1-3 ともすれば、それは当然の疑問
「さぁ行こうか」
ホームルームが終わると同時に俺の席に駆け寄ってきた亜野が元気よく言う。
腰は多少重いが、まぁ乗りかかった舟ってやつだろうと諦め混じりに立ち上がった。
「どこ行くんだ?」
既に荷物をまとめ、帰り支度を済ませている木戸が話しかける。
そう言えば木戸の方はどうなったのだろう?
結局昼休みの後ギリギリに教室に戻ったことなどもあって話を聞くタイミングを逃していた。
「部活動申請をしに生徒会室へと行く」
亜野が両手を腰に当て、堂々と宣言する。
「部活作るって言ってたもんな」
「君もどうだ」
部活の内容すら言わず当然のように勧誘する亜野。
なんとなくだが、こいつの事が分かってきた気がする。
自己中心的と言うか、亜野に言わせれば主人公的と言うか、つまり自分の都合を躊躇なく提案できる。
今回も殆ど脈絡のない勧誘だ。まぁ俺としても木戸が一緒なら心強い。
しかし、木戸は少し困ったような顔をして首を振った。
「わりぃ、サッカー部に誘われてさ、今日から仮入部なんだわ」
「それは残念だ」
本当に残念だ。
「やっぱサッカー部に入るのか」
責めるつもりもないが、昼間のやり取りを思い出し、木戸が乗り気でなかった理由が解決できたのかが少しだけ気がかりだった。
「そうなるみたいだ」
笑って木戸は教室を出る。
そのさわやかな笑顔にどこか自嘲のようなものを感じた。
生徒会。
どの学校にも存在する組織だろうが、校訓に「自主性を重んじる」という言葉が記されている本校においてその権限は非常に大きなものとなっている。
各種行事の運営はもちろんのこと、日常的な学校業務のいくつかも一任されている。
部活動の管理もその内の一つ。
新部活動の申請の可非についても生徒会、更に言えば生徒会長に一任され、その権限は部分的には教員を越える。
「新しい部活動の申請ですか」
つまり、目の前にいるこの人を説得する必要があるということだ。
生徒会長
彼女はそのプレートが置かれた席に深く座っている。
丸縁眼鏡と皺一つない制服、綺麗に揃えられた髪から品行方正というイメージが伝わってくる。
もっと言うと、どことなく堅い印象すら感じた。
「この部活動名ですが、リアルワールドゲーム部と言うのは?」
生徒会長は眉をひそめる。
まぁ無理もない。
「その名の通り、この世界、リアルワールドをゲームとする部活です」
対して亜野は何故か自信満々に腕組みをしている。
「この世界は究極のオープンワールドにも関わらず、ゲームのようではない、それを不思議に思ったことはありませんか?」
生徒会長相手にも全くいつもの調子で話す亜野。
むしろ、一応敬語らしきものを使えている方に驚く。
「現実がゲームじゃないのは当然です」
びっくりするほど常識的な返答だ。
「本当にそうでしょうか?」
しかし亜野は一歩も引かない。
「私はずっとこの世界がゲームのようでない理由を考えてきました。そして答えに辿り着いたんです。それは、私たちが主人公プレイをしていなかったからだと」
「……主人公プレイ?」
新出単語に生徒会長は苦い表情をした。
「そうですね……例えば、知り合いでもない、ただ廊下ですれ違っただけの赤の他人に、いきなり話しかけて、あまつさえ、悩みを訊き、それを解決しようと名乗り出たりすることです」
オープンワールドRPGで割と主人公がしそうな行動ではあるが、こう説明されるとやっぱり主人公と言うよりは圧倒的に不審者寄りだ。
「つまり、ボランティア活動がしたいと?」
到底常人には理解出来ない思考をなんとか生徒会長は噛み砕こうとする。
ボランティアという例えは言い得て妙だ。
まぁ、ゲームではお使いと揶揄される事の方が多いが、流石、生徒会長という役職に就いているだけあって頭はいい。
「既にボランティア部がありますので、そちらへの入部を検討されてはいかがでしょうか?」
「……なぜ、伝わらない」
「むしろ伝わってる方だろ」
頭を抱える亜野に思わず突っ込んでしまう。
「そもそも、俺だって具体的になにをする部活かわかってない」
「ねみい、君は味方だったんじゃないのか?」
後ろから刺された亜野は驚いて振り向く。
