3-2 例えばフラグ管理をミスったときの会話
昼休み。
「ちょっと野暮用」
早々に弁当を食べ終えた木戸がそう言って席を外し、俺と乃愛、そして雪子は三人で昼食を食べていた。
雪子がわざわざクラスを跨いでここまで来た事に正直少し驚いている。
見慣れない来訪者にクラスが少しざわついたことは言うまでもない。
ドワーフの村にエルフはやはり目立つ。
現に、こうやって昼食を食べている今でも雪子だけでなく俺をチラチラと見るような視線を感じていた。
「問題はどうやって認知度を高めるかだと思うのだ」
まぁ乃愛に関してはそんなものどこ吹く風でいつも通りなのだが。
「地道に活動するしかないんじゃないか」
「ふぉうどう(王道)ではふぁるな」
乃愛がサンドイッチを頬張りながら言う。
「飲み込んでから喋れ」
「だが、期限を考えるとそれだけでは足りないだろう」
今日は水曜日、残り二日であの生徒会長を認めさせる程の成果を出すのは正直厳しい。
「そうだ、校内放送を使うのはどうだ」
閃いたように乃愛は教室にあるスピーカーを指差した。
現在そこからは耳につかないクラシックが会話にかき消される程度の音量でながれている。
「ダメだよ」
お茶を一口飲んだ雪子が小さく首を振った。
「何故だ、妙案だと思うが」
「部活動勧誘目的での放送室利用は禁止だからだろ」
雪子が説明するのは大変だと思い補足する。
「詳しいな、ねみい」
「最初の部活動紹介で言ってただろ」
「他の部活にまるで興味がないので聞いていなかった。しかし、我々が放送室を使う目的は勧誘では無く、部活の周知なのだが」
「あの生徒会長がそんな詭弁でオッケー出すと思うのか?」
渋い表情で乃愛は首を振った。
「思わないな」
渋い表情のまま乃愛は次のサンドイッチを手に取る。
「それはそうと、ねみい、面白い言葉を使うよな」
「は?」
「詭弁とか日常会話で使っている人間を初めて見た」
「お前にだけは言われたくねぇよ」
本当に。
「私の使う言葉は普通だろう」
「話し方が変わってるんだよ」
「そうか?」
自覚がなかったらしい。
「面白い、と思うよ」
フォローなのか雪子が頷く。
「ゲームには割といるだろう、こういう話し方のキャラ。なんならもっと濃い話し方のキャラだっているが」
「現実の話をしてんだよ」
語尾が特徴的なタイプの話し方を乃愛が選ばなくて幸いだったと考えるべきなのかもしれない。
「とは言え、ねみいもゲーマーなら一度は言ってみたい台詞とかあるだろ」
話題が明後日の方向に飛びそうになる。
真後ろから声が聞こえたのは正にその時だった。
「みーねやっと見付けた」
突然の事に心臓が止まるかと思った。
いや、マジで。
「この、どうした」
振り返りながら、懐かしくも遠い名前を呼ぶ。
三年が経ってしまった幼馴染みの姿は二度目でも記憶の中との差異に僅かな違和感を覚える。
「ふふふ、みーねを引き抜きに来たよ」
いたずらっぽくこのは笑う。
その笑顔が凶器のように俺に突き刺さった。
「ふぃふぃぬきふぁと」
いつの間にか手に持ったサンドイッチを口に詰め込んだらしい乃愛が頬を膨らませたまま言う。
それに突っ込むほどの余裕が俺にはない。
「知り合いの少ないゲーム部での活動を快適にするためにみーねを引き抜きに来ました」
このは、ざっくばらんに宣言する。
急いでお茶を飲む乃愛。
「それは看過することはできないな、ねみいはリアルワールドゲーム部の大切な部員だ」
「女子二人に囲まれてみーねは楽しそうだけど、幼稚園からの幼馴染みというアドバンテージを持つ私に勝てるかな?」
なにかよくわからない戦いが、動揺する俺を他所に始まっていた。
「幼馴染みは確かに強力なスキルではあるが、高校に入って最初に話しかけて来た女子というスキルもそれなりに強いぞ」
「くぅ、確かに、根暗なみーねだとそれだけで好感度あがっちゃう可能性があるね」
「ねーよ」
まるで三年前なにもなかったかのような態度に思わず突っ込んでしまう。
そんな資格俺にはないはずなのに。
「でも、私だって三年前の私じゃないんだよ。実は料理スキルが上がりました」
「なに、私に欠落している女子力まで備えているとは、恐ろしい」
「ふふん、今日も朝ご飯にゆで卵を作ってきたのです」
このは、得意気に腰に手を当てる。
朝食にゆで卵は果たして女子力と言えるのだろうか?
しかし、乃愛は「やるな」と感心している。
当人同士がいいならそれでいいのだろう。
少なくとも、俺には何も言えない。
「まぁ、今日は使った卵が少し古くて、軽めに当たっちゃったんだけどね」
「メシマズ属性だと!? どうするねみい、予想以上に強敵だぞ」
とは言え、突っ込みが不在だと昼休み中このノリが続きかねない。
「どうもしねぇよ。それで、このは俺を引き抜きに来たんだよな」
そういう話なら答えは決まっている。
「そうそう、まぁ半分冗談なんだけどさ、ゲーム部って兼部できるから、そっちも兼部できるなら入って欲しいなぁってだけの話なんだよね」
「なるほどな、しかし、ねみいはガチ勢を引退したらしいが」
「ドラテ辞めたんだったよね、でも大丈夫だよ、今はローテーションルールが採用されてて覚えるカードもそんなに多くないし、みーねのプレイングなら直ぐに環境に追いつけるって」
問題はそこにはない。
「そうじゃないんだ、三年前のあれで俺はガチ勢を辞めたんだ」
正確には三年半前。
「ずっと謝らないといけないと思ってた、あの時は悪かった」
本来なら三年半前に言わなければならなかったことをようやく俺は口にした。
それで許されるわけではない、あのどうしようもない断絶がなくなるわけではない。そんな事は分かっている。
このに許してもらえるとも思わない。
だから、これはただの自己満足だ。
頭を深く下げてこのの言葉を待つ。
「へ?」
しかし、返ってきたのは気の抜けたような疑問符だった。
「三年前なにかあった?」
忘れるわけがないあの出来事を聞き返された事で思わずたじろぐ。
「なにかって、夏休み最終日に」
「………………」
それでも思い出さないようなこのは少しの間考えるような姿勢を取った後、顔を上げた。
「あー、あれね」
反応が軽すぎる。
「怒ってないのか」
「えっ、どこか怒らないといけないとこあったっけ?」
「だってあの日、このは俺とゲームする為にわざわざ来てくれたのに、それを酷い断り方したんだぞ」
「そうだったっけ? みーねがなんか忙しそうだったのは覚えてるけど……そう言えば確かに一度もみーねとはやってないね。でも、あれがきっかけでドラテはじめたし、別に謝られるような事でもないかな」
本当に、なんてことないようにこのは言った。
「えっ、それでみーねはドラテ辞めたの!?」
そちらの方が重要だと、このは身を乗り出す。
俺は、このと俺の温度差に激しいめまいを覚えていた。
椅子に座っていなかったら倒れていただろう。
あの日、俺が作ってしまった筈のどうしようもない断絶がこのの中にはなかった?
俺がしてしまった過ちが、その結果気付いた罪が、そして背負った罰が、全て本当の意味で独り善がりだった?
自己満足に至る手前で止まってしまっていた?
「済まない、ねみいは体調が優れないらしい、少し席を外してもらえるか?」
乃愛の声が聞こえた。
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