3-EX
二人の少女が人気のない校内を歩いている。
一人は眉毛が少し太い以外は整った顔をした少女で、なにかを探すようにきょろきょろと辺りを見回している。
もう一人は、まるでアニメの中から飛び出してきたかのような、金髪碧眼の美少女。彼女は一人目の少女を追うように歩いていた。
二人の間に会話はなく、足音だけが遠くから聞こえる楽器の音に消されている。
「ふむ、やはり見付からないな」
廊下の終点で一人目の少女が、独り言にしてはやや大きな声で呟いた。
「うん」
同意するように二人目の少女が頷く。
「次は中庭を探すとするか」
一人目の少女の言葉に、二人目の少女はやはり頷いた。
上履きから外履きへと履き替えた二人は、数名の吹奏楽部員が音出しをしている中庭を歩く。
空は晴れてはいるが、二つの校舎に挟まれた中庭に傾いた陽は届かず、暖かさを失った風が肌寒さを連れている。
二人の間にやはり会話はなく、足音は芝生に吸われ、彼女たちを示す音は響かない。
「まぁ、そもそも、落ちているとは考えていないのだがな」
中庭の終点まで歩いた所で、一人目の少女は呟いた。
グラウンド側から差す西日に、眩しそうに手庇を作る。
「え?」
サッカー部の声と吹奏楽部の音にかき消されそうな疑問符は、しかし、一人目の少女にしっかりと届いた。
「昨日我々はどう考えても四枚の新入部員名簿を届けたし、それを副会長も確認した。そもそも、落としたと仮定するなら、昨日から丸一日経っている。誰かが拾っているだろう」
「あっ、そうだよね」
「だから、これは探索と言うよりは、アリバイ作りと言った方がいい」
あまりに素直な少女の言葉に、二人目の少女は口角を緩めた。
「それよりも、我々にとって有意義な時間にしないか?」
ゆっくりと一人目の少女はグラウンドへと歩き出す。
「雪子、この部活を楽しめているか?」
その後に続いた二人目の少女は、不意の質問に驚いた顔をした。
「端的に言うと、活動中、君の発言数が少ない事を私は気にしている」
「えっと、ごめん」
「別に責めている訳ではない。ただ、私としては、雪子がこの部活を楽しめていないのではないかと気掛かりなんだ。そもそも、君はあまりゲームをしない人間だ。だからリアルワールドゲーム部という奇特な部活に適応できるのか、誘っておいて、こう言うのもなんだが、心配なんだ」
運動部たちの声が二人の間に流れる時を埋める。
「……私は、楽しいよ」
一人目の少女の独白に、二人目の少女は驚いた顔をして、たっぷりと間を置いてから答えた。
「どうして、私を誘ったの?」
彼女に対する人間は時としてその端整すぎる造形から、表情の内容を読み取るよりも美的感想が先立つ事があるが、この時の彼女は誰の目にも明らかに寂しそうな顔をしていた。
「雪子があの時、あの場所に居たから。そして、面白そうだと思ったからだ」
少女は、その表情に臆すること無く口を開く。
「それじゃ、あそこに居たのが私じゃなくても誘ってた?」
「それは難しい質問だな。記憶が定かでは無いが、あの時、あの場所には雪子以外にも数人居たはずだ。だが、私とねみいが声を掛けてみたいと思ったのは雪子だけだった。と言えば答えになるだろうか」
少女の答えに、二人目の少女は表情を少し和らげる。
「逆に訊きたいのだが、なぜ雪子は私の誘いに乗ったんだ?」
「えっと」
一瞬の内に、少女の頭の中には様々な答えが巡った。
高校に入って声を掛けてくれた人たちだったから、どの部活に入ろうか悩んでいたから、友達ができるかもしれないと思ったから、こんな自分でも変われるかもしれないと思ったから。
そのどれもが本心で、あの時頭の中を巡ったことだった。
しかし、少女はそのどれも口にしなかった。
「なんとなく、かな」
誤魔化すようにはにかむ。
その仕草が仮に異性に向けられていたのなら、熱しやすい思春期の青年など、それだけで落とせてしまうようなものだが、全くもって無自覚に少女はそれをする。
そんな表情を向けられた一人目の少女は軽く笑った。
「君は私が思っていた以上に曲者だったらしい」
二人は互いに軽く笑う。
「乃愛ちゃんとねみい君は長い付き合いなの?」
「いや、雪子に声を掛けた日に初めて話したな。まぁ、ねみいについては前々から目を付けてはいたんだがな。ドラテの初代チャンピオンだと気付いた時から」
「どらて?」
「ドラズテイルの略だ。聞いたことないか?」
少女は首肯する。
「数年前にサービス開始したDCGだよ。って、当然DCGもわからないな」
「うん」
「すまない、私もねみいもゲームについての知識が常識になり過ぎているらしい」
「うん。二人の話、だいたいわからない」
素直に頷く少女に、一人目の少女は思わず笑った。
「それは、発言数が少なくなるわけだな。わからない単語があった時は、会話を止めてもいいから遠慮せずに聞いてくれ、会話が止まるよりも雪子が会話にいない事の方が部としては不利益だ」
「うん」
しっかりと少女は頷いた。
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