3-1 ランダムエンカウント制クラスメイト

4/21 水曜日


 朝、背中にしがみつく眠気を引きずりながら自転車を漕ぐ。

 中学時代からすると圧倒的に伸びた登校距離は、その分色々な景色を俺に見せる。

 別方向に行き過ぎる他校生、信号待ちであくびをする運転手、犬を連れて散歩する老人。

 いずれも、差異こそあれいつもの朝として流れていく景色だ。

 家を出た時間も一、二分の誤差こそあれいつも通り。

 遅刻する心配は皆無で、自転車を漕ぐペースもいつもと変わらない。

 いつもと違う事と言えば、道中木戸が合流しなかった事だけだった。

 別に毎朝待ち合わせしているわけでも、示し合わせているわけでもないので、互いの時間がずれればそういう日もあるのだろう。

 いつもは俺の方が先に家を出る。

 学校までの距離で見ても俺の方が近いので順当に行けば、俺と木戸は合流すること無くそれぞれ学校に着くのだが、木戸の方が圧倒的に速度が速い。

 まるで中学生の文章題のような話で、先に出たゆっくり進む俺に、後に出た早く進む木戸が追いつくのだ。

 それが起こらなかった今日は、俺に追いつけない程木戸が遅く家を出たのか、俺が出る前に木戸が家を出たのかの二択になる。

 俺はその答えを求めて教室のドアを開けた。

「遅いぞ」

 ドアを開けた俺にそんな声が掛けられる。

 声の主は何故か俺の机に腰掛けていた。

「遅くはないだろ」

 そう応えながら俺は教室を見回す。

 まだ空席の方が多い教室を見るに、俺が遅いわけではないだろう。

 むしろ早いとすら言える。

「私より遅いなら遅いのだ」

 朝から意味のわからないことを言う乃愛を軽く無視して、俺は木戸の席を見た。

 机には雑にカバンが置かれている。

 あれが、木戸の物で持って帰るのを忘れたわけではないとすれば、木戸は既に登校していることになる。

 しかし、肝心の木戸の姿は教室のどこにもなかった。

「なあ、木戸見てないか?」

「彼ならさっき教室を出て行ったが、なにか用でもあったのか?」

「いや、少し気になっただけだ」

 嘘偽りない返事をしながら、俺は自分の席に腰掛ける。

 二択の答えはどうやら後者だったらしい。

 それはそれとして、乃愛が邪魔だ。

「席の主が来たら取り敢えず机から尻を下ろせよ」

 驚くほど堂々と、腰掛けると言うより最早腰を下ろすと言った方がしっくりくる程深々と、乃愛は俺の机に座っている。

 おかげで、席に着いた俺の視界は乃愛の尻と背中でほぼ埋まっていた。

「ああ、悪い、最終確認をしていた」

 やっと尻をおろした乃愛は振り向きつつ、俺の机に紙を置く。

 ・VIT(活力)Vitality

 ・INT(知能)Intelligence

 ・CHA(魅力)Charm

 ・DOR(認知度)Degree of Recgntion

 ・PSA(問題解決能力)problem solving ability

 紙には昨日見たような文字が並ぶ。

「ステータスこれでどうだ」

 前日のものよりも少しだけわかりやすく、そして実用的になっていた。

 とは言え、完璧でもない。

「悪くないと思うが、認知度あるなら魅力いらなくないか? どっちもクエストの受けやすさに関係するやつだろ」

「確かに被る部分もあるが、DORが単純な認知度とするなら、CHAはより人間的な魅力に関するステータスにするつもりだがどうだろう。例えば信頼度と言い換えてもいい」

「そうなると問題解決能力と被らないか、そもそも魅力って言葉が曖昧すぎる、信頼度と認知度もある意味被る」

「むぅ、ステータスになると厳しいな、ねみい」

「当然だろ、RPGにおいて最重要と言っても過言じゃない部分だ、ないがしろにはできない」

「君が乗り気で有り難い限りだよ」

 今日のステータスに余程自信があったのか、珍しく皮肉っぽく乃愛が言う。

 この調子だと朝一のステータス議論がしばらく日課になりそうだ。

「やってるな、リアルワールドゲーム部」

 そんなことを思った矢先、聞き慣れた声が降ってきた。

 昨日までとは打って変わって元気な声だ。

「今朝は早かったんだな」

「おう、ちょっとやることがあってな」

 木戸は爽やかにそう言う。

「なんだ、やることって?」

「らしくない事だよ」

 木戸のしたり顔になんとなく察しが付いた。

「そりゃよかったな」

「なんの話だ? クエストか?」

 独り蚊帳の外だった乃愛が割って入る。

「亜野ちゃんの手を煩わせるような事じゃないよ」

「それは残念だ、依頼があるならいつでも受けるぞ、リアルワールドゲーム部はクエストと成果を求めているからな」

 少しだけ声を張って乃愛は言い、木戸が笑う。

 そうこうしている内に予鈴が鳴った。 

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