2-1 現実におけるステータスの扱いについて

 4/20火曜日


 翌日、ホームルームが始まる前の教室には気怠い雰囲気が漂っていた。

 いよいよ本格的にはじまった授業と各科目で出される課題の数々がその原因の一端だろう。

 あくまで義務教育だった中学までと異なり、高校の課題にはどこか突き放した冷たさがある。

 当然、嘘だ。

 温かみのある課題ってなんだ?

 これはいわゆる現実逃避の一環ってやつ。

 俺が逃れている現実は、目の前で紙を広げて楽しげにそれを説明している。


「ステータスはこんな感じの項目にしたんだがどう思う?」

 朝から元気いっぱいの亜野はそう言って、文字が書かれたノートの切れ端を俺の方に向けてくる。

 ・STR

 ・VIT

 ・INT

 ・DEX

 ・AGI

 ・CHA

 紙に並ぶのはRPGでお馴染みの文字たちだ。

 日本語で言うなら順番に、力、生命力、知識、器用度、素早さ、魅力となる。

「ステータスってなんだ?」

 薄々わかりながらも一応質問する。

「当然、我々が部活で使うものだ」

 まぁそうなるよな。

 現実をゲームのようにすることを目的とするなら、こういうところから手を付けそうだとは思っていた。

 しかし、現実としてこう提示されると痛さの方が目立つ。

 だからと言って強く否定するつもりもないが。

 強いて言うなら、俺も少しだけ心惹かれる部分がある事を否定しない。

「クエストをクリアしながらこのステータスを育てて行くのが我々の成果の一つと言うわけだな」

「言いたいことはわかったが、このステータスでいいのか?」

「それについて相談しているんだが?」

「そういやそうだったな」

 改めてステータスを見直す。

「STRとかVITって必要か?」

 RPGなら必須なステータスではあるが現実世界、俺らのような人間にそれが必要になる機会は限られている。

「だって入れないと六個にならないだろ、それにたぶん使う事もあると思う。あとVITは元のVitalityの方の意味だ。活力とかそういうやつ」

「なんで六個」

「レーダーグラフにしたときそっちの方がかっこいいだろ?」

 なるほど、わからなくはない。

 まぁ五個でもレーダーグラフ的にはいい感じになると思うが。

「六個にするならMND(精神力)とか入れればいいんじゃないか?」

「それは隠しステータスにした方がいいだろ。HPと同じで現実じゃ変動するし」

「あー、なるほどな。とは言え精神力的なステータスは必要だろVITだけじゃなくて、むしろ身体的ステータスはそこまで重要じゃないから減らしていいんじゃないか」

「一理あるな、それならTEN、Tensionとかどうだ? やる気とかそんな感じで、まぁ本来の意味からすると真逆になるんだが」

「それ、VITとどう違うんだ?」

「さぁ、どう違うんだろうな」

 あっけらかんと亜野は言う。

「お前、割と考えなしで喋ってるよな」

「なんでも口に出した方がいいだろう。頭で考えているだけではそれ以上進展しないからな」

 それで亜野のこれまでの言動に得心がいく。

「あと、私の事は乃愛のあと呼んでくれ、もしくはアノアでもいいが」

「アノアってのはハンネか」

 亜野乃愛でアノアなのだろう。俺が言うのもなんだが安易な付け方だ。

「勿論、どちらで呼んでもいいぞ」

「亜野ってのは?」

「どこにパーティメンバーを名字で呼ぶやつがいるんだ」

「いなくはないだろ」

「少なくとも私のパーティーでは禁止だ、他に格好いい呼称を考えてくれるならそれでもいいが?」

「面倒だから名前の方で」

「うむ、以後そうしてくれたまえ」

 そこで予鈴が鳴った。

 そそくさと机に着く面々、その流れに乗って亜野改め乃愛も自分の席へと向かう。

 ステータスの件は一旦保留になりそうだ。


 各授業の休み時間、昼休み、そして放課後の現在、俺の机の周りには木戸と乃愛が当然のように来ていた。

「んじゃ、そろそろ俺は部活行くわ、夏秋も頑張れよ」

 今日一日で昨日あった出来事をおおよそ把握した木戸は俺の肩を叩いて行ってしまう。

 そうなると俺たちも動かないといけなくなるわけで、

「よし、先ずは雪子を迎えに行くか」

 乃愛の言葉に急かされるように教室を出た。

 俺たちの教室は四組で武藤は二組。

 一教室分という微妙な距離を歩く。

 間の三組は俺たちの教室と同様に、既に大半の生徒が部活に出たようでガランとしていた。

 二組も同様ではあったが、ただ一つ異なる点があるとすれば、窓際の席に座って、僅かに染まり始めた空を眺める武藤が居ることだ。

 窓からの光が髪に反射して、非現実的な透明感を帯びていた。

 窓際の美女というのはどうしてこうも絵になるのだろう。

 これは、二組の面々が話しかけ辛さを感じるのも無理はない。

 まぁ、そういうのが全く関係ない人間もいるが。

 例えば俺の隣に。

「雪子、部活をはじめよう」

 他クラスに堂々と侵入した乃愛は武藤の机に手を置く。

 突然声を掛けられたことで、武藤は身体をびくりと震わせた。

「わっ、来てたんだ」

「部活をはじめるぞ、我々に残された時間はそれほど多くないからな」

「あっ、そう言えばそうだったね」

 実際に話しかけてみれば、見た目から感じる雰囲気とは違い、少しおっとりした普通の子だとわかる。

 武藤を加えた俺たちは廊下に出てなんとなく隅に集まった。

「それで、なにするんだ」

「決まっている、クエストを受注しに行くんだ」

「クエスト?」

 武藤が首を捻る。

「雪子はオープンワールドをしないんだったな。簡単に言えば、この学校の誰かから仕事をもらうことと考えればいい」

「……わかった」

 あまりわかっていない様子で武藤は首を縦に振った。

「ゲームじゃないんだから、そんな簡単にいかないだろ」

 例えばオープンワールドでよくあるお使いクエストと呼ばれる類いのものでは、その場で初めて会った主人公に対して住人が「○○にある××を取ってきて欲しい」のようなクエストを発注する事がある。

 しかし現実で考えれば、見ず知らずの他人にそんな事を頼む人間は多くはない。

 というか、俺なら絶対に頼まない。

「まぁ簡単ではないだろうな、しかしクエストというのは元来そういうものだろう?」

 そんなこんなで俺たちの部活最初の活動はクエスト受注になった。

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