2-3 合わないゲームは一日で切れ
椎名副会長から受けたクエストは次の通り。
「剣道部、柔道部、ゲーム部……あとサッカー部もかな、それらの部の新入部員名簿の回収を頼む。回収した分は生徒会室に届けてくれ」
実にわかりやすいお使いクエストだった。
ゲームと違う点があるとすれば、この世界にはクエストマーカーなんて便利なものはないので自分たちの記憶と判断力を頼りにこれをこなさないといけない事だ。
ちなみに、新入部員名簿と言うのは書いて字の如く、新入部員の名前が載った名簿になる。
全ての生徒の部活動入部が強制である本校で、その管理は非常に煩雑な仕事となるらしい。
それを生徒会が統括して管理する。
そんなの考えるだけで面倒だ。
特に部活動入部期限である今週末は修羅場らしい。
来たるべき修羅場を少しでもマシにする為、事前に仮入力をする。
そのための名簿集めが我々に課されたクエストだ。
そうすることで、まだ部活が決まっていない生徒をチェックできるし、当日の入力は半分程度で済む。
まぁ、これは乃愛が椎名副会長にクエストの理由を根掘り葉掘り聞いたから知り得た情報なんだが。
「ふふふ、本当にゲームのようではないか」
剣道部と柔道部が居るであろう道場へと向かう道中乃愛はずっとニヤニヤしていた。
「チュートリアルクエストっぽいよな」
乃愛ほどではないが、俺もテンションが上がっている。
「正にそれだ『自分で取りに行けるだろ』と言うところまで完璧だな」
「取りに行く場所が校内案内っぽいのもいいよな」
「流石はねみいだ、わかっているじゃないか」
ゲーマーである俺たちはその「初心者救済クエスト」っぽさを存分に楽しんでいたが、ゲームをやらない人間的にはそうではないらしい。
「ゲームっぽいかな?」
武藤はピンときていない様子で首を傾げた。
「まぁ普通に考えればただのお願い事だとも言える」
一瞬で冷静になった乃愛が真顔に戻って言う。
「だがここで大切なのは、この世界をゲームのようにするという目的を持った我々がその活動を理解している人間から、クエストとしてこれを受注した事だ」
「そっか」
あまりわかっていない様子で武藤は頷いた。
道場は食堂の隣、「旦」の字の下線部に位置する建物の一つになる。
入学早々あった校内案内で一度だけ来た事があるだけで、その時は、三年間で一度も利用する事はないだろうと思っていたが、予想は早くも崩れ去った。
ある程度近付くと剣道の竹刀がぶつかる音と声、柔道の畳の音が聞こえてくる。
その雰囲気だけで俺には縁遠い世界だとわかる。
道場の戸を開けて中に入ると、一斉に視線がこちらに向く。
比喩ではなく、剣道部も柔道部もどちらの部員もキリのいいところで動きを止めて、俺たちに正対し、一斉に頭を下げた。
「ちゃーっす」
おそらく「こんにちは」と言ったのであろう声は混ざって辛うじて挨拶という事が伝わる音しか残っていない。
その圧に俺たちも自然と頭を下げる。
「新入部員名簿をもらいに来た!」
俺が顔を上げるのと同時にその声が道場内に響いた。
他でもない乃愛だ。
彼女にしては非常に珍しく用件のみを端的に伝える言葉に関心したのもつかの間
「我々はリアルワールドゲーム部だ。どんな些細なクエストでも受けるので、悩みがあればいつでも相談に来るといい。この世界をゲームのようにすることが我々の目標だ」
乃愛は堂々と道場中に響く声で言った。
練習を中断していた部員たちの間に困惑のような空気が流れる。
多少マシなのは、部員達の視線が明らかに俺ではなく乃愛と武藤の方に向いている事だ。
この二人に比べれば俺の存在感など空気に等しいだろう。
程なく、それぞれの部長らしき人間が声をあげ、何事もなかったかのように練習が再開された。
そして、それぞれの部長らしき人間が紙を持って俺たちの元へとやって来る。
