2-4 不意打ちはダメージ3倍

 ゲーム部の活動場所はPC室。

 実技棟の二階に位置する。

 位置関係から考えると生徒会室とそれほど離れているとは言い難く、道場とグラウンドを回ってから向かうよりも生徒会室から直接行った方が圧倒的に近い。

 これこそ、お使いクエストっぽい案件だ。

 実際には椎名副会長にも仕事があって依頼したのだろうから一概に「お前が取りに行けるだろう」って話ではないだろうが。

 そんなことを思いながらPC室の前まで来た。

 部屋の前まで来ても運動部のようなかけ声は当然聞こえず、PCを操作する音と話し声が微かに聞こえる程度だ。

 ガチエンジョイ勢としては敵視まではいかないが、苦手意識を持つガチ勢の巣窟として少しだけ身構える。

 そんな俺を他所に、乃愛は全く躊躇なくドアを開けた。

「失礼する」

 縦長の教室、右手側の壁を向くように三列に配置された無数のPCと机、そこにまばらに生徒が座っていた。

 突然の来訪者にゲーム部の視線は一斉に俺たちへと向けられる。

 向けられた顔はこれまで訪れた柔道部やサッカー部の面々と違って、明らかに「俺側」の人間のものだった。

 言葉を選ぶのなら垢抜けない顔ってやつだ。

 その中に、一人だけ毛色の違う顔を見付ける。

 ごく自然にその一人と目が合った。

 瞬間、相手がまるで幽霊でも見たような表情をする。

 いや、きっと俺も似たような表情をしていただろう。

 そこに存在する筈がないなにかを見た表情。

 彼女が立ち上がる。

「みーね」

 聞き慣れた、懐かしい呼び名が静まりかえったPC室に響いた。

 思い出の声と比べると、あどけなさが消え落ち着いた音になっている。

 それでも、舌足らずに俺の名を呼ぶ言い方だけは変わっていなかった。

、だよな?」

 この場に居るはずのない幼馴染みの名を呼ぶ。

 俺の声は喉の奥でつっかえたように感じた。

 それでも静まりかえったPC室では充分過ぎるほど響き、彼女の耳に届く。

「久し振り」

 三年の空白を、あのどうしようもない断絶を、感じさせない口調で彼女はそう言った。

 それに対して、俺は答える事ができなかった。

 言いたいことがあった。言うべきことがあった。

 そのどちらも言えずに、俺は固まっていた。

「みーねもゲーム部に入るの?」

 明確な指向性を持った質問に、ようやく自分がここにいる意味を思い出す。

「いや、俺は」

「我々はリアルワールドゲーム部だ」

 まるで宣戦布告のように乃愛が言った。

「生徒会副会長からの依頼で新入部員名簿を回収しに来た」

 俺らの正体がわかった瞬間、ゲーム部の部員達は興味を失ったように沈黙のまま各々の事情に戻る。

 ただ、だけが俺を見ていた。

「知り合いか?」

「ああ」

「女子を名前で呼ぶのが恥ずかしいと思っている系男子の君が気安く呼ぶ程の間柄とは少々驚いた」

「別に、そういうのじゃなくて他の呼び方を知らないだけだ」

 舞草木乃羽まいくさこのは、知り合いと呼ぶには余りに親密で、友達と呼ぶには余りに溝がある彼女を今、俺はなんと呼ぶべきなのだろう。

 俺と乃愛が話している間に、ゲーム部の部長らしき人間が慌ただしく一年の名前を聞いて回っていた。


「みーね、ドラテまだやってる?」

 後ろから突然声をかけられ飛び上がる。

「驚きすぎでしょ」

 振り返るとがいた。

 近くで見ると、年相応に成長した中にあの頃の面影を感じる。

 真っ直ぐに俺を見るくるりとした目、大人しそうな小さい口、身長は相変わらず低くて、あの頃抱いていた小動物のようだという印象がそのまま当てはまる。

「ねみい、答えないのか?」

 無意識の微妙な間に乃愛が俺の肩を叩いた。

「えっと、ドラテの話だったよな?」

 俺が確認すると、は「ちゃんと聞いてよ」と笑う。

 その笑顔もあの頃と変わっていなくて、そんな表情を向けられる資格など俺にはないのにと思わず目を逸らしてしまう。

「悪い、もう引退したんだ」

「そっか」

 俺の答えに少しだけ驚いたように、しかしそれほど気に留めるわけでもなく、このは答えた。

「むしろ、こそゲーム部に入るのか?」

「うん、そのためにこの高校選んだからね」

 耳を疑うとはこのことだろう。

 だが、それ以上を聞くことは、少なくとも俺にはできなかった。

「そうなのか」

 なんとかそれだけ言うと、丁度、新入部員名簿を完成したらしい部長がこちらに歩いてくるのが見えた。

「この、部活戻らなくていいのか?」

 それを口実に話を切り上げようとする。

 俺の視線を追ったこのが気付いて曖昧に笑った。

「そろそろ戻ろっかな」

我ながら卑怯な手だ。


 新入部員名簿を集め終わり、生徒会室へと向かう。