「その名前で呼ぶなって言っただろ。ってか、お前が具体的な説明をしてないのは事実だろ」
「具体的に……うむぅ」
あれだけ主人公について熱く語っていた亜野だが、彼女自身そこには辿り着いていなかったらしく顎に手を置いた。
「そうですね、活動内容が不明瞭な部の申請は通せません。なにを目的に、どのような活動をするのか、具体的に教えていただかないと」
追い打ちとばかりに生徒会長がたたみかける。
先ほどまでの自信はどこに行ったのか、亜野はすっかり小さくなった。
しばらくの沈黙。
それは、ストラテジーで次の一手を悩む時の沈黙に似ている気がした。
「……クエスト」
沈黙を破り、亜野が小さく呟く。
「は?」
「クエストをクリアして、成長することを目的とするのでは、どうだろう」
どこまでもこの世界をゲームのようにすると言う理念を捨てない回答ではある。
「クエストと言うのは?」
ただ、それが伝わるのかは別問題だ。
「先ほど言ったように、悩みを訊きそれを解決する事だ」
「あの、でしたら先ほども言った通りボランティア部が」
「ボランティアとは、あくまで社会的活動だろう。そうではなく、我々の受けるクエストは個人的であり、よりパーソナルな悩みの解決を行う。まぁ場合によってそれが大事になる可能性を排除しないが。そして、それによる個々人の主人公としての成長を目的とする。奉仕が目的ではないと言うことだ」
「要は、お手伝い部と言うことでいいでしょうか?」
「なぜっ! 伝わらない!!」
地団駄を踏みそうな勢いで亜野は奥歯を噛み締める。
「お手伝い部のような申請は毎年あるのですが、部として外部に示せる実績を作る事ができない活動内容となると、学校から部としての許可はなかなか与えられないと言うのが現実ですね。要するにこの部活の申請は許可できないということになります」
理解不能な新入生の相手をするのが疲れたのか、生徒会長は話を畳もうとする。
「実績、今実績と言ったか?」
しかし、亜野はそんな生徒会長の言葉ににやりと笑った。
「それは、生徒手帳に書かれた校則と矛盾していないか? 校則にはこう書かれている」
予め準備していたように、というか恐らく準備していたのだろうが、亜野は生徒手帳を素早く取り出し、開いて読み上げ始める。
「『部活動参加の目的について。学業以外の経験と繋がりを通し、人としての成長を得る事を主目的とする。』これのどこにも実績が必要とは書かれていない。むしろ、これに照らせば我が部ほど本校の部活動の理念と合致する部もないと思うが」
「確かに実績についての記述はありませんし、目的としては合っているのかもしれません」
亜野の渾身の屁理屈に生徒会長は小さくため息を吐いた。
「しかし、実績がなくてもいいとも書かれていません。部として活動するとなれば、学校側から活動費をお渡しする事になります。その用途が不明瞭では困るのです」
きっと何度も同じ事を言ってきたのだろう。
彼女は立て板に水と言葉を並べる。
「実績とは、例えば試合に出場したとか、部としての活動をどこでどの程度行ったかなどを明確に示してもらう必要がある、という意味になります」
その口調は諭すようでもあった。
「言葉を換えるのなら、部活動を行ったという成果をなんらかの形で示すことができなければ活動費をお渡しすることはできない、という事です。ひいては部活として認められないという意味にもなります」
「成果。なるほど、成果があればいいのだな! 今週中に成果を出そう。そしたら部として認めて貰おうか」
「いえ、ですから」
「今週中になんの成果も出せなければその時は大人しく引き下がると約束しよう。生徒会長もこれ以上厄介な生徒を相手にしたくはないだろう?」
反論しようとする生徒会長を亜野は強引に押し切る。
こっちが気の毒になるくらいの呆れ顔で、生徒会長は溜息を吐いた。
「はぁ……わかりました」
俺なら絶対にこんな役職ご免だ。
ってか、
「厄介って自覚あったのかよ」
俺のつっこみが、議論の余韻のように生徒会室に残っていた。
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