「君たち、生徒会じゃないの?」
小手だけを外した剣道部部長が乃愛に聞く。
俺の位置からだと顔は面でよく見えないが声から女性であることはわかった。
「先ほども言った通り、我々はリアルワールドゲーム部だ。これは生徒会副会長の椎名弥夜から受けたクエストになる」
真面目な顔で乃愛は答えた。
何一つ間違っていないが、明らかにこっち側ではない人間に正しく伝わるとも思えない。
「そうなんだ、頑張ってね」
当たり障りのない言葉と新入部員名簿を乃愛は受け取った。
同様に柔道部からも名簿を受け取り、道場を後にする。
「お前を侮ってたよ」
この二日間で乃愛がどういう人間なのかある程度理解していたつもりだったが、いよいよ彼女には羞恥心という感情は存在しないらしい。
「なんだ藪から棒に」
「あそこまでやるとは思ってなかった」
「これは初心者救済クエストなんだぞ、貰えるアイテムは余すことなく回収するべきだ。我々に不足しているのは認知度で、それを補強できる機会を逃す手はない」
この世界をゲームと捉え、自分をその主人公と仮定するなら驚くほど正しい。
そしてそれは俺が最初に突っ込んだ通り、不審者に近いムーヴでもある。
「君のガチエンジョイ勢というスタイルを否定するつもりはないが、現実という最高のオープンワールドで大切なのは、なにをエンジョイできるかではないのか?」
俺の困惑を見抜いたような乃愛が立ち止まって言う。
「雪子も聞いてくれ、リアルワールドゲーム部として活動する以上先ほど程度の事を私は普通にするし、二人にも求めるだろう。この世界をリアルワールドゲームとしてプレイするのに必要なのは主人公的プレイングだからだ。モブでは困るんだ」
主人公的プレイング。
中学三年間、俺はあらゆるイベントを起こさないように、モブになろうとして生きていた。
「最初のクエストだからこそ敢えて言おう。それが無理だと思うなら、ここで降りてくれ、切るならプレイ時間が短い方がダメージは少ない」
乃愛は彼女らしくない厳しい表情をした。
だいたいのゲームにおいて数時間プレイした辺りで自分に合うか合わないかはわかるものだ。
ガチエンジョイ勢としては、そこで楽しめないと感じれば容赦なく切る事にしている。
それじゃ、このリアルワールドゲーム部は俺に合っているのか?
その問いに、俺は即答することはできなかった。
中学三年間、俺はモブとして生きてきたんだ。
しかしその前、小学生の頃……俺は少しだけ主人公だった。
冬春ねみいは主人公だった。
「俺の認識が甘かったな」
俺の言葉に乃愛は息を呑む。
「しばらく振りに主人公的プレイングってのをするか」
「そう言ってくれると思ったぞ」
言葉とは裏腹に乃愛は心底ほっとしたような笑顔を見せた。
「雪子はどうだ?」
「よくわからないけどわかった。頑張ってみるね」
「ありがとう二人とも」
武藤からも肯定的返事を貰って乃愛は嬉しそうに笑う。
「それじゃ、次行くか、今日中にこのクエストを終わらせないとな」
俺の声に二人は頷いた。
次の部活はサッカー部。
道場から校舎に戻る途中で通るグラウンドが目的地となる。
今まで散々学校の配置を漢字で例えてきたが「旦」という字で示すならその形は少々歪になる。日辺は細長く、下線部は僅かに弧を描いているからだ。そして、日と下線部の隙間には中庭とグラウンドが併設されている。
いや、正確に言えばグラウンドは「旦」の左側に大きくはみ出す形になっているんだが。
説明がややこしくなってきた。
ともかく、校舎に戻る途中にグラウンドはある。
遠目にも多くの部員が走っているのが見えた。
ユニフォーム姿の部員と体操服の部員が混ざっている。
後者はおそらく一年の新入部員だろう。ボールを追う体操服の中に木戸の姿があった。