「君個人の問題には干渉しないが、リアルワールドゲーム部は身内の依頼も受け付けているぞ」

 空気を読んだのか読んでないのか微妙な台詞を乃愛が吐いた。

「今のところ、依頼できるようなクエストは持ち合わせてねぇよ」

 少なくとも他人にどうこうしてもらう問題ではない。

 乃愛は表情を別段変化させずに頷いた。

 そして、一段階声色を明るくして言う。

「では別の事柄について考えるとしよう、題してねみいが恥ずかしくなく呼べる雪子のハンネはなにか問題だ」

「それこそ余計なお世話だ」

「まぁ聞け、私の考察が正しければ、君は二文字程度なら恥ずかしがらずに言える。だから、ゆきと呼ぶのはどうだろう」

 本当に余計な考察をする。

「それ、家でも呼ばれてる」

「ふむ、尚更いいじゃないか。まぁ私個人としてはsnowを絡めた名前を考えるという方向性も捨てがたいと思ってはいたんだが、未寧からねみいというハンネを作った君なら面白いものを考えられるのではないかとね」

「いや、雪子でいいだろ」

 いよいよ面倒な方向に話が進みそうだったので、適当に切り上げた。


「お疲れさん、確かに受け取ったよ。クエスト達成だな」

 生徒会室には椎名副会長だけが居た。

 彼女は当然のように生徒会長の席に腰掛けて足を組んでいる。

 俺たちが回収してきた名簿を確認して、机に置いた。

「では、クエスト報酬を貰えるか?」

 当然のように乃愛が言う。

「ん?」

 まさかそこまでゲームに準じているとは思っていなかったらしい椎名副会長が少し考えるような仕草をした。

 無論、俺も思っていなかったので、副会長と似たような反応になる。

「クエストには報酬が付きものだろう」

 だが、乃愛はあくまで自分の要求が正当なものだと譲るつもりはないらしい。

「そう言えばそうだな」

 特に気を悪くするでもなく、椎名副会長は笑う。

 ノリのいい人で助かった。

「では、そうだな……」

 彼女は生徒会室を見回す。

 整理整頓され尽くしたこの部屋にはあらゆるものが過不足なく存在しているように思えた。

 つまり、俺らに報酬として渡せるものなどなさそうって話だ。

 一周室内を見回した椎名副会長は視線を俺たちへと戻す。

「……私が君たちを気に入っていることは既に言ったと思うが、美紀の方はどうか微妙でね」

 順当な評価だ。

「だからってわけでもないが、君たちに一つ面白い情報をあげよう、それが報酬だ」

 前置きをした副会長はいたずらっぽく笑った。

「この部屋には生徒会でも知る者の殆どいない秘密が隠されている。もしかすると、君たちを助けるかもしれないものだよ」

「それはなんだ?」

「直接教えたのでは面白くないだろ、だから、それに辿り着く為のキーワードをあげようと思う。一見完璧に見えるこの部屋には、余って、足りないものがある」

 余って、足りない。

 相反するような言葉、ずいぶん変なキーワードだ。

「それが宝の鍵か」

 この世界は、親切すぎるゲームのようにリドルを解く前からクエストマーカーで宝のありかを示してしまうような無粋な真似はしない。

「ふむ、では早速、探索するとするか」

 乃愛が意気揚々と一歩踏み出そうとした瞬間、後ろでドアが開く音がした。

「ダメです」

 ドアを開けたのは他でもない生徒会長。

 その姿を認めた椎名副会長はいたずらがバレた子供のように、苦笑いをする。

「弥夜、生徒会役員以外に生徒会室を自由にさせようなどとは言語道断です。仮にも副会長でしょ。ここには生徒の個人情報が含まれる資料も存在するんです。もう少し責任感を持って欲しいとずっと言っていますよね。そもそも生徒会選挙の時だって……」

 延々と続きそうな生徒会長の小言に椎名副会長は肩をすくませながらジェスチャーで俺たちに部屋から出るようにと指示する。

 大人しく従っておいた方がよさそうだ。

 流石の乃愛も察したのかなるべく存在感を消してドアへと歩く。

「それから、あなたたち」

 しかし、当然そのまま出られるわけもなく生徒会長に呼び止められた。

「押し切られるような形ではありましたが、今週末を楽しみにしています。入る部活を考えておいてくださいね」

 丁寧ながらも、どこか威圧的な口調で生徒会長は言う。

 彼女の意図に反して、ゲームの悪役みたいだと思ってしまったことは黙っておこう。

「こちらこそ楽しみだ。この学校に画期的な部活が正式に認められる日になるだろうからな」

 対して乃愛は生意気系主人公がするように不敵に笑った。

 何はともあれ、リアルワールドゲーム部としての初日と最初のクエストが無事に終わった事に俺は胸をなで下ろす。

 ただ、今日という日はまだ終わらない。 

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