3-3 昔日の残照
上の空の五限目は英語。
「夏秋君が体調悪いようなので、保健室に連れて行きます」
教師に当てられた部分に答えることができず、棒立ちしていた所で乃愛が助け船を出し、俺は教室から脱出した。
実際、本当に体調は悪かった。
昼休み以降、足が地面をしっかり捉えている感覚がない。
俺を支えていた筈の足場がどこかに行ってしまったようで、ふわふわとしていた。
「よければ、君と彼女の間になにがあったのか聞かせてくれるか?」
保健室までの道中、乃愛は言う。
「クエストになりそうだからか?」
「君はバカか。友人だからに決まっているだろう」
その口調はいつもより少しだけ真面目だった。
俺は口を開く、三年半前、夏休み最終日のこと、俺とこののことを。
俺とこのは幼稚園からの幼馴染みだった。
家が近所で両親同士の仲もよかった事で、よく一緒に遊んでいた。
俺は小さい頃からゲームが好きで、一方このはゲームよりも身体を動かす事が好きだった。
ドラテのサービスが開始されたのは俺たちが六年になる頃。
初めて触れるデジタルカードゲームに俺はハマり、師匠の存在もあって、寝る間も惜しんで研究をした。
俺の熱は他の友達にも伝染して俺の周りにはいつもドラテをする奴らが集まって、互いに研鑽を積んでた。
あれは最高に楽しかった。
自然にこのと遊ぶ時間は減った。何度かこのにもドラテを勧めたが、あまりいい反応は示さなかった。
それを少し残念に思ったことを覚えている。
夏休みに入った直後、全国大会が開かれた。
そこで俺は優勝して、ドラテ初代チャンピオンになる。
あの夏休み、俺のドラテ熱は最高潮に達していた。
大会後、直ぐに新しい追加カードが発表されて、短い夏休みの残り時間はその研究に費やされた。
そんな中、夏休み最終日、俺たちの集まりにこのが参加したんだ。
ドラテをはじめたと言って。
次の大会まであと二ヶ月を切ってた。
夏休みが終われば学校が始まる、そうなると研究する時間は大幅に減る。
新カードが加わって増えたカードプールの可能性を俺はまだ知り尽くしたと思っていなかった。
一分一秒、一試合が惜しかった。
だから、あの日一緒にしようって俺に歩み寄ってくれたこのを俺はぞんざいにあしらったんだ。
「他のやつとやっててくれって」
このが家の都合で新学期から転校したって知ったのはその後だった。
このが最後に俺と遊ぶためにわざわざドラテを始めたって知ったのは。
俺はそんな想いを自分の都合で無下にした。
その時、俺の中にあった熱が一気に冷めるのを感じたよ。
気付いたんだ、俺はゲームをすることを楽しんでなかったと。
間違っていると気付いたんだ。誰かを傷付けてまでやるゲームになんか意味がないってことに。
だから俺はガチ勢を辞めたんだ。
「なるほど」
俺の長い独白を聞いた乃愛は頷く。
足は廊下の中程で止まっていた。
「しかし、当の彼女はまるで気にしていない様子だったな」
何故か、乃愛は笑う。
「つまり、君の独り相撲だったと言うわけだ」
「笑うなよ」
「悪い、しかし案外そういうものだろう。君がドラテを引退する程思い悩んだ出来事が、彼女にとってはドラテをはじめた些細なきっかけだったわけだ」
実際、その通りだ。
「それで、どうするんだ、冬春ねみい」
「どうもしない。このにとってあの記憶が忘れそうなくらい些細なものでも、俺の中であれは消すことのできない後悔の記憶だ」
そう、あの後悔は本物で、俺がガチ勢としてのプレイスタイルを辞めた決意も本物だった。
少なくとも今の俺の方が、あの頃よりも純粋にゲームを楽しめている筈だ。
「君も頑固なプレイヤーだな。きっとこれは貴重な改心イベントだったぞ」
乃愛は俺の背中を叩き来た道を戻る。
どうやら、俺に保健室は不要と判断したらしい。
まぁ、その判断は正しかった。
「俺は敵キャラかよ」
三年間誰にも話さなかった事をこうして話すことで少しだけ俺の中でも整理ができたようだ。
なにより、少しだけ安堵してもいた。
あの日の出来事がこのにとって悲しい思いでになっていなかった事に。
「少なくとも幼馴染みのお願いを断る事になるだろうからな、極悪人だな」
「そう言われると弱いな。ってか、兼部はいいのか」
「プレイスタイルは多い方が面白いだろう?」
いかにも乃愛らしい回答だ。
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