4-7 即興セッション、アニメ声を添えて
「ちょっと待って」
その声に耳を疑う。
あまりに聞き慣れた、そして聞き慣れない声質。
「あなたたちが、リアルワールドゲーム部なのね」
振り返ると、一人の女子生徒が口を開いていた。
身長は低く、他の生徒と比べると少しだけ太ましい、ずんぐりむっくり、そんな言葉が頭を過る。
「弥夜から話は聞いているわ」
そしてその声は、見事なまでのアニメ声だった。
「如何にも、我々がリアルワールドゲーム部だが」
対して乃愛はいつも通りに胸を張る。
「それならクエストを依頼したいわ。その報酬で放送をしてあげるから」
「クエストは有り難いが、そちらは放送部だろう。部としての仕事を報酬とするのはどうかと思うが」
「でも、あなたたちまだ部として認められていないわよね?」
「あっ、そうなんですか?」
ドアに手を掛けたままだった女子生徒がその手を下ろす。
「ぐっ、確かに我々はまだ暫時的な許可しか得ていないが」
その許可も殆ど強奪に近い形で奪い取ったもので、賞味期限も間近だ。
「それだと校内放送はダメかもですね」
「だから、クエストの報酬として『特別』に放送してあげてもいいって言っているのよ」
特別という言葉を殊更強調して彼女は言う。
声だけではなく話し方までアニメ的なそれで、その声がずんぐりむっくりから出ているギャップで違和感が凄い。
「いいだろう。我々リアルワールドゲーム部がクエストを受けようじゃないか」
まぁ、それに対する我らが乃愛の言動も大概、一般的なそれからは浮いてるので、全体として調和は取れているのかもしれない。
なんとも特徴的な二人が出会ってしまったものだと、他人事のように思う。
「それで、クエストとはなんだ?」
「倒して欲しい奴がいるの」
突飛由もない言葉が彼女の口から出る。
乃愛が「討伐クエストか」と目を輝かせるが、現実世界でそんなことをしたら、大変なことになる。
きっとアニメならここでAパート終了だろうな、と彼女の声からなんとなく連想した。
「そういう過激なのは扱ってないんだが」
「勘違いしないで、これの話よ」
彼女はテーブルに置かれた紙を一枚寄越す。
その紙にどことなく見覚えがあった。
アルファベット三文字が並び、その横に数字が割り振ってある。
ちょうど、今朝見たものに形式が似ていた。
「もしかして、TRPGか?」
「正解よ。流石、ゲームを部活名に持つだけはあるわね」
なんで放送部でTRPGを?
「なぜ、放送部でTRPGをしているんだ?」
俺が思ったのと同時に乃愛が言う。
「オリエンテーションの一環と言った所かしらね。人前で話す機会の多い部活だから、発言する事に慣れる為とか、キャラクターロールを通じて感情を表現する練習をするとか、ゲーム内の立場で話すことでより一層仲良くなる為とかね」
そのためにTRPGというのは、なかなか、というか、かなりニッチだ。
「要するに私が好きだからやっているの」
そう笑う彼女に椎名副会長や乃愛に似たなにかを感じた。
「ふむ、いいじゃないか。なんなら我々も取り入れるか?」
うちの自由人が笑いながら振り返る。
「お前がしたいだけだろ」
「そうだが?」
悪びれる様子もない。
冷静に考えると、リアルワールドゲーム部も乃愛がしたいだけで結成された部だった。
どこまでも欲望に正直な奴だ。
「それで、倒して欲しいとはどういう事だ?」
「詳しく話すと長くなるのだけど、ボスが強すぎて全滅の危機なのよ。初セッションで全滅なんて嫌だから困っていたの。弥夜にシナリオ頼んだのが間違いだったわ」
椎名弥夜。
どこにでも名前が出てくる人だ。その割に、影が捕まえられな辺り、本当に二週目限定キャラっぽい。
攻略する予定は皆無だが。
「しかし、我々が今からそのセッションに参加するのは無理じゃないか? そもそも、TRPGの種類はなんだ? ルール把握からだと流石に時間が足りないぞ」
「そこは問題ないわ。SW2.0をもっと簡略化したやつだから、直ぐに理解できると思うわ。特に今回は戦闘だけだから」
そう言って渡されたルールブックはかなり薄い冊子だった。
有名TRPGでよく名前が挙がるのが、ソードワールドだ。
ファンタジー世界を舞台にしたもので、簡易ルールもあり、TRPG初心者でも始めやすい、らしい。
まぁ動画の受け売りだ。
渡されたルールブックを軽くめくると、確かにわかりやすい。
動画勢の俺でも直ぐに理解出来る程度だった。
「そうね、あなたたちには近くを偶然通りかかったベテラン冒険者として参加して貰おうかしら。キャラクターは、いくつかテンプレがあるからそこから選ぶといいわ」
雪子は乃愛に説明されながらキャラクターを選ぶ。
どうやら直ぐにルールは理解したらしい。
乃愛の説明が上手いのか、雪子の飲み込みが早いのかはわからないが、十分ほどの準備を経て、セッションは再開された。
「直ぐにお助けキャラが来てもつまらないから、三ターン経ったら合流にしましょう」
アニメ声の彼女改め、放送部部長で今回のセッションのGMである
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「ノアの攻撃を受けた古代機械巨兵RUIRUIは、巨体を軋ませ、異音が部屋に響くわ。少しの後、轟音と土煙を上げて、RUIRUIは倒れ、二度と動く事はないわ」
現実時間で約三十分にわたる死闘はそうして幕を閉じた。
「なんとか倒せたな」
新人冒険者、キリト、人間、男、冒険者レベル2、年齢十八歳、クラス剣士が言う。
前線で攻撃をし続けた彼は、RUIRUIの砲塔を一つ壊す大活躍をした。
本当に、なんとか倒せたレベルだった。
本体に加え、三つの砲塔分の行動を行うRUIRUIは少なくとも初セッション、初期レベルで相手するモンスターではなかった。
「みんなが偶然来なかったら、ボクたち死んでたよ」
新人冒険者、マオ、フェアリー、男、冒険者レベル2、年齢不詳、クラス魔術師が少年の声で言う。
終盤、MPが尽きて、クリティカルを祈って弓を撃っていたのは健気すぎた。
「本当に、助かりました」
パーティー内で唯一の女性、新人冒険者、マリア、エルフ、冒険者レベル2、年齢秘密、クラス武装神官が胸の前で手を合せる。
前線で盾と回復をしていた彼女は特にボロボロで戦いの激しさを表している。
「誰一人として欠けずに勝ててよかった。気をつけて帰りなさい」
ベテラン冒険者、ノア、男、冒険者レベル8、二十八歳、クラス魔法剣士、もとい我らが亜野乃愛がキャラの行動と共に額の汗を拭う。
部屋の熱気によって誰もがうっすらと汗をかいていた。
それほど白熱した戦いだった。
「道中も心配だ、私が入り口まで護衛しよう。と言って立ち上がろうとして、よろめきます。くっ、傷が」
残りHP一桁のベテラン冒険者、クラウド、男、冒険者レベル8、十八歳、重装剣士がセリフとロールを交互に行う。
「大丈夫ですか、クラウドさん。咄嗟にクラウドさんを支えます。なにか判定は必要ですか?」
マリア、もとい放送部一年、
彼女は中学では放送委員会で、期待の新人らしい。
ロールも上手くて、クラウドとは即興の前衛コンビではあったが、よく立ち回っていた。
「二人とも前衛職で距離関係も近いので、判定はいいわ」
「すまない、マリア」
そんな会話を交わしながら、ダンジョンの入り口で俺たちのパーティーと放送部パーティーは別れる。
ここからは彼女たちのセッションとなる。
一足先に片付けを終えた俺は、固まった身体をほぐす為に、席を立って伸びをした。
現実の世界に戻ってみれば、この狭い空間であれだけの死闘が繰り広げられた事が嘘のように思える。
机の上にはメモとして使った紙や筆記用具が散らばっていて、乃愛と雪子が自分の分を片付けている所だった。
メモにも個性が出る。
乃愛のメモは大胆に数字が踊り、文字の走りからその時の状況がわかるような感じがする。一際文字が走っているところは恐らく、クラウドの庇うが失敗して、ノアにRUIRUIの攻撃が飛んだ時のものだろう。回避も失敗し、あわや気絶かという状況だった。
対して、雪子のメモは丁寧に色分けまでされていて、欲しい情報が直ぐにわかるようになっていた。
まぁ、それぞれイメージ通りだ。
イメージと言えば使っている筆記用具も個性が出る。
散らばる筆記用具がそれぞれ誰のものかなんとなく予想しながら眺めていると、一本の見慣れない灰色のボールペンに目が留まった。
ボールペンの本体の色がだいたいペンの色を表してるという安易な発想で行けば、灰色のペンというのは珍しい。
なにかのブランドものなのか、銀色でロゴらしきものが書かれている。
そのボールペンはいくつかのペンと一緒に雪子の筆箱の中に収納される。
意外と言うより、なにかが引っかかったが、それがなにかわかる前に、二人の片付けは終了した。
「改めて、ありがとうございました」
キリトもとい放送部一年、
セッション中は男っぽい話し方をしていたので、普通に女子の話し方をされると少し新鮮に思えた。
「突然巻き込んじゃってごめんね」
マオもとい放送部二年、
流石二年と言うべきか、演じているときと声がまるで違う。
「楽しかった、です」
そして、クラウドもとい雪子がほんのりと上気した頬で、いつもより少しだけ大きな声で言った。
なにが意外って、雪子が驚くほどTRPGにノリノリだった事だ。
普段の彼女からは考えられないくらい積極的に発言し、心の底からセッションを楽しんでいるようだった。
「本当に楽しかったな。やはり我々も取り入れよう」
乃愛の言葉に雪子が頷いている。
「部活が認められたら考えてやるよ」
まぁ、気恥ずかしさもあったが、確かに楽しかった。
「クエスト達成お疲れ様ね。約束通り、弥夜を呼び出してあげるわ」
RUIRUIあらため、琉依先輩がスタジオのドアに手をかける。
放送部の空気が少し揺れた気がした。
「先輩、私が」
二年、弓削先輩が驚いた声を出す。
「私の依頼したクエストだから、報酬も私が払うわ」
それを特に気にする様子もなく、琉依先輩はスタジオに入った。
そう言えば、放送で琉依先輩の声を聞いた記憶はない。
キンコンカンコーン。
鐘の音に続いて、マイクが入る。
「生徒会副会長、椎名弥夜さん。リアルワールドゲーム部が呼んでいます。放送室前まで来て下さい。繰り返します。」
スピーカーから、普段話す時から更に三割増しでアニメ声の放送が流れた。
音だけを聞くなら、それだけで惹かれてしまう程に魅力的な声だ。
どれくらいの生徒がこの放送で手を止めたのだろう。
「明日また凄いことになるなぁ」
弓削先輩が苦笑した。
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