1-2 ドワーフの村にいるエルフには話しかけるものだ

 どう考えてもこれからの時間は黒歴史となるだろう。

 そんな悲壮な決意で俺は腕を引かれ席から立ち上がる。

 話の流れってのは恐ろしいものだ。

 とは言え、打開案がないわけでもない。

 その名も、他人の振り作戦だ。

 木戸には申し訳ないが、ノリノリな二人から距離を置いて歩く事で、面倒な事態になった場合他人を演じる事ができる。

 そんな卑屈な考えを抱きながら教室を出ようとした所で立ち往生した。

 

 教室に入ろうとしているのか、入り口で立ち止まっている男子と鉢合わせたのだ。

 見覚えのない顔の彼は教室全体を見回すようにして、最後に俺たちへと目を向ける。

「あっ、君だ」

 もちろん俺ではない。

「木戸君、だよね」

 俺の前に立っていた木戸に話しかける男子生徒。

 ちょうどいい短髪は自然にセットされ、爽やかな印象で、木戸と並んだ姿は結構絵になる。

 つまり、明らかに俺とは違う世界の人間、見るからに運動部。

「部活のことで少し話があるんだけどいいかな?」

 そんな彼が部活の事で話しとなれば、どう考えても勧誘だろう。

 彼は上級生と言うことになる。

 バツが悪そうに振り向く木戸と目が合った。

「行ってこいよ」

 軽く笑い返して背中を押す。

 せっかく勧誘に来てくれたんだ、これからの学校生活を考えれば無礙にするべきではないだろう。

「悪いな」

 さわやかにはにかんで、木戸は上級生に連れられ教室を出た。


「ふむ、一人少なくなってしまったか、まぁ問題はないな、行くぞ」

 木戸の背を見送る暇も無く、俺が巻き込まれた厄介が腕を引いた。

「木戸がいなくなったし、またの機会にしないか?」

 他人の振り作戦が難しくなったので、俺は当然の提案をする。

 しかし、言葉の意味が理解出来ないように亜野は首を傾げた。

「君と私がいるだろう」

 問答無用らしい。

 現実をゲームにしようなんて事を言う人間だから当然の反応ではある。

 

「先ずは食堂に向かおう」

 意気揚々と歩き出した亜野はそう言う。

「なんだ、腹減ってるのか?」

「いや、弁当は既に食べた。君も弁当派だろ。つまり二人ともあの場所の探索が不十分だ」

 現実でごく自然に探索という言葉を使う驚きはこの際置いておこう。

「隠しアイテムあるといいな」

 軽い諦めと共に俺はそう言った。

 むしろ、探索メインで終わるなら平和な解決だろう。


 食堂は校舎から少し離れた立地にある。

 一年から三年までの教室が集まっている通称学生棟、それと間を開けて平行に並んでいるのが化学室や音楽室などの特殊教室が集まっている通称実技棟。

 この二つをコの字を描くように繋ぐのが下足室。

 学生棟と実技棟は下足室の他に二本の廊下で繋がっており、上空から見たら「日」の字に見えることだろう。

 これがメインの校舎になる。

 食堂の位置はその校舎から少し離れた位置、漢字で例えるなら「旦」という字の下線部となる。

 ちなみに、日と下線部の間には中庭と呼ばれる木陰にベンチなどが置かれた休憩スペースが存在し、天気がいい日は食堂と同じくらい賑わう。

 つまり、俺たちが食堂に行くためには一度下足室で靴に履き替えて校舎を通り過ぎ、中庭を抜けて行く必要がある。

 学校側もそれは煩雑だと考えたのか中庭側にも靴箱を用意しており、食堂を利用する生徒は登校の時点でそちらからも上がれるようになっている。

 まぁ俺にはそんな予定など本来なかったので普通に下足室まで遠回りをしないと行けないわけだが。

 靴に履き替え、学生棟と実技棟の間を歩く。

 位置関係としてはここが中庭と呼ばれてもいいような気がするが、この空間は広場と呼ばれている。

 その集団の中でしか通用しないローカル名称ってやつだ。

 広場にも一応ベンチなどが置かれ、くつろげる場所にはなっているが、校舎に挟まれている関係上、日当たりがそれほど良くないので人はそれほど多くはない。

 

「そう言えばここもあまり探索していなかったな」

 辺りを見回しながら亜野が楽しそうに呟く。

 既に昼休みも半分を過ぎ、昼食を終えて談笑する学生がまばらにいるだけだ。

「流石にここに隠しアイテムはないだろ」

 あっちこっちにふらふらと歩く挙動不審気味な亜野をたしなめる。

「こういう何もなさそうな所こそ、条件を満たした時に出現するアイテムがあると思うが」

「あー、まぁ、わからなくはないけどさ」

 わかってしまう自分が少し悔しい。

「だけど現実じゃ流石にそんな仕掛け作らないだろ」

「確かにそうだな」

 思いがけず物わかりがいい。

「ゲーム的な仕掛けと言うのはあくまでユーザーを想定するからこそ存在するものであって、学校を建設する場合ユーザーである学生に仕掛けと隠しアイテムを作るのは現実的じゃないな」

 当たり前の事だがそういう事はわかるのかと、なぜか関心してしまう。

 思っていた以上にこいつは常識人なのか?

