3-6 ノーマルエンド

 生徒会室の扉が開いたのは、全ての棚を調べ終えて、椎名副会長のくだらない話に捕まっていた時だった。

「遅くなりました」

 そう言って頭を下げたのはサッカー部の練習着を着た東雲先輩。

 呼吸が少し乱れている彼の手には一枚の紙が握られている。

「今日、東雲は生徒会の仕事入ってなかったよね」

 俺をからかうのを中断して、椎名副会長が顔を向けた。

 その返事とばかりに東雲先輩は手に持った紙を前に掲げる。

「見付かりました、新入部員名簿」

「あれ? あったんだ」

 何故か椎名副会長は、彼女にしては珍しく素で驚いた顔をして、生徒会長の方を見た。

 視線を受けた生徒会長は立ち上がり、東雲先輩の方へと向かう。

 その表情が僅かに曇った気がした。

「ってか、東雲も探してくれてたんだ」

「椎名先輩に話を聞いてから部活を抜けて探してました」

 東雲先輩が生徒会長に名簿を渡す。

「そりゃご苦労だったね。んで、どこにあったの?」

 生徒会長がそれを確認する間、椎名副会長がごく自然な疑問を口にする。

 それに対して、いささかオーバーに東雲先輩は反応した。

「すみませんでした」

 そう深く頭を三秒きっちり下げて、上げる。

「俺の手違いで、昨日違う書類を渡してしまったみたいです。だから、舞草先輩が名簿を探した時に見付からなかったんだと思います」

「へぇ」

 椎名副会長はただそれだけを言って、東雲先輩を凝視する。

 責めるというよりも、面白がっているような表情で。

「俺のミスで先輩達に手間をかけさせてすみませんでした」

 再度頭を下げる東雲先輩。

「なんにせよ見付かって良かったです」

 名簿から目を上げた生徒会長が言う。

「そうだね、探してる子たちにも教えてあげないとクエスト終了だって」


 校内放送で乃愛の雪子が呼び出され、程なく生徒会室に全員が集合した。

「その言が正しいとすれば、私と椎名先輩が二人揃って別の資料を新入部員名簿と誤認したということになるが」

 経緯を聞いた乃愛が口を開く。

 名簿が見付かって、めでたしめでたしでは終わらないらしい。

「まぁダブルチェックってあんまり意味ないらしいから、そういうこともあるんじゃない」

 当事者の筈の椎名副会長はどこか他人事のように笑う。

「その名簿を見せてもらっていいか?」

「構いませんよ」

 生徒会長から名簿を受け取った乃愛の横から俺ものぞき見る。

 特段不審な点のない、昨日受け取ったものと同じに見える新入部員名簿だった。

「何はともあれ見付かったんだから良かったんじゃない、結果としてこっちの非の方が大きい訳だし君たちの評判も傷付かない」

 椎名副会長が乃愛の肩を軽く叩いた。

「ノーマルエンドって事でさ」

「そうだな」

 頷いた乃愛が名簿を椎名副会長に渡す。

「今回は我々がクエストを達成したわけではないので報酬は結構だ」

 そう言って踵を返し、生徒会室から出る。

 その目がどこか楽しそうだったのが気がかりだ。


下足室へと向かう途中、乃愛が切り出す。

「本日の活動を終える前に、一度情報を整理しておこう」

 新入部員名簿探索に結構な時間を使い、他の部活も終わり始める時間。

 てっきり俺たちもこのまま解散かと思ったが、そうではないらしい。

「情報ってなんの?」

「無論、今回のクエストだ」

「もう終わったよ?」

 雪子が首を傾げる。

「ノーマルエンドは、な」

 含みを持たせる言い方だが、雪子はピンと来ない様子で困った顔をした。

「トゥルーエンドがあるって言いたいんだろ」

 ノーマルエンドなんて言葉、ゲームの攻略なら使うだろうが、現実で使うことは滅多にない。

 ゲームに疎い雪子が椎名副会長のメッセージに気付かないのも無理はない話だ。

「彼女がどちら側なのかは知らないが、何かに気付いた事は確かだな」

「まぁ、そうじゃないと態々あんな言葉は使わないよな」

「あの……説明して?」

 珍しく雪子が会話を遮るように入ってくる。

「あんまりゲーム詳しくないから」

「うむ、そうだったな悪かった」

 素直に乃愛は謝り説明を始める。

「ノーマルエンド、トゥルーエンドと言うのは一般にシュミレーションゲームなどのマルチエンディング、つまり複数のエンディングが存在するゲームで用いられる言葉だな。ノーマルエンドはその名の通り普通のエンディングで、多くの場合普通にプレイしてたどり着けるエンディングとなる。対してトゥルーエンドではノーマルエンド時には回収しなかった伏線や謎などを解決することによってたどり着くことが出来る真のエンディングと言うわけだ」

 どうやら俺が椎名副会長のくだらない話に付き合わされていた間、乃愛と雪子の間では建設的な話があったらしい。

「今回の場合、あの場で椎名先輩が態とノーマルエンドという言葉を使った事から、我々が気付いていないトゥルーエンドが存在すると推察したわけだ」

 乃愛なりにかなり噛み砕いているのがわかる。

 それでもだいぶ早口だったが。

「なにか隠してる事があるってこと?」

「生徒会がなのか、生徒会長なのか、東雲先輩なのかはわからないけどな」

「そもそも、今回のクエストは腑に落ちない点がある」

「昨日、ちゃんと名簿貰ったよね」

「そう、そこだ。ダブルチェックと言っていたが、私が受け取った事は雪子もねみいも確認している。この時点でトリプルチェックだぞ」

 チェックの多さが重要とは一概には言えないが、昨日名簿を受け取ったのは確かに見た。

「ねみいの方は生徒会室を探してなにか気付いた事はあったか?」

「気付いた事って言うか、生徒会長はかなり几帳面な性格だとは思ったな。日誌とか狂気を感じるレベルだったし、例えば名簿の中に別の書類が入ってたら直ぐに気付くだろうとは思う」

「生徒会長が嘘をついてる?」

「その可能性が高いな」

「だけど理由がないだろ?」

「そこも腑に落ちない点だな。名簿をなくしたという嘘をつくなら見付かっては意味がない」

「そもそも、名簿をなくしたって嘘をつく意味もわかんないしな」

「むう、攻略するには情報が少なすぎるか」

 乃愛が唸りスマホを取り出した。

「雪子そろそろバスの時間じゃないか?」

 言われた雪子もスマホを見て時間を確認する。

「うん」

「それじゃ、今日はここまでにしよう」

 ノーマルエンドの俺たちはとぼとぼと下足室へと向かった。

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