4-6 世界がもしTRPGセッションだったら
わかってしまえば、真実なんてものはそう劇的ではないのかもしれない。
有望な新入部員をサッカー部に入れる為に、生徒会が結託して一芝居打ったという絵図に比べれば、ミスをする筈のない生徒会長の為に生徒会書記が自ら罪を被ったという真実はクエスト結果としては面白くないだろう。
しかし、納得できないと言っても真実は真実なのだ。
放課後、東雲先輩の「説得」に呼ばれた木戸を除いた俺たちは、他のクラスメイトが部活に行って、寂しくなった教室で不満げな顔をつきあわせていた。
今日を含めて、リアルワールドゲーム部のタイムリミットはあと二日。
生徒会長を納得させるだけの成果は未だに出せていない。
ともすれば、今回の事件をトゥルーエンドに導けばそれが成果になるかもしれないと、明言こそせずとも乃愛も俺も考えていた。
その希望が絶たれ、新たなクエストもない現状、大人しく入る部活を探す方が安全択とすら思える。
「ゴリ押せると思うか?」
乃愛から、らしくない質問が出る。
「不利がかなりついてるけど、流れでワンチャンいけるかもな」
カードゲーム的要約をすると、ほぼ無理だろうと俺は答える。
あの生徒会長だ、この程度の「成果」では流石に部としての活動を認めはしないだろう。
確かに、東雲先輩は生徒会で、彼に非がある行動だが、それはそれとあくまで割り切って考えるだろうと、俺が言うまでもなくこの場の誰もが分かっていた。
「……そう言えば」
停滞した空気の中、雪子が口を開く。
「GMってなに?」
まるでこの場に関係ない質問に、乃愛が思わず笑った。
僅かに空気が軽くなるのを感じる。
「ゲームマスターの略だよ。主にTRPGで用いられる用語だな。TRPGと言うのはテーブルトークRPGの略で……」
いつもの早口で乃愛が説明を始める。
GMなんて言葉がいつ出て来ただろうと思い返せば、東雲先輩の居場所を教える前に椎名副会長が言っていたと思い出す。
聞く機会を逃して今に至るのだろう。
本当にあの人がGMのセッションなんて、絶対に碌な事にならない。
信頼できない語り部ならぬ、信頼できないGMってやつだ。
きっとPCが右往左往するのを、あの油断ならない笑顔で見ているんだろう。
もしかしたら、今回もそうだったのかもしれない。
全てを知った上で、俺たちが真実に辿り着くのを楽しんでいたのだろう。
……真実?
「ちょっと待て」
思わず閃きが声に出た。
「なんだ、説明が間違っていたか? 一番有名なのはクトゥルフだと思ったが、君はSW派だったか?」
説明を中断して乃愛が驚いた顔を向ける。
「そっちじゃなくて、椎名先輩だよ」
「副会長がどうした」
「なんで先輩はあれがトゥルーエンドじゃないって知ってたんだ」
そう、今回の事件は東雲先輩の独断で行われた筈だ。
しかしあの時、椎名副会長は敢えて「ノーマルエンド」という言葉を使った。
名簿が見付かったというイベントが嘘であると知らなければ、まず出てこないような言葉を。
「それは、あの名簿が偽物だと知っていたからだろう」
まだピンときていないらしい乃愛は当然と答える。
「なんで知ってたの?」
一方で俺と同じ疑問に辿り着いたらしい雪子と目が合った。
「そもそも、二枚目の名簿が偽物だったとして、一枚目がなくなった事実は変わらないんだよ」
そこまで俺に言われて、ようやく乃愛は気付いたように手を打った。
「副会長はなくなった一枚目の場所を知っている可能性があるのか」
東雲先輩が名簿を持ってきた時、椎名副会長が驚いた顔をした理由がそこにある。
「副会長を探すぞ、クエスト続行だ」
一気に元気を取り戻した乃愛がいつものテンションで声をあげた。
教室を出た時のテンションとは裏腹に、昼休みに続いて行われるのは人捜しなのでその絵面は地味としか言いようがない。
当然いるだろうと思って訪れた生徒会室は無人で、丁寧にドアには鍵が掛けてあった。個人情報が多く保管されている場所であの生徒会長なら離席するときに施錠するのは当然なのかもしれない。
第一候補を失った俺たちは第二候補の教室へと行くが、放課後になり、既に部活が始まっている時間帯の教室はもぬけの殻だった。
そもそも、椎名副会長が何組かも知らない。
まぁこの流れも二度目なのであっさりだ。
早くも手詰まりな俺たちは、校内をぶらつきながら椎名副会長とのやり取りから居場所のヒントを探そうとしていた。
「そう言えば、あの時彼女はどこに行こうとしていたんだ?」
「あの時?」
「救済クエストを受けた時だよ。つまり、彼女に初めて会った時と言うことになる」
「あの時は確か……渡り廊下で会ったんだよな。俺たちが学生棟から歩いて行って、椎名先輩が実技棟から来た」
生徒会室は実技棟にある。
つまり、生徒会室からどこかに行こうとしていたのだろう。
「教室かな?」
