リアルワールドゲーム部をつくろう
落葉沙夢
1-1 なぜこの世界はオープンワールドRPGではないのか
4/19 月曜日
四時間目の終了を告げる鐘と共に、教室は音で溢れた。
入学から一週間。
クラスメイトたちは新しい顔ぶれにもようやく慣れたらしく、既にいくつかのグループらしきものが形成されはじめている。
一方で俺は、家から比較的近いという理由だけでこの高校を選んだことを軽く後悔し始めていた。
そんな俺を余所に、弁当の匂いが充満した教室で各々が自由に席を移動して食事を始める。
それは、給食という縛りから解放されたことを心底楽しんでいるようでもあった。
いや、「あった」とか他人事みたいに言ってるけど、俺もその当事者ではある。
その証左と言わんばかりに、たった今、前の席に当然のように座ったイケメンが振り返りながら弁当箱を俺の机の上に置いた。
「腹減った」
高校生男子として至極順当な台詞を言うさわやかイケメンのこいつは
時代の流れでイケメン化が進む幕末の登場人物なのに、なぜかキャラクターにならないせいで他と比べると圧倒的に日本史の人という印象が強い彼を意識して付けられた名前などではない。
名字が変わったことで上手い具合になってしまった、傍目には興味深い偶然ってやつだ。
そんな事情まで知っている木戸とは中学からの付き合い。
これまた興味深い偶然によって、三年間同じクラスだった俺らは、言葉を選ばないのなら親友と呼べる間柄だ。
「
高校生男子特有の食事の速さによって五分足らずで弁当箱を空にした木戸が言う。
それこそが、俺が後悔している事だった。
「まだ」
どの部活に入るのかなんて実に入学したての高校生らしい悩みだが、俺の場合は少し事情が違う。
こう言うと、かなりかっこつけすぎた感じになるが要は
「いまどき部活加入が強制の高校とかあるか」
って話に終始する。
「木戸はまたサッカー部か?」
「そうなるのかなぁ」
アンニュイな返事をする木戸。
その様子からあまり乗り気でない雰囲気が伝わって来る。
中学からはじめて、持ち前のセンスであっという間にレギュラーを獲得し、黄色い声援を集めた木戸でも悩むらしい。
いわんや筋金入りの帰宅部だった俺は如何ってやつだ。
「金曜まで余裕があるからゆっくり決めるさ」
言い訳のように木戸が言って、俺もそれに同意する。
「適当な部活に入って、幽霊部員ってのもいいな、ゆっくりゲームができる」
褒められた発言じゃないが、この三年間を乗り切るには妥当だろう。
しかし、そんな俺の発言に木戸は少し思うことがあるのか、微妙な反応をした。
端的に言うと眉をひそめた。比喩表現じゃなく、木戸は割とこういう素直な反応をする。
「ゲーム部あっただろ、ゲーム好きならそことかいいんじゃないか、なんなら俺も付き合うし」
「あそこ大会とか出るガチのやつだろ、俺みたいなガチエンジョイ勢とは噛み合わねぇよ」
「そうか」
俺の反応で察した木戸はそれで話を切った。
ガチエンジョイ勢、聞き慣れないプレイスタイルに説明が必要だろう。
とは言っても、厳密に定義されてるわけじゃなくて、俺が勝手に考えただけに過ぎない。
大前提は「ゲームは楽しむために存在する」ってことだ。
この大前提を崩す可能性のある行為を俺は自ら堅く禁じている。
より具体的には、オンラインは絶対にしない(特に対戦)、オフラインでmodも躊躇せずに使う、楽しくないと感じたら直ぐに切る、これを徹底しているわけだ。
中でも対戦は絶対に外せない要素だろう。
対人ゲーなんて、どうやってもエンジョイはできない。
勝つためのプロセスが云々とか、勝敗のある緊張感とか、勝ったときの達成感とか、誰にでも言えそうな事は百も承知で俺は言ってる。
勝者がいれば敗者がいる。
いい試合なら負けても楽しいなんて、完全な詭弁とまでは言わないが、それじゃそんな試合は現実にどれ程あるのかって話だ。
そもそも、勝利の為に手を尽くすというプロセス自体が根本的なゲームを楽しむ行為から逸脱しているとすら俺は考える。
その過程でそぎ落としてしまったものの中にこそゲームの楽しさは存在する。
異論反論はあるだろうが受け付けてはいない。
長々と語ったが、単に俺が二度とガチで対人ゲーをしないと心に決めているってだけの話だ。
ちなみにこのプレイスタイルに最も適しているのはオープンワールドRPGだと思う。
今、俺がメインでプレイしているジャンルになる。
独り気ままに世界を歩くのが最高だ。
つまり何が言いたいかと言うと、俺はゲーム部には絶対に入らない。
この信条は木戸もそれとなく承知はしている。
よってこの話はここで終わったはずだった。
「君たち、ゲームの話していたか?」
しかし、予想外の乱入者によってそうはならない。
