3-5 攻略不可キャラとの会話

「ところで君、どっち狙いなの?」

 場所は生徒会室。

 くだらない質問をしているのは椎名副会長だ。

「なんの話ですか?」

「もしかして、君は鈍感系主人公を演じたいタイプ?」

「鈍感系もなにも、俺はその系統だと主人公にならないタイプなんで、ラブコメかギャルゲーか知りませんけど」

「リアルワールドゲーム部ならギャルゲーの方じゃない?」

「だとしたら即決で友情エンドです」

「健全な男子高校生としてはあるまじき発言だね」


 なぜ俺がこんなくだらない話を生徒会室で椎名副会長としているかと言えば、あのクエストが原因だった。

 依頼を受けた俺たちは、早速紛失したサッカー部の新入部員名簿の捜索に出ようとした。

 目星があるわけではないので、昨日俺たちが通ったルートを再び捜索するのが無難、という話にまとまりかけた所で椎名副会長が待ったをかけたのだ。

「とは言え、一番ある可能性が高いのはここじゃない?」

 東雲先輩がちゃんと俺たちに渡して、俺たちがちゃんと回収し、椎名副会長がちゃんと確認したことが事実であるなら、当然そうなる。

 その可能性はきっとあの場にいた誰もが考えていたことだった。

「ここに関しては私と弥夜が調べます」

 生徒会長が言う。

 順当な選択だと思ったが、それに椎名副会長が噛みついた。

「それはアンフェアだよ、美紀。事実がそうでなくても、生徒会はリアルワールドゲーム部が成立することを快く思わない組織って役割で、今回彼らを呼び出して、彼らの活動に非があるって話をしたんだから、一番名簿がある可能性が高い場所を探させないのはさ、名簿を私たちが隠して彼らを陥れようとしているって疑われても仕方ないよ」

 その発言を受けて、生徒会室の探索は俺たちから一人、監視役を椎名副会長が請け負うという形で渋々生徒会長が了承した。

 公正を期して行われたジャンケンで勝ってしまった結果、俺がその役割を引き受けることになったわけだ。


「そもそも、現実に友情エンドなんてものが存在すると思う?」

 几帳面に整理された書類の中から新入部員名簿を探すが、その間も椎名副会長はくだらない話を止めようとはしない。

「先輩は存在しないと思ってるんですか?」

「いや、存在はすると思うよ。諦観を持っていると思い込んでいる男と鈍感を気取れる女の間にだけね」

 なんとも嫌な友情だ。

「こう見えても私は男友達は多いんだよ」

 さらっとそんな言葉まで付け足したりする。

 敵に回すと生徒会長よりも厄介な人だろう。

「そうですか」

 適当に流して名簿を探した方が良さそうだ。

 今探しているのは生徒会長の机。

 様々な書類がその量に反して非常にわかりやすく整理されている。

 業務に使う文具も丁寧に使われていることが一目でわかる状態で配置されていて、それらが生徒会長の人となりを現していた。

 引き出しの中にも予備の文具がちゃんと用意されている。

 よく見る黒のボールペンはカートン単位で、マジックも黒と赤が単体で数本と色のセットが二つ、ノリも数本ストックされ、そんなに使うのかと思うほどにしっかりとしていた。

 そんな文具の中で、少し高級そうな箱に入ったままのペンが机の上に並べられていた。

 箱は二つ、それぞれ落ち着いた赤と青のペンで本体にはロゴが入っている。

 恐らく生徒会長の私物なのだろうが、どうやら実用としてではなく、装飾として置いているらしい。

 生徒会長のキャラとしては、なんか意外だと思った。

「それで、君はどっちの女子を攻略しようとしてるの?」

 俺が割と真面目に名簿を探していることなどまるで関係なく、閑話休題と椎名副会長は口を開く。

 少なくとも今日の本題はそれじゃなかったはずだ。

「どっちでもありません」

「どっちもモテそうなのに、君はクールなんだね」

 適当に相槌を打って探索を続ける。

 どうやら机にはないようだ。

 そうなると、壁際に置かれた本棚が怪しい。

 本棚にも無数のファイルが丁寧なラベリングで並べられている。

 年度別の活動記録から始まり、収支報告書などの細々としたもの、更に活動日誌まであった。

 何気なくずらりと並んだ活動日誌のNo.1と書かれた一冊を手に取る。

 それなりの分厚さがあるファイル、その中身は実に濃いものだった。

 10/1(火),2(水),3(木),4(金),7(月),8(火),9(水),10(木),11(金),15(火)と丁寧にタグが付けられている。

 日誌の初日、10/1を軽くめくるが、一日分の筈なのに十頁ほどの文量だ。

 全学年、全クラスの出席状況からはじまり、時間割、授業の進行度、各委員会の活動内容、各部活の活動内容、生徒会の活動内容、その他発生したトラブルなどが事細かにまとめられ、それらの情報への所感が事細かに書かれている。