なにか忘れ物や用事があって教室に向かう途中だった。
雪子の案は実にわかりやすい。
「待て、あの場で彼女は我々に新入部員名簿回収のクエストを発注した。と言う事は、彼女自身、同じ用事の最中であった可能性もあるだろう」
乃愛の案も確かに一理ある。
「あの時、椎名先輩、左手になにか持ってた気がするんだよな」
僅かな記憶を頼りに、俺もヒントになりそうな事を思い出す。
人間の記憶は薄れやすい。
たった二日でも、細部は靄に掛かったように曖昧だ。
「そう言えば、なにか持っていたな」
乃愛も同意する。
「右手で握手をしたが、左腕にはなにかを抱えていた……薄い、本かなにか、だった気がするな」
確かにそうだと、記憶の靄が少し晴れた。
だからと言って、それで現状が変わるわけでもない。
「本、学生棟……文芸部かな?」
ぽつりと雪子が言う。
「文芸部?」
「学生棟に部室あるから」
「場所はわかるか」
雪子は頷いた。
「少し入ろうか迷ってたから」
珍しく雪子が先頭に立ち、俺たちは人気のない廊下を進む。
「文芸部とはまた意外だな。そういうのに興味があったのか」
雪子は首を振った。
「あんまり繋がりとか、強くなさそうで、気楽そうだと思った」
文芸部の繋がりや気楽かどうかはわからないが、そういう系統の文化部に雪子が入ればどうなるかはなんとなく予想できる。
「やはりあの時、雪子に声を掛けて正解だったな」
同じ考えに至ったのだろう乃愛がそう言って、俺たちは一階の端、どのクラスも入っていない空き教室の前に到着した。
「失礼する」
微塵の躊躇もなく乃愛がドアを開く。
この流れにも慣れたものだ。
案の定、驚いた顔の部員達が俺たちを見た。
こちらを見た顔は三つ、銘々、読みかけの小説だったりノートPCだったりから顔を上げて硬直している。
かなり俺側の人間の匂いがした。
乃愛のテンションに飲み込ませるのは可愛そうだ。
「生徒会の椎名先輩ってここに来てないですか?」
口を開こうとした乃愛を遮って俺が声をかける。
「来てないけど」
ノートPCの前に座っていた生徒が答えた。
「椎名先輩って文芸部ですか?」
「一応そうだけど、滅多に顔見せないよ。色んな部を兼部してるから」
「ふむ、そうか、失礼した」
あっさりと乃愛はドアを閉める。
文芸部の面々にしたら、俺たちは嵐のような存在だっただろう。
「有益な情報が得られたな」
まるで目的地がわかったかのように乃愛はスタスタと廊下を歩く。
「先輩、いなかったけど」
「いない、ということもまた一つの情報だ。そして、なにより、彼女の現在地を知る事は難しい事がわかった」
「だな、色んな部を兼部してるってやつか、あの人らしいが」
つまり、手詰まりって事じゃないのか?
「どうするの?」
「探すのが困難な相手なら探す必要はないだろう」
歩みを止めない乃愛は、迷うことなく実技棟への渡り廊下へと歩を向ける。
彼女がしようとしている事が、なんとなくわかってしまった。
ゲームで稀によくある系統の解決方法だ。
場所がわからないなら、おびき寄せればいい、とかそういう話だろう。
まぁ、今回乃愛がしようとしている事はもっと直接的だが。
そして、俺たちは放送室の前に到着した。
やはり躊躇なくドアを開ける乃愛。
今回は任せた方が良さそうだ。
「失礼する」
他の部屋よりも分厚いドアの向こうには、それほど広くない部屋が二つに区切られて存在していた。手前側には色々な機材と丸テーブルが置かれ、四名の生徒が座っている。
そして、防音扉と一部が透明になった壁を挟んでマイクが置かれたスタジオがあった。
突然の来訪に、意外にも放送部の面々に驚いた様子はない。
しかし、どこか重い空気が漂っていた。
「どうしましたか?」
一人の女子生徒が立ち上がり、乃愛に対応する。
校内放送の一切を取り仕切る関係上、不意な呼び出し放送などもあるから、きっとこういった来客にも慣れているのだろう。
「放送をお願いしたい」
乃愛に対応した一人以外は直ぐに俺たちへの興味をなくしたようで、視線を手元へと落とす。
彼女たちの手元には紙が置かれており、色々とメモらしき文字か書き込まれていた。
ミーティングでもしていたのだろう。
「緊急のものですか?」
「ああ、我が部の存亡が掛かっている」
まぁ、嘘ではないな。
「部活関係ですか、でしたら大丈夫です。個人的な利用はできない規則になっているので」
乃愛の大袈裟すぎる物言いが吉と出たらしい。
「では、椎名生徒会副会長を呼び出して貰えないか、場所は生徒会室前で、呼び出し者はリアルワールドゲーム部で頼む」
「わかりました」
放送部員がスタジオへのドアに手をかけた。
「ちょっと待って」
その手を後ろからの声が止めた。
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