 そんな考えが頭を過った矢先、亜野が足を止めた。

 

「おい見ろ、レアキャラだ」

 レアキャラという呼称が適当なのかは置いておいて、亜野の視線の先には確かにあまり見ないタイプの生徒がいた。

 金髪碧眼の少女。

 一人でベンチに座る姿はまるで昨今流行の美麗ゲーから出て来たヒロインキャラのようですらあり、明らかにこの学校の中庭には似つかわしくない存在だった。

「話しかけよう」

「いや、なんで」

「それじゃ逆に聞くが、例えば君がゲームをしていてドワーフの村の中にエルフが一人だけ居たとしたらスルーするのか?」

「そりゃ話しかけるが」

 そういう浮いてるキャラクターはなにかしらのクエストを持ってるか、そうでなくても面白いバックグラウンドがあったりするもんだ。

「そういうことだ」

「いや待て、俺らドワーフかよ、ってそっちじゃなくて、いきなり知らない人に話しかけるのは」

 俺の意見を聞く間もなく歩き出した亜野は、金髪碧眼の少女に手を挙げながら近付いていく。


「Hi! What are you doing here?」

 思いの外流暢な英語が亜野の口から発せられた。

 いきなり声を掛けられ驚いた様子の金髪碧眼の少女は、戸惑いながら手を挙げ返す。

「え、えっと、はろー?」

 そして、たどたどしくもろ日本語の発音で返事をした。

「ん?」

 首を傾げる亜野。

「あれ?」

 そんな亜野に対して金髪碧眼の少女も首を傾げる。

 明らかなバッドコミュニケーションだ。

 ノベルゲーならシーンスキップでどうにかする場面だが現実だとそうもいかない。

「悪い突然話しかけちゃって」

 仕方ないので俺が割って入る。

 他人の振り作戦とはなんだったのか。

「もしかして、日本語で通じるのか」

 ようやく理解したらしい亜野が手を打つ。

「あっ、うん、えっと、なにか用、ですか?」

 対してまだ状況を理解出来ていない金髪碧眼の少女は首を傾げたままだ。

 そりゃそうだろう、よもや現実をオープンワールドRPGのようにしたい人間がクエスト目的でいきなり話しかけてくるなんて誰も想定できない。

「特に用があるわけじゃないんだ、君が珍しくて話しかけた」

 色々と敏感な昨今、外見が違うだけ特別視するとかそういうのにはうるさい人間も多いんだが。

「あっ、そっか、えっと、私クォーターだから、英語とかそういうのは全然、日本生まれ日本育ちだし、なんか、ごめん」

 亜野のともすれば失礼な物言いにも彼女は気分を害する事無く、おっとりと返事をした。

「なるほどな、理解した。ちなみに私は亜野乃愛あののあ、こちらは冬春ねみいだ、共に一年だ」

「そっちで呼ぶなって言っただろ、夏秋未寧なつあきみねいだ」

「そうだったのか、君の本名を知らなかったものでな」

 そう言う俺も亜野の下の名前は知らなかったわけだが。

「えっと、乃愛ちゃんとねみい君」

「そっちで覚えないでくれ、未寧だ」

「私は武藤雪子むとうゆきこだよ、私も一年なんだ、よろしくね」

 驚くほど純日本人的名前だった。

「普通に日本人だな」

 俺と同じ事を思ったのか亜野が口に出す。

「なんか、ごめんね」

 全く非がないのに何故か武藤は謝る。

 どうやらそういう性格らしい。

 おおらかと言うか、控えめというか、言っては何だが見た目のイメージとは異なる性格らしい。

「ところで、ここでなにをしていたんだ?」

 思い出したように亜野が言う。

 What are you doing here? 日本語にするとなんだか取り調べのような雰囲気すら漂う。

「えっと、ぼーっとしてた?」

 何故か疑問形で武藤は答えた。

「ぼーっと?」

「昼休みってやることないから」

 特に気に病んでいる様子もなく、あっけらかんと武藤は答える。

 なるほど、ドワーフの村のエルフだ。

 俺と同じように理解したのか亜野が俺に目をやる。


 外見が違うだけで特別視するのは云々なんて論はもっともだが、現実外見が違う事は少なくとも取っかかりの部分としては良くも悪くも大きな要素になり得る。

 さっきヒロインキャラのようであるなんて比喩したが、武藤の容姿はそのくらいこの学校では明確に浮いている。

 もう少し時間が経てば慣れて話しかける人間もいるだろうが、入学一週間の状態では亜野のような変人でもなければ話しかけるのは憚られるのだろう。

