ラスボスを説得する程度のカリスマ

 昼休み、いつもの騒がしい教室を抜け出して、俺は中庭にいた。

 うららかな陽気の今日、中庭もそれなりに騒がしくはある。

 しかし、吹き抜ける風がそんな騒がしさを少しかき消してくれているようでもあった。

 抜け出して、と言うか正確には連れてこられたんだが。

「なんか、遠足みたいで楽しいね」

 俺がこんな場所にいる元凶は、学食で買ったパンを頬張りながらそんな無邪気なことを言う。

 中庭は、木陰に適当な間隔をもってベンチが置かれており、校内と言うよりは公園といった雰囲気で確かに非日常感がある。

「そうだな」

 青空の下が似合わない俺としては、自分の不健康さを晒されている気分になって複雑ではあるが、心地いい場所であることは間違いない。

「確かに、こういう場所に出向くのもいいものなだ。クエストの気配がする」

 そして当然のようにいる乃愛。

 と、乃愛の言葉に首肯で返事をした雪子。

 に誘われたのは俺だけだった筈だが、まぁ今更か。

「乃愛ちゃん、部活はどんな感じ?」

 ふと、が乃愛に話しかける。

「君が持っているファイルさえ手に入れば万事解決といった所だな」

「へぇ、あのファイルって、そんなに大切なやつなんだ」

 そう言えばはここまでの経緯を知らない。

「ああ、我が部の未来と新入部員名簿紛失事件のトゥルーエンドが掛かっている」

 そんな事件名だとは知らなかった。

 乃愛が大雑把にこれまでの経緯をこのに話す。

「なんか大変なんだね」

 まぁ、知った所でこのがファイルを渡すとは思わないんだが。

「だから、我々にあのファイルを見せてくれないか」

「それはダメ」

 ほら。

「説得スキルが足りなかったか」

「乃愛ちゃんカリスマ高そうなのにね」

 説得されなかった側がそんな事を言って笑うのだから、端から負けイベントだったということだろう。

「それなら、ジャンケンをしよう」

「へ?」

 提案するが早いか、乃愛は右手を振る。

「最初はグー、ジャンケンポン」

 なんのひねりもないかけ声と共に、乃愛は手を開き、唐突なイベントに対応できなかったこのの手は握られたままだった。

「私の勝ちだな」

「うん、おめでとう」

 勝ち誇る乃愛にこのは曖昧な笑顔を送る。

「でも、ファイルはあげないけどね」

「なんだと!」

「言ったじゃん、私が納得する方法でって、ジャンケンで決まったらつまらないもん」

 そりゃそうだ。

「では、三回勝負ではどうだ」

「ダメ」

「運ゲーと戦略が噛み合った妙手だと思ったのだが」

 俺に話を聞いて思い付いたのだとしたら、雑すぎる。

「ジャンケンじゃ流石にダメだよ、だって」

 このは俺を見て続ける。

「みーねたちにとって私がラスボスって事でしょ?」

「なるほど、確かにな」

 なんでラスボスになれて嬉しそうなのかわからないが、なんとかこのを説得してファイルを手に入れないといけないのは事実だ。

「それではトランプではどうだ、もしくは」

 乃愛が色々と提案して、悉く却下されるのを横で聞きながら、俺は昼食を進める。

 このテンションのだと結構難易度高めな攻略をしないとくれないだろう。

 

「やっと見付けたわ、木乃羽」

 そんな声が聞こえたのは昼休み半ばを過ぎた頃だった。

「お姉ちゃん、こんなとこまで珍しいね」

 そう言えば生徒会室以外で生徒会長を見るのは初めてだ。

「ファイルを返して貰います」

「なんの勝負するの?」

「しりとりをしましょう」

 生徒会長が提案したのは、らしくなく、ともすればとてもらしいゲームだった。

「えー、やだ」

 しかし、このはバッサリと切る。

「お姉ちゃんとしりとりすると長くなるし、勝てないもん」

「だからこそ、する意味があると思わない?」

「思わない」

「木乃羽がこんなに詰まらない子になってたなんて、お姉ちゃん悲しいわ」

 なんだか、生徒会長の知らない一面を見ているようだ。

 いや、一面もなにも、殆ど知らないんだが。

「詰らなくないけど」

「だって、勝てる勝負しかしないんでしょう?」

「しりとりはイヤだって言ってるの」

「今の木乃羽なら勝てるかもしれないのに、過去の結果にだけ囚われていては成長はしないわよ。木乃羽がやってるゲームでも、同じじゃないの?」

 しりとりをする、しないってだけの話でよくもここまで話を広げられると感心する。

「うー、わかったやるから」

 面倒くさくなったのか、このが折れた。

 少なくとも生徒会長の方がカリスマは高いらしい。

「どうする、ねみい、先を越されてしまったぞ」

「どうするも、の応援するしかないんじゃないか、それとも妨害でもするか?」

「するわけがないだろう。しりとりとは言え勝負だ、それに水を差すような真似はしない」

 常識はない割に、変なところ律儀だ。

「んじゃ、見守っておこうぜ」


「りんご」「ごりら」「らっぱ」

 差し障りのない単語から始まったしりとりは、結局昼休みが終わるまで決着する事はなかった。

「かえる」

「ルーズリーフ」

「ファイル」

「類語」

「ゴール」

「類似」

「ジャングル」

「縷説」

 このはセオリー通りに「る」で攻めるが、生徒会長はそれをなんなくかわす。

 やがて昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った 。

「ほら、長くなるじゃん」

「続きは放課後しましょう。生徒会室で待っているわ」

「部活あるんだけど」

「それなら、PC室に行くから待っていて」

 どうやら、生徒会長は大真面目にしりとりでファイルを取り戻すつもりらしい。

「いや、そっちの方がイヤなんだけど」

「それじゃ生徒会室に来なさい、来なかったらそちらに行きます」

 このの文句を聞き流して、生徒会長は早足で去って行く。

「いい戦いだったぞ、木乃羽」

 決着がつかなかったことで、胸をなで下ろした乃愛がこのの肩を叩いた。

「おかげで、我々にも勝機が出てきた」

 放課後までの間に勝負に勝てばいいということだろう。

「なんか面倒くさくなってきたんだけど」

「それについては、このが悪い」

「みーね、代わりにお姉ちゃんとしりとりしててよ」

「意味がわかんねぇよ」 

 比較的長い昼休みが終わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る