他の一年の中にあっても直ぐに木戸とわかる程度には目立っている。
そんな木戸を横目に俺は声を張り上げた。
「すみませーん」
サッカー部の視線が俺たちへと向かう。
「新入部員名簿を回収しに来ました」
俺の声に一人の男子部員が近付いてくる。
自然にセットされたちょうどいい短髪、どこか見覚えのある顔だと記憶を探って、教室まで木戸を勧誘に来た人物だと思い出す。
「君たち、生徒会じゃないよな」
短髪の彼は少しだけ怪訝な顔をしていた。
「リアルワールドゲーム部です」
「聞かない部活だけど、生徒会長の許可は貰ってる?」
どうやら疑り深い性格のようだ。
「現在は試用期間と言った所だ、成果如何で部として許可されるかが決まる。今回のクエストは椎名生徒会副会長から依頼されたものだ」
俺の代わりに乃愛が答える。
「そう言えば会長と副会長がそんな話してたね、君たちの事だったのか。あんまりうちの会長を困らせないでくれよ、舞草先輩は本当に凄い人で色々と忙しいんだから」
彼は苦笑しつつ言う。
「俺はサッカー部部長で生徒会書記の東雲だ、君たちとは色々と関わる事になるだろうからよろしく」
「よろしく頼む」
対して乃愛は不敵に笑ってみせた。
「それにしても、わざわざ回収を頼まなくても俺が直接持っていくのに、椎名先輩も変な事を頼んだね」
「もしくは、この会話をさせることが目的だったのではないか?」
「椎名先輩ならあり得そうだ。あの人、適当そうに見えて色々考えてるし」
そう言いつつ、彼は歩き出す。
「名簿は部室に置いてるから、取ってくるよ。ここで待っててくれ」
俺たちにそう言って、ついでにサッカー部の方へと向き直り声を張り上げる。
「五分休憩!」
彼の声に部員達が返事をして、空気が弛緩した。
「早速やってるな」
各々休憩に入る部員達に交じって木戸が俺たちの方へと近付いてくる。
「お前もな」
「ところで、こちらの現実離れした美女を紹介してもらっても?」
変に気取った木戸は武藤を見て言う。
そう言えば、武藤と木戸は初めての顔合わせだ。
「君は抜け目ないな」
乃愛が笑い、紹介をしようとしたところで武藤が口を開く。
「あっ、りあるなんたらげーむ部の武藤です」
武藤が自分から話すのは珍しい感じがした。
もしくは、彼女なりの頑張りなのかもしれない。
「武藤ちゃんか、俺は夏秋の友達で木戸、よろしく」
馴れ馴れしく、実際その程度の間柄ではあるが、木戸は俺の肩に手を回す。
「やめろ、汗が付く」
振りほどこうとするも、圧倒的にフィジカルで上をいかれていてまるで歯が立たない。
伊達にサッカー部してない。
「いや、やめないね、入学早々両手に花で青春を謳歌しようとする奴は汗臭いくらいでちょうどいい」
「お前だってサッカー部に入ればまた直ぐにキャーキャー言われることになるだろ」
「あー、それな」
ようやく俺を解放した木戸は曖昧な表情をした。
「練習に参加してるのにまだ悩んでるのか?」
「まぁ少しだけな、別にサッカーをまた三年やるのも全然いいんだけどさ」
いつもノリが軽い木戸にしては珍しく、歯切れの悪い返事だ。
「依頼があるのならいつでも、我々リアルワールドゲーム部が受けるぞ」
それを商機と感じ取ったのか乃愛が割って入る。
「んじゃ、その時は武藤ちゃん指名しようかな」
直ぐに軽いノリに戻った木戸はそんな軽口を言った。
程なく、東雲先輩が紙を持って戻って来る。
それに伴って、他の部員達が練習に戻る気配を出した。
「んじゃ、俺行くわ」
その気配の中、東雲先輩とすれ違う形で木戸はグラウンドへと戻る。
「おう、頑張ってな」
木戸の背中に声を掛け、俺たちはサッカー部の新入部員名簿を持ってグラウンドを後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます