4-0 まるで明け方のごとく

 4/22 木曜日


「今日から俺のことは師匠と呼べ」

 懐かしい夢を見ている。

「はい、師匠」

 まだ小学生の俺は嬉々としてそう言う。

 俺がカードゲームをすると言った時の出来事だ。

  

 歴戦のカードゲーマーだった師匠は俺に色々なことを教えてくれた。

 デッキ構築の仕方、積むカードとピンで差すカードの違いや目的、プレイング順序や、対戦におけるマナーなど、本当に色々な事を。

 師匠に教えて貰ったおかげで、俺は常にクラスの中で一番のプレイヤーだった。

 毎日のように師匠と対戦をしたし、毎日のようにコテンパンに負けた。

 カードゲームだけじゃなく、師匠とは色々なテレビゲームを一緒にやった。

 俺のゲーム好きは間違いなく師匠に影響されたものだろう。

 

 夢はドラゴンズテイルがリリースされる頃まで時間を一気に駆け抜ける。

 印象的だったシーンのみをピックアップした総集編のような夢だ。

 デジタルカードゲームというスタイルのカードゲームの登場は、俺にとっても師匠にとっても新鮮だった。

「未寧、このゲームは今までのカードゲームと同じようで違うぞ、油断するな」

「はい、師匠」

 そう返事したものの、当時の俺はそこまでその違いに自覚的ではなかった。

 ただ、新しいゲームに夢中になっていた。

「いいか未寧、このゲームでは誰もが最善の手を打つ可能性があると考えるんだ」

「はい、師匠」

 TCGと違って全てのカードの入手が容易である事や、対戦を組む難易度が低く馴らしがしやすい事など、DCGは研究の速度が全然違った。

 だからと言って、これまでの経験が全く使えないわけでもなかった。

仲間内での対戦では連戦連勝、ランクマッチでもほぼ負けなしでマスタークラスにまで進めた。

 自分にはカードゲームの才能があると信じて疑わなかったし、ゲームをすることはそれに関わるどんな些末に至るまで楽しかった。

 

「それでは、最終奥義を教えよう」

 ある日、師匠はそう言った。

「TCGではまだまだだが、DCGでの実力は俺に並ぶ程になったな」

 所謂免許皆伝、俺がマスタークラスになった日の事だ。

「これはカードゲームだけでなく、全てに使える奥義だ」

 奥義なんて聞いて心躍らない小学生男児は存在しない。

「だが、使い方を間違えば自らを危険に晒すこともある。使いどころをしっかりと見極めるんだ」

「はい、師匠」

「では、授けよう」

 俺の師匠はかなりノリのいい人間だった。

 これ以前にもカードゲームやテレビゲームの要点を教えるとき、態々秘伝書なるものを用意したりしていた。

 秘伝書なんて言っても、ワード辺りでそれっぽいフォントを使って作った簡単なプリントだったんだが、それでもワクワクしたものだ。

 しかし、この日の秘伝書はそれよりもっとワクワクした。

 師匠が背後から取り出したのは巻物だった。

 どこで見付けてきたんだか、アニメで見るようなしっかりした巻物。

「ありがとうございます」

 それを受け取る手が震えていた事を覚えている。

 そうして受け取った最終奥義の巻物、それをゆっくりと開いていく。


 そこで、目覚ましの音が響いた。

 目を覚ますといつもの自分の部屋。

 なぜこんな夢を見たのかと、少し考えて、直ぐに答えに辿り着く。

 に会ったからだろう。

 俺の中で大きな後悔として残っていた三年前の出来事、望む形ではなかったが、一応それに決着を付けた。

 その延長として見た夢なのだろう。

 ベッドから身体を起こすと、壁に貼っている巻物が目に入った。

 夢の中のものと比べると、かなり日焼けしている。


『なんとなくを疑え』


 師匠の直筆だろう、割と達筆で書かれたその文字は、師匠から最終奥義を伝授された時から俺の部屋の壁にある。

 少しの間、ぼうっとそれを眺める。

 この言葉を壁に飾った時の俺は、今の俺を想像もしていなかっただろうな。

 それは寂しさと後悔と少しの喜びを混ぜたような感情だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る