「していたよな?」
俺の机の真横、既に殆ど食べ終わりかけの弁当を見下ろすように立つ女子。
彼女は、話しかけるのがさも当然といった様子で堂々とそこに立っているが、俺の記憶が正しければ入学からの一週間、話した事は一度もない。
眉毛が少し太い以外は整った顔立ちをした彼女の名前は確か、
下の名前までは覚えていない。そして、自己紹介で少し痛いことを言ってたような気もする。
確か、部活を作るとかなんとか、近付かない方がいいと思った事を思い出した。
高校入学で新部活動発足とか小説の読み過ぎだ。
そんな事を考えている俺の代わりに木戸が答えた。
「ゲーム部に入らないかって話を少ししてたんだ」
こういう対応はさわやかイケメンに任せるに限る。
その方が女子も喜ぶというものだろう。
「なるほど、ゲーム部か、つまり君たちもゲームが好きと言うわけだな」
彼女は両腕を組んで得心したように頷いた。
諸々を鑑みて、高校デビューのキャラ付けにしては少々濃すぎるので、十年後後悔しないかだけが気がかりだ。
そんな割とどうでもいい心配をする俺の顔を彼女がのぞき込む。
「ん、ちょっと待て、君、どこかで見た事があるな」
どこかでもなにも、このクラスでだろ、そう突っ込もうとした俺を彼女は遮る。
「いや、言わなくていい、直ぐに思い出す」
一瞬だけ目を瞑った彼女は直ぐに目を開くと、軽く笑った。
不覚にもその顔が少しだけ可愛いと思ったのもつかの間、彼女が言った単語に俺の呼吸が止まった。
「
懐かしすぎるその名前。
「違っていたら謝るが、君、冬春ねみいじゃないのか?」
「へぇ、知ってるんだ、珍しいな夏秋」
息を吐くのを忘れていた俺の代わりに木戸が答えた。
「あ、ああ、そうだな」
なんとか、吐き出す息と共にそう返事をする。
「知っているとも、本格DCGドラズテイルのティーン部門初代王者だろう。環境外デッキで大会を荒らし、高校生たちすら抑え小学生が優勝するなんて、DCGに然程詳しくなくてもゲーマーならワクワクする話じゃないか。その後のエキシビションマッチで社会人まで倒したのは最早伝説と言っていい。デッキ構築はもとより、特にプレイングセンスはずば抜けていたよな。まるで相手の手札が透けて見えているかのような数々のプレイング。針の糸を通すような細い勝ち筋を拾い、見事に勝利する様は多くのプレイヤーを魅了した」
彼女は軽く興奮し、オタク特有の早口で一気に話す。
ドラゴンズテイル、略してドラテは俺が小学校6年になった辺りにサービス開始されたデジタルカードゲーム(DCG)だった。
「特に、決勝でのプレイングは震えるほどだったな。相手はビートダウン、押され気味の序盤を凌いで、中盤、度重なるリーサルをかわし、終盤でついに盤面を取る事に成功した。君の勝ちパターンだ。普段ならば、一気に展開して決めに行く所だが、君はリーサルターンを一ターン遅らせると言う選択を取って、盤面を埋めなかった。相手のハンドは二枚、広く採用される型のビートダウンではその枚数で盤面を返せるカードはない状況。しかし、相手のハンドには滅多に採用されない全体除去が握られていた。仮に盤面を埋めていたら、返しのターンに処理され、攻め手を失った君は負けていただろう。どうして、あんなプレイングができたのか、まるで本当に相手の手札が透けているようだったぞ」
彼女の話す内容は、事実から大きく乖離してはいないが、俺からすれば遠い昔の話だった。
今にして思えば然程センスがいいと思えないハンネも既にどうでもいい。
「なんとなくだよ」
俺は嘘を吐く。
師匠が聞いたら怒りそうだと思いながら。
「インタビューでもそう答えていたな、あんなプレイングを同い年の子供がしたのを見せられた日には震えて、その場でドラテをインストールした程だ」
「しかし、君に関してその後の話を全く聞かなかったがどうしたんだ」
「あー、夏秋は」
言いにくそうに木戸が苦笑いをする。
流石にそこまでさわやかイケメンに任せるのは親友として間違っているだろう。
「俺はもう引退したんだ、あの後直ぐに」
「へぇそうなのか、あれは確か四年前だったか、その後の環境でも君のプレイングセンスなら活躍するだろうと思っていたが残念だな」
腕を組んだままの彼女は本心から残念そうにうなだれた。
会話が止まる。
「亜野はまだドラズテイルしてるの?」
かと思われたが、木戸がイケメンだけに許されたごく自然な呼び捨てを発揮して話を繋ぐ。
「いや、私も既に引退している。ゲームとして面白そうだったから始めたが、リソースが掛かりすぎるのでね、切らざるを得なかった。エンジョイ勢ゲーマーからすればカードゲームやスマホゲームを追うのは少し難しいというのが現実だ」