 その結果、武藤は昼休みを持て余すぼっちになっていると。


「時に、雪子、この世界はなぜオープンワールドRPGのようではないのかと疑問に思った事はないか?」

 ここでその話題を切り出すのか。

 突然の亜野の言葉に武藤は首を傾げる。

「おーぷん、なに?」

 これに関しては本当に無理もない。

 亜野の言いたいことが即座に理解出来る人間などいないだろう。

 というか武藤の反応はそれ以前にオープンワールドRPGがなにか分かっていないようだった。

「オープンワールドRPG。ゲームジャンルの一つだ。オープンワールドの名の通り現実世界のようにフィールドの移動にロードが挟まらず自由に移動できる。その高い自由度を持ってプレイヤー自身の決定によって無数のプレイスタイルを取る事ができるゲームだ。他のRPGと異なる点としては決められたストーリーを進む必要がないところだろうな。ストーリークリアだけでなくプレイヤー毎に目的を設定して遊ぶ事が多い」

 亜野が説明する。

 ゲームを普段している人間なら特に説明される必要もない基礎知識だ。

 逆に、普段ゲームをしない人間にはこういう説明だけでは伝わらないだろう。

「へぇ」

案の定、わかったのか、わかっていないのか、わからない返事を武藤はした。

「ゲームってやるか?」

「えっと、お話みたいなのだったら少しやるけど」

「ノベルゲーもしくはシュミレーションゲーか、それなら、この世界がそのゲームのようでないのがなぜか考えた事があるか?」

 なんか宗教の勧誘じみてるとすら思える。

「うーん、ないけど」

「現実がゲームのようなら面白いと思わないか?」

「えっと、どうだろう……少しは面白いかも?」

「そうだろう!」

 言質を取ったとばかりに亜野は武藤の手を取り、振り返り俺を見た。

「私はこの世界をゲームのようにしたいと考えているんだ」

 勢いに任せて亜野は立ち上がる。

「そこで部活を作ろうと思っている。名前はリアルワールドゲーム部。部活が決まっていないなら君も入らないか?」

 ああ、自己紹介の時に言っていた部活というのはこれのことだったらしい。

 そりゃ近付かない方が賢明だ。

「うん、いいよ」

 亜野のとんでもない提案に、軽く武藤は答えた。

 他人事ながらもう少し考えた方がいいと思う。

 俺なら貴重な高校生活をこんな奇人に振り回されるなんてとてもじゃないがごめんだ。

 まぁ、幽霊部員になるような計画を立てている俺が言うのも筋違いではある。


「本当か、これで三人だな!」

 ん?

「ちょっと待て、三人って誰だ?」

「もちろん私と雪子と君に決まっているだろう」

 決まってないんだよ。

「了承した記憶はないが」

「だって君、ゲーム部に入らないんだろう」

「その話、お前にしたか?」

「その上で、幽霊部員になるなんて勿体ない事をするくらいなら私と一緒に部活を作った方が有意義だと思うが?」

「いや、待て、その話をしてた時お前居なかっただろ」

「聞こえてしまったものは仕方ない」

 となると、こいつ初めから勧誘目的で俺らに話しかけたのか。

 マジで宗教の勧誘レベルの悪徳さだ。

「あのな」

 反論しようとした俺を亜野が真っ直ぐに見つめる。

 あまりに真剣なその表情に言葉が止まった。


「君はガチエンジョイ勢なんだろう、それなのになぜこのリアルワールドをプレイヤーとして楽しもうとしない、それは君の信念を裏切る行為ではないのか?」

 決め台詞としては意味不明だ。

 そもそも俺はこの世界をゲームのようだなんて思ってないし、ゲームのようにしたいとも思っていない。

 ただ、ずっと俺の中にあった諦めのようなものを言い当てられたような気がして反論できなかった。

「特別に副部長の地位を君には与えよう」

 俺の沈黙を了承と取ったらしい亜野は元気よく俺の肩を叩く。

「それじゃ、早速、今日の放課後、部活動申請をしに行こう、ホームルームが終わったら生徒会室前に集合だ」

「うん、わかった」

 武藤が答えた瞬間、昼休みが残り五分である事を告げる予鈴が響いた。

 どうやら俺の高校生活はそれほど貴重でもなかったらしい。

 もしくはこの奇人に振り回されればマシになるのだろうか。

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