2-2 現実はゲームのように甘くはない、だからって困難でもない

 ケース1、乃愛の場合。

「やあ、私は亜野乃愛だ。時に君、この世界はなぜゲームのようでないのか考えた事はないかな?」

 突然声を掛けられ戸惑う生徒。

「私はそれについてずっと考えていた」

 お構いなしに自分の考えをまくしたてる乃愛。

「というわけで、その部活を作る為に成果が必要なのだ、なにか私に依頼したい事柄はないかな?」

 ここまで約五分、宗教の勧誘でももっと警戒されないだろう。

 不信感しか持っていない生徒は控えめに依頼が無いことを告げてその場を去る。

「惜しいところまでいったな」

「いや、むしろ最後まで話を聞いて貰えた事に驚きだよ」


 ケース2、武藤の場合。

「……あの」

 武藤の声が小さく気付かない生徒。

「えっと、あの」

 ようやく気付いて振り返るも、声を掛けてきたのがおおよそ浮世離れした金髪碧眼美女であることで固まる生徒。

「…………」

 その反応に武藤も固まる。

 気まずい沈黙がしばらく流れた後、やっと武藤が口を開き、

「えっと……なんだったっけ?」

 話す内容を忘れて首を傾げる。

 乃愛が助け船に入るもケース1とおおよそ同じ展開を辿る。


 ケース3、俺の場合。

「どうした、ねみい、早く声を掛けろ」

 手持ち無沙汰に歩いている生徒を見付けるも、なかなか声を掛けることができず乃愛に急かされる

「その名前で呼ぶなって言っただろ」

 そんなやり取りをしている間に対象は行ってしまう。


 三者三様に失敗を重ね、およそ一時間が経過した。

 ……わかってるんだ、俺の失敗が一番しょうもないことは。

「何故か上手くいかないな」

 上手くいかない主要因が首を捻る。

「難しい、ね」

 ホームルームが終わってから既に一時間以上が経過し、大半の生徒は部活に行ってしまっている校舎は人もまばらだ。

 現に学生棟と実技棟を繋ぐ渡り廊下には俺らしかいない。

「やっぱり無理なんじゃないか?」

 現実はゲームのように甘くはない。

「私のせいで、ごめんなさい」

「いや、武藤さんは悪くないから、主に俺と乃愛のせいだから」

 むしろ、掴みとして一番可能性があるのは武藤だろう。

 その後に出てくるのがアレだから台無しになっているだけだ。

 それじゃ、代わりに俺がやればいいって話かもしれないが、不審者度で言ったら、ハイテンションのゲーマー女子とローテーションのゲーマー男子じゃそう変わらないのが現実だろう。

「今日は人もいないし諦めるか?」

 俺の提案に乃愛は首を振る。

「考えるに、我々がクエストレベルに達していない事が問題なのではないか?」

 いよいよクエストレベルなんて言い出した。

「現実にはレベルとかないだろ」

「それはオープンになっていないだけだ。所謂隠しステータスだな。例えば君がなにか用事を頼もうとする。その時一番頼みやすいのは友人や知り合いだろう、ついでよく知らない専門家やそれに詳しい人間になら任せられると考える。一番頼りたくないのは見ず知らずの素性さえ分からない人間だ」

 当たり前のことを乃愛は滔々と語る。

「それが現実におけるクエストレベルというやつではないか?」

 俺が散々言ったことだが、乃愛風に言えばこうなるだろう。

「要するに信頼度ってやつな」

「もしくは認知度と言い換えてもいいな、我々の場合はそちらの方が正しいだろう。リアルワールドゲーム部という存在は現状人々に知られていない、だからクエストを受注することが困難なのだ」

「それ割と詰んでるだろ」

 認知される為には活動しないといけないが、活動するためには認知が必要だ。

「きっと初心者救済クエストがあるはずだ、それを見付けるのが我々の課題になるな」

「ゲームじゃないんだからそんな都合いいクエストあるわけないだろ」

 乃愛がふと廊下の先を見た。

 その視線につられて俺も同じ方向を見る。

 実技棟側から一人の女子生徒が、こちらに向かって歩いている。

 彼女は俺らを認めると軽く手を挙げた。

「知り合いか?」

 少なくとも俺よりは知り合いが圧倒的に多いだろう乃愛に訊ねる。

「いや、知らないな」

 しかし、乃愛は軽く首を振りつつ、手を挙げ返す。

「武藤さんは?」 

「私、知り合いいません」

 申し訳ないことを訊いた。

「そうだ、ねみい、先ほどはスルーしてしまったが雪子に関してもパーティーメンバーなのだから名前で呼ぶか呼称を考えるかしてくれ、君が女子を名前で呼ぶのが恥ずかしいと思っている系男子なのは承知しているが」