「あー、確かになぁ、ってか亜野ってゲーマーなんだ」
「そうとも、だから君たちの話に関心があって話しかけたんだ」
「どんなゲームやるの?」
「なんでもやるな、FPS、TPS、アクションにシュミレーション、オープンワールドやローグライク、TDやノベル、音ゲーにパズル、面白そうならなんでもやる」
「へぇ、女子で珍しいね」
「君はどんなものをする?」
「俺はスマホゲーが多いかな、あとはアクションとか」
二人がそんな話をしている間に俺は残りわずかな弁当を食べ終えた。
「夏秋はオープンワールドが好きだよな、こいつのやり込み凄いんだぜ」
「オープンワールドか、それは都合がいい」
亜野がなにかを企んでいるような表情で、会話の外に居た筈の俺を見た。
「時に、君たち疑問に思った事はないか?」
「なにを?」
「なぜこの世界はオープンワールドRPGではないのか? と」
大真面目な顔で彼女はそう言う。
「ゲームじゃないからだろ」
思わず突っ込む。
「そうだろうか?」
ゲームをやる人間なら誰もが、かどうかはわからないが、少なくとも俺は一度は考えた事がある。
現実はなぜゲームのようではないのか、なぜわくわくするような冒険やクエストがないのか。
答えは簡単で、この世界がゲームじゃないからだ。
「そうだろ、この世界には魔法もないし、レベルもない、倒すべきモンスターもいない」
俺らは別に世界を救う使命を持ってもいないし、特別な力があるわけでもない。
そして、なにより、セーブもなければロードもない。取り返しのつかない間違いをすればそれを取り戻すことなんてできない。
「なるほど、しかし、それらはこの世界がオープンワールドRPGでない理由の一割も満たしてはいないな」
その程度の反論が来る事など当然と亜野は顔を俺に近づける。
セミロングの髪が揺れて、甘い匂いが弁当の匂いを覆い隠した。
「ずっと考えていたのさ、この世界がなぜこうなのか、答えは案外簡単だった」
亜野は俺と木戸を交互に見る。
そして、
「私たちが主人公ではなかったからだよ」
ひどく青臭い答えを言った。
思わず呆れが顔に出る俺を、亜野は真っ直ぐに見る。
「勘違いしないでくれたまえ、人は誰もが主人公だとかそういう話をしようとしているのではない。ここで言う主人公とはあくまでゲームとしての主人公的プレイングの話だよ」
目力が凄い。
「例えば、君がオープンワールドRPGをやっていて、新しいロケーションに着いたとする。先ずはなにをするかな」
「そりゃ、一通り観光してから新しいイベントがないかの確認とかだろ、住民に話を聞いたりとか」
「そうだろう。ところで君はこの高校生活という新しいロケーションに到着した時にそれをしたのか? 他の学生に話を聞いて回るとか、隠しアイテムがないか校舎の隅々まで探すとかそういう事をしたか?」
「いや、するわけないだろ」
ってか、なんだよ隠しアイテムって。
「そう、それこそが、この世界がオープンワールドRPGじゃない理由だよ。私たちは主人公的プレイングをするべきだ、誰彼構わず話しかけるべきで、そして色々な事に巻き込まれるべきだ。それこそがオープンワールドRPGの醍醐味だと思わないか?」
「亜野ちゃん面白いね」
半笑いで木戸が答えた。
このイケメン、変なところでノリがいいんだ。
俺だって亜野の意見が全く分からないわけではない。
詰まるところ、ゲームの中での俺たちは主体的に動くからイベントを経験できるわけで、受動的な状態ではゲームだろうが現実だろうがイベントなんて起こりえないって話だろう。
それについては、納得はできる。
だけど
「現実でそれやったら不審者だろ」
「確かに、主人公なんてモブから見れば不審者には違いないだろうが、だからこそ主人公だとも言える。その世界の常識に囚われないプレイヤーだからこそメタ的視点で主人公になれるのだ」
亜野はそれっぽい事を言う。
いや、現実でメタ的視点を持って不審者ならそれは紛うことなき不審者なんじゃないか?
「というわけで、早速この世界をオープンワールドRPGにしてみないか? 幸いまだ昼休み時間は残っている」
「おっ、いいね」
俺の疑問を他所に木戸はノリノリで立ち上がる。
「行こうぜ夏秋」
親友よ、確かにお前はイケメンで主人公っぽい役割も似合いそうだが、それでも無理なことがあると思うんだ。
「さあ行くぞ、冬春ねみい」
立ち上がらない俺の腕を亜野が引く。
昔のハンネで呼ばれるのは割とくるものがある。
「行くからその名前で呼ばないでくれ」
変な奴に絡まれてしまった、心底後悔しながら俺は立ち上がった。
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