4-5 専用BGMのあるダンジョン
図書館、利用する人間にとってはとても身近で、利用しない人間にとっては三年間で数回足を運ぶ程度の場所。
この学校ではその立地からそれが際立っている。
今まで「旦」と言う字で説明してきた学校の配置だが、漢字を使って図書館の位置を説明するなら、「旧」という漢字がわかりやすい。
ただし、これを左右反転させた形でだ。
そうした場合の棒線が図書館にあたる。
ちなみに、反転させなかった場合の棒線は体育館の位置となる。
更に言うなら、校門は「旦」の上側、括弧の位置。
つまり、利用する意思がなければ動線として近付く事は無い。
校内での存在感は陸の孤島と言うのが近いだろう。
二階建ての洋館風な外観は、立方体な校舎と違いすぎて、校内にある異空間という趣が強い。
その二階の一室が椎名副会長から教えられた東雲先輩の居場所だった。
本の匂いが空気に染みついた図書館は内観も洋館風となっていて、開けた一階には本棚がずらりと並べられ、その中央に非常に目立つらせん階段が存在する。
木製のらせん階段は一歩踏み出す度に少し軋んだ。
階段を上がった先にはいくつかの机が並んだ自習スペース、そして左右に吹き抜けの廊下が延びている。
廊下にはそれぞれ三つのドアが並び、計六部屋が二階に存在する。
どっちに進もうかと迷っていると、雪子が迷わずに右手側へと歩き出した。
「ボードゲーム部、でしょ?」
戸惑う俺たちを不思議そうに振り返る雪子。
「場所を知っているのか?」
乃愛さえ驚いてそんな事を言うが、雪子は当然と答えた。
「だって、書いてあるよ」
雪子に続いて歩くと、なるほど、それぞれのドアの前に部の名前が書かれたプレートが掲げられている。
とは言え、そのプレートはそれほど大きなものではなく、少なくとも俺には階段の位置からは見えなかった。
「目がいいんだな」
「うん」
ボードゲーム部は右手側、際奥の部屋だった。
乃愛は迷わずにそのドアをノックする。
乾いた音が静かな図書館に響き、返事が返ってくる前に乃愛がドアを開く。
図書館とはまた少し違った匂いが漂った。
「失礼する」
それほど広くない部屋の中には、二人の人間が長机とその上に置かれた将棋盤を挟んで座っていた。
突然の来訪者に二人の人間は驚いたようにこちらを見る。
一人は見知らぬ男子学生、そしてもう一人は散々探し求めた東雲先輩だった。
「君たち、どうしたんだ」
そう言った東雲先輩は、直ぐに何か勘付いたような顔をする。
「もしかして、また椎名先輩になにか頼まれた?」
「東雲先輩、あなたが画策した今回の事件には大きなミスがありました」
先輩の言葉に答えず、乃愛は言う。
「えっと、なんの事?」
東雲先輩は少し笑う。
「俺ですよ、先輩」
木戸が存在を強調するように一歩前に出た。
「木戸君? えっと、どういう事かな?」
とぼけている、と言うより本心から分からない様子の東雲先輩はその困惑を笑顔に変換しているらしい。
「先輩と生徒会が木戸をサッカー部から辞めさせない為に仕組んだ今回の新入部員名簿紛失事件の話ですよ」
新入部員名簿という言葉で東雲先輩の瞳が一瞬閃いたように光るが、また直ぐに曇った。
「木戸君を?」
その表情から笑顔は消え、なんとも言えないものへと変わる。
ここまでを見て、俺は直感的に乃愛の予想は間違っているのだと感じた。
「先輩が昨日持ってきた新入部員名簿は、一昨日俺たちに渡したものじゃありませんよね」
情報を整理する為に口を出す。
「どうして……いや、そうだよ。よくわかったね」
拍子抜けするほどあっさりと東雲先輩は認めた。
そして、後ろを振り返る。
止まったままの盤上を一瞬だけ見た後、先輩は待たせている一人に「少し用事が入ったみたいだ」と言う。その表情はこちらからは見えなかったが、彼の話し方から気の置けない間柄である事は伝わった。