「いや、違う、そういうのじゃなくて、人として適切な距離感ってのをだな」

 違うんだ、マジで。

 そんなやり取りをしている間にも、彼女は近付いて来る。

「こんにちは、君たちは一年生?」

 声が届く距離になって、彼女は言う。

 明るい印象を抱く声だ。

 容姿も声同様活発さな印象を受ける。ショートボブの髪は軽く跳ねていて、明るい表情によく似合っていた。

 左手には数冊のノートと本を持っている。

「はい」

「そっか、こんな時間に校舎を歩いてるからなんの部活か気になって声を掛けたんだ。入る部活は見付かりそう?」

 その物言い的に彼女は上級生なのだろう。

 最低二年、立ち振る舞いから三年なのかもしれない。

「部活動中です」

 先輩である事を察したのか乃愛が敬語で答えた。

「あっそうなんだ、なに部?」

「リアルワールドゲーム部です。丁度良かった、我々は現在部の活動を認めさせる為に成果が必要なのです。より具体的に言えば認知度を得るためのクエストを受ける必要があり……」

 売り込み時のセールスマンのように乃愛は畳みかける。

 そんな乃愛に、何故か彼女は笑顔を見せた。

「美紀ちゃんを困らせたのは君たちかぁ」

 美紀ちゃん?

 どこかで聞いたような名前に引っかかりを覚える。

「君たちやるね、美紀ちゃんが生徒会になってから仮にでも申請が通った部活は君たちだけだよ」

 そこまで言われてようやく思い出す。

 舞草美紀、昨日乃愛が困らせた生徒会長の名前だ。

「つまり、あなたも生徒会の関係者か」

 乃愛が僅かに身構える。

 その所作は、さながら敵対組織と対峙する主人公のようですらある。

 別に生徒会は敵じゃないけどな。

「関係者って言ったら一応そうなのかなぁ」

 乃愛の雰囲気を感じ取ったのか、彼女も浮かべる笑顔を少しニヒルなものへと変化させた。

 ノリがいい人だ。

「生徒会副会長の椎名弥夜だよ。よろしく」

 不敵にも、彼女は右手を乃愛へと差し出した。

「リアルワールドゲーム部、亜野乃愛だ」

 その手を乃愛はしっかりと握り返す。

「美紀ちゃんを困らせたんだ、相応の成果を出して貰いたいね」

「言われずとも、そうするつもりだよ」

 固い握手を交わしながら二人は視線を交える。

 なんだ、この時間。

「しかし、今の話を聞く限りだと困っているみたいだね」

「なに、心配には及ばない、直ぐにクエストを達成して部として我々を認めさせてやるさ」

「ふふ、言ってくれるね。期待しているよ、我々生徒会はそう甘くはない」

「敵が強大であるほど、やり甲斐もあるというものだ」

 別に生徒会は敵じゃないけどな。

 心の中で二度目のツッコミをした所で、二人はようやく手を放した。

「まぁ、冗談はさておき」

 椎名副会長が表情を戻す。

「個人的には君たちのことは面白いと思ってるんだよね、だから一つ仕事を頼みたいと思うんだけど、どうかな?」

 渡りに舟、リアルワールドゲーム部に初心者救済クエスト。

「無論、受ける」

 乃愛が即答した。

「それじゃ、各部活を回って新入部員名簿を回収してきてくれない?」

 椎名副会長が発した言葉に反応して、嬉しそうな顔で乃愛が俺を見る。

 きっと俺と同じ事を考えているのだろう。

 まさか本当に現実で発生する事があるなんて思ってもみなかった。

「お使いクエストだ」

 俺は心の中で、乃愛は口に出して言った。

 まぁ冷静に考えれば、クエストというか普通に頼み事なのは置いておくとしよう。

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