4-8 奥義(詠唱破棄)
「やぁ、待たせたね」
油断ならない笑顔を常のように浮かべて、椎名副会長は放送室前に現れた。
内心でやっと会えたと思ってしまっている自分が悔しい。
できるだけ会いたくない側の人だったはずだ。
「椎名先輩、我々は確実にトゥルーエンドへと近付きつつある。あなたの持っている情報を教えて貰おう」
「へぇ、なんか面白いことになってるんだね」
椎名副会長は俺たちをじっと見た。
「それで、情報だっけ?」
その目は人読みをするときのそれに似ている。
「昼も言ったと思うけど、実はなにも知らないんだよね、むしろ私が聞きたいくらいだよ。君たちがどんな情報を手に入れたのかをさ」
「いや、そんな筈はない。それなら、なぜあの時、あなたはノーマルエンドという言葉を使うことができたのか」
「なんとなく、そんな気がしただけだけど」
本当に軽く、椎名副会長は言ってみせる。
信頼できないGMここに極まれりだ。
「なんとなく、だと!?」
乃愛はダブルダレが宙に浮いて見えるようなリアクションをした。
そういう演出のゲームはそう言えば最近やっていないとふと、思う。
「なんか混乱させちゃったみたいで、ごめんね」
「あなたは、なくなった名簿の行方を知っている筈だ」
「知らないけど?」
「なん、だと?」
へらへらと笑う椎名副会長は、それでも嘘を吐いているようには見えない。
乃愛は当てが外れた驚きからか、珍しく二の句が継げない様子だ。
話が終わる気配がした。
僅かな逡巡をする。
今朝の夢を思い出していた。
主人公だった頃、幾度も俺を救ってくれた最終奥義。
それは、主人公を辞めたとき意図せず封印したものだった。
「なんとなくを疑え」
意識しなければ使えない奥義は、ともすれば、日常生活が不便になるだけのものだろう。
俺たちの日常はかなりの部分が「なんとなく」で構成されてる。
そんなもの、いちいち疑って掛かっていたらキリがない。
そんなもの、いちいち疑って掛かる人間と付き合いたいとは思わない。
モブとして生きるなら、奥義なんて使わない方が賢明だ。
だが、残念ながら、このリアルワールドゲーム部では主人公的プレイングが求められるらしい。
よりによって、それを使う相手が椎名副会長ってのがかなり憂鬱なだけだ。
内心で大きな溜息を吐いて、俺は口を開いた。
「先輩、俺はなんとなくって信じてないんですよ」
「信念の話かな?」
「プレイングの話ですよ。なんとなくって感覚にはそう思えるだけの裏付けが存在するものなんです。それを自覚できていなかったとしても」
「面白い切り口だね、実にリアルワールドゲーム部っぽくていい」
「先輩はあの時、あの解決がトゥルーエンドだとは思わなかった。その考えに至る情報を絶対に持っている筈なんですよ。東雲先輩が持ってきた名簿が偽物だと直感的に感じるような情報を」
「うーん、そう言われてもねぇ……本当になんとなくだし」
「東雲先輩は、生徒会長を庇う為に、やったって」
たどたどしく、雪子が言う。
「わっ、君の声はじめて聞いた気がするよ」
椎名副会長は雪子に顔を近付け、観察するように凝視する。
その視線に耐えかねたように雪子は視線を逸らした。
「いいなぁ、君めっちゃ可愛いよね。今度お茶しない?」
いつの時代のナンパだ。
「そしたら、部活認定の件、美紀に口利きしてもいいんだけどなぁ」
いや、ナンパじゃなくてパワハラだった。
より最悪だ。
「先輩、真面目にしてください」
らしくなく真剣に話したのに、この厄介者にかかると一瞬で空気が弛緩する。
「ごめんごめん、あっ、でも、美紀ってのはいいキーワードだよ」
思い出したように、椎名副会長は手を打つ。
「だってさ、美紀が名簿無くすわけないでしょ。それを東雲が持ってきたもんだから驚いたんだよね」
当然と椎名副会長は言う。
「やけに舞草生徒会長は信頼が厚いんだな」
「ん、そりゃね。一年の頃から見てるけどさ、しっかり者って意味じゃ美紀を超える人間は存在しないとすら思ってるよ。まぁだからって堅苦しい子でもないから、そこがいいんだけどね」
どこか嬉し気に椎名副会長は語る。
「ふむ、椎名副会長は名簿をそもそも紛失したのではないと考えているのだな」
乃愛は顎に手をやり、考える姿勢を取った。
待て、生徒会長が名簿をなくしたのではないと仮定すると、そもそもの話が成り立たなくないか?
「先輩の話だと、生徒会長が嘘を吐いたって話になりませんか?」
「うん。そう言ったよ。たぶん美紀が嘘を吐いたんだろうなぁって」
一言も言ってないんだが。
「生徒会長が名簿をなくした可能性と、名簿をなくしたと嘘を吐いた可能性なら後者の方が高いと先輩は考えてるんですね」
恐らく東雲先輩は、生徒会長なら前者の方が可能性が高いと考えたのだろう。
いかに完璧な生徒会長といえど、人間なのだからそれくらいのミスはする筈だと。
いや、東雲先輩だけではなく、俺たちだってどこかでそれを前提として動いていた。
実際に、東雲先輩はそう考えたから、ミスを庇うような嘘を吐いた。
しかし、椎名副会長は軽く頷く。
「美紀だからね」
「それは、どういう意味ですか?」
「だから、美紀はしっかり者だけど、堅苦しい子じゃないって話。でも、君たちにはこれ以上は教えられないなぁ、既にヒントはあげてるし、あとは自分たちで頑張ってね」
「どういう事だ?」
「ふふふ、謎説きもゲームの醍醐味の一つじゃないのかね。最近の甘やかされたプレイヤーは、なんでも直ぐに聞こうとしていけないなぁ。聞けば教えて貰えるような甘いゲームではないのだよ」
途端に、椎名副会長は芝居がかった台詞を吐く。
「言ってくれるな、我々とて幾つもの世界を救ってきた猛者だ。その程度の謎など簡単に解いてみせよう」
テンションを一瞬で理解した乃愛が乗っかる。
楽しそうな二人を尻目に、俺は椎名副会長が言った言葉を考えていた。
あの口ぶりからして、彼女は知らないと言いつつ、今回の事件の真相を知っている。もしくは、予想している。
それには、俺たちが知らない情報が関わっていて、それは生徒会長に関係するものだ。
乃愛なら直接聞くとか言い出しそうだが、椎名副会長が教えてくれない情報をあの生徒会長が教える筈もないだろう。
というか、それは自分の嘘を認める事にも繋がる。
決定的な証拠を見付けなければ、あの生徒会長が首を縦に振ることはないだろう。
「放送室の前で騒がないで貰えるかしら?」
悪役とヒーローごっこを続ける乃愛と椎名副会長を、放送室のドアを開けたアニメ声が注意する。
「琉依も混ざるか?」
「混ざらないわ。弥夜あなた、頭だけじゃなくて耳までおかしくなっちゃったのね」
なんとも楽しそうな三人の声の後ろで下校時間を知らせる予鈴が鳴っていた。
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