 その日、学校でなにがあったのかがそれだけでわかるような代物だった。

「それヤバいでしょ」

 いつの間にか隣に立っていた椎名副会長が覗き込んでくる。

「元々生徒会活動日誌はあったんだけど、そこまで細かく書き始めたのは美紀が生徒会長になってからだよ」

 日誌は十日で一冊となっていて、ナンバリングは十二まであった。

「去年の十月からでこれだから、次の生徒会長になる頃には何冊になってるんだろうね」

 俺が思っていた以上に生徒会長もなかなか凄い性格だったらしい。

「あまり見ないで下さい、個人情報などが多分に含まれますので」

 長机の方で作業をしていた生徒会長が目をやった。

 これまで一切口を開かず黙々と仕事をしていたので存在を忘れそうだったが、この部屋には生徒会長も当然いる。

 すみませんと言って日誌を元の棚へと戻す。

 まぁ、ここに名簿が紛れることはないだろう。

「そう言えば、夏秋未寧さん。どこかで見たと思ってたけど、小学校の頃木乃羽と同級生だったんですね」

 不意に生徒会長はそんな事を言う。

「昨日、木乃羽が嬉しそうに話してましたよ。久し振りにみーねに会えたと。私の方はすっかり忘れてたんですが、何度か会ったことがありましたね」

「えっと、もしかして……」

 生徒会長が話す内容から示される可能性は一つで、彼女の名字もその可能性を示していた。

のお姉さんですか」

 口にした瞬間、ノイズのような遠い記憶に薄らと彼女がいたような気がした。

 このを迎えに来る眼鏡を掛けた少女の姿。

「私も木乃羽に言われるまですっかり忘れていたので、無理もありません」

 まぁ思い出したからと言って、その頃特別に親しかったわけでもないからこれ以上話は進まない。

 本来なら。

「へぇ、美紀の妹と知り合いなんだ。面白い話だね、詳しく聞かせてよ」

 つまり乃愛と同じタイプの厄介がこの場に居なければの話だ。

「別に小学校の頃クラスメイトだったって話ですよ」

「その割には親しそうな呼び方してたじゃない」

「小学校の頃のあだ名なんてそんなもんです」

「ふーん、残念、てっきり本命の登場かと思ったんだけど、しばらく振りに再会した幼馴染みとか割とトゥルーエンド系のヒロインじゃない?」

 なんでもそういうのに繋げようとするのは流石にめんどくさい。

「先輩、意外にギャルゲーに詳しいですね、やったりするんですか」

 ささやかな意趣返しのつもりで言ったが、椎名副会長はまるで意に介さないように笑う。

「兄が好きでさ、隣でよく見てたんだよね。誰を攻略するのとか訊きながら」

「それ、お兄さんめっちゃ気まずくないですか?」

「そりゃ気まずかっただろうね、とは言えストーリーが面白いから隣で見ている分にも楽しめたよ」

 厄介な先輩程度の距離感で済んでよかったと思うべきなのかもしれない。

「そういう君も詳しいじゃないか、やるのかいギャルゲー?」

 意趣返しどころか、カウンターブローが飛んできた。

「実況を見る程度ですよ」

「十八禁のはまだやっちゃダメだからねぇ」

「やってませんから」

 椎名副会長はにやにやと笑う。

「別に恥ずかしがる事でもないって、そんな事言ったら美紀なんてさ」

「弥夜」

 会話からフェードアウトしていた生徒会長が厳しい視線を椎名副会長へと向ける。

 椎名副会長はいつものように笑って「怒られちゃった」と悪びれる様子もなく、話題を変えた。

「しかし、変わり者の同級生も、超美人の友達も、再会した幼馴染みも攻略するつもりがないって、君の狙いは誰なのかな?」

 いや、話題はそんなに変わってなかった。

「誰でもありませんよ、なんでもそういうのに結びつけて考えないで下さい」

「いや悪い、リアルワールドゲーム部なんて酔狂な事をする人間ならメインヒロインの一人でも置いてるのかと思ったんだけどさ」

 全然悪いと思っていない表情で笑う。

「あっ、ちなみに私は攻略不可キャラだからね」

「こっちから願い下げです」

「ちょっとからかいすぎたかな、ごめんね」

 こんなに心がこもっていない謝罪も珍しい。

「別にいいですよ、先輩がどんな人かはなんとなくわかりました」

 真面目に取り合うと疲れるタイプの人間だ。

「まぁ、そう気を落とすな実は私は二週目限定キャラなんだ」

 絶対に何週しても攻略してやるものか。

「ちなみにストーリーはシリアス系だよ、常に明るい彼女が抱えた大きな秘密に迫るミステリー調、知られざる生徒会の真の姿とは……ちょっと興味でた?」

 さて、そろそろ真剣に名簿を探そう。

「ねぇ、無視しないでよ」

 無心で探索する俺の後ろでなんか声が聞こえた気がした。

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