「続きはまた明日」
東雲先輩と軽く言葉を交わして、もう一人の生徒は将棋盤をそのままに部屋を後にする。
「さて、話そうか」
気を取り直したように東雲先輩は俺たちを見た。
「昨日の朝、木戸が新入部員名簿に書かれた名前を消したんですよ。でも、夕方に先輩が持ってきた名簿には木戸の名前も書かれていた」
「ああ、話がやっと繋がったよ」
東雲先輩は得心したように軽いため息を吐く。
「どこから説明しようかな……それにしても、木戸君サッカー部に入らないのか、残念だよ」
本心から残念そうな東雲先輩の言葉、それに乃愛と木戸は表情を曇らせた。
「俺が辞めるのを止めないんですか?」
「説得くらいはこれからしようと思うけど、君の意思を不正をしてまでねじ曲げるような事はしないよ」
「それでは道理が通らないではないか、現にあなたは生徒会書記という立場を利用して文書を偽造した」
「結果としてそうなってしまった事については謝る。でも、俺が名簿を作り替えたのは木戸君の事とは無関係なんだ」
「つまり、別の理由が存在していると」
乃愛が俺を見る。
その目は、例えるならダンジョンの隠しギミックを見付けた時のそれに似ていた。
「先ず、知って欲しいのは、こんな事は生徒会じゃ初めてだったってことだよ。生徒会が、というか生徒会長が文書を紛失するなんて事は今回が初めてなんだ」
東雲先輩は真面目に、いや、少し悲しそうな色さえ表情に入れて説明する。
「どんな些細な文書だって舞草先輩はその場所を完璧に把握してるし、処分した文書すら余さずに覚えてる」
およそ人間離れした超人のような説明だが、あの生徒会室と日誌を見た後ならそれも信じられる。
「だから、今回、新入部員名簿を紛失したってのは生徒会としては異常事態だったんだ」
「そのミスを隠蔽するのが名簿を偽造した理由か」
乃愛は言うが、それじゃ理屈がおかしい。
「それなら、そもそもなくした事を教えなきゃよかったんじゃね?」
木戸が俺の言いたいことを代弁してくれる。
そう、生徒会の中で文書を再度作れば、誰に知られる事も無く事実を隠蔽することができる。
「それもそうか」
頷いてから乃愛は怪訝な顔をする。
「では、なぜこんな回りくどいことをした。仮に、あなたの話が本当だったとして、ゴロを辞めさせない事が目的でもなく、文書の補填をするのが目的なのだとしたら、それこそ道理が通らない」
乃愛が言い切って、東雲先輩がそれに答えようと口を開いた時、昼休み終了を告げる鐘が鳴った。
少し遠くから響く鐘は、それでも静かな図書館を満たし、俺たちの会話を止めるのには充分だった。
清掃時間が始まった事を校内放送が教える。
「あと少しだけ話そう」
意外にも、東雲先輩はそう言って、言葉を続けた。
「今回の件は俺の独断だった。舞草先輩も椎名先輩も知らない。俺が勝手に新しい新入部員名簿を作って、見付けたと言って持っていったんだ」
惑星組曲、第四曲、木星、快楽をもたらす者をバックサウンドに俺たちは活動を継続する。
「生徒会のミスを埋め合わせる為に?」
「それもあるけど、舞草先輩が文書をなくしたなんて事を認めたくなかったんだよ。俺のミスにすれば、その事実はなくなると考えて、咄嗟にやったんだ。結果、君たちにもミスを擦り付ける形になってしまったけどね」
申し訳なさそうに東雲先輩は「すまなかった」と頭を下げた。
先輩からの謝罪を受け、トゥルーエンドに辿り着いた筈の乃愛は、しかし、あまり納得いっていないように首を傾げる。
「つまり、それが今回の事件の真相だったと?」
「俺がした事はこれで全部だよ」
話を終え、クラシックが似合いすぎる図書館を五人で出る。
その間、乃愛は微妙な表情のままだった。
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