4-4 適正レベルを叩いて渡れない

 時は昼休み。

「マジで行くのか?」

 俺たち、リアルワールドゲーム部は二年の教室への階段に向かっている所。

 クエスト目的は、東雲先輩を見付けて、新入部員名簿についての質問と木戸がサッカー部を抜ける事の報告だ。

「なんだ、怖いのか冬春」

 友人が俺を慣れない呼び方で呼ぶんだが。

「そうじゃなくて、放課後でもいいだろ。そしたらサッカー部で確実に捕まえられるし」

「ねみいの意見も一理あるが、我々には少しの時間が惜しいからな」

 こいつに至っては、一度も本名を呼ばれた記憶がない。

「とは言え、作戦は必要じゃないか」

 まぁ正直に言えば、二年の教室に行くというイベントはかなり気が重い。

学校という閉鎖空間で、入学したての一年が上級生の教室を訪れて、あまつさえそれを詰問しようと言うのだから、乗り気な方がどうかしてる。

「俺たちのレベルは言っても大したことない、ダンジョンRPGでも階層が変わるときは慎重に動くもんだろ」

「その例えは言い得て妙だな」

 納得したように頷く乃愛。

 だいたいこいつの動かし方がわかってきた。

「ダンジョンRPGってなに?」

 雪子が首を傾げる。

「ダンジョンRPGというのは、モンスターやトラップが、多くはランダムに配置されているフロアを階層ごとに攻略するゲームの事だな。階層が上がる毎に、もしくは下がる毎にモンスターもトラップも強力になるから、攻略が難しくなるんだ。ねみいは上級生のクラスに行く事をこれに例えたわけだな」

「解説されると恥ずかしいんだが」

「少し、わかった」

 以前から比べると、雪子はよく発言するようになった。

「でも、あの先輩教室にいるの?」

 そんな雪子の素朴な疑問に、俺たちは顔を見合わせた。

 今は昼休み。教室で過ごす人間も少なくはないが、同様に学食やその他の場所で過ごす人間も少なくはない。

 その上、既に昼休みが始まって二十分が経過している。

 東雲先輩が仮に教室で昼食を摂る派だったとしても、既に食事を終えて他の場所に行っている可能性もあった。

「木戸は昨日教室まで行ったのか?」

「当然行ったよ」

「でも居なかったと」

「手分けして探す?」

「それがいいな。私とねみいはこのまま二年の教室に向かうから、二人は学食の方に向かってくれ」

 乃愛がスムーズに指示を出す。

「うん」

「それじゃ雪子さん行こうか」

 その指示に全く疑問を抱かずに木戸と雪子は歩き出した。


「どんなチーム分けだ」

「なにか不満があるか?」

「俺と木戸が一緒に動いた方が良かっただろ」

 その方が、双方にとって気が楽だ。

「君は可憐な女子二人で中ボスに対峙させようと言うのか」

「どこから突っ込んだらいいかわからないから、ボケは一文につき一つにしてくれ」

「冗談はさて置き、ゴロと雪子は面識が薄いから一緒に行動させて慣れさせた方がいいだろう。それに、元々は彼の用事でもあるからな、より居る確率が高い方に向かわせるべきじゃないか」

「急にそれっぽいこと言うなよ」

「安心しろ、君が標準以上にレベルを上げてからボスに挑むタイプのプレイヤーでも私は幻滅しないから」

「そもそも、先輩を中ボス呼ばわりは失礼すぎるからな」

 面倒だから、どうして俺のプレイスタイルを知ってるのかについては突っ込まない。

「そろそろ行くぞ。ここで話していても仕方ない、先ほども言ったように我々には時間がないからな」

 話は終わったと乃愛は歩き出す。

 リアルワールドゲーム部なんて部活に入った時点で、もしくは亜野乃愛という人間の提案に乗った時点で、ハードモードな学校生活は確定していたようなものだろう。

 諦観と共に、俺は乃愛の横に立った。


「失礼する。リアルワールドゲーム部だが、サッカー部部長、生徒会書記の東雲先輩はいるか?」

 二年一組の入り口で乃愛は堂々と宣言する。

 そんな彼女に、心優しい先輩の一人が、東雲先輩のクラスは四組だと教えてくれた。

「失礼する。リアルワールドゲーム部だが、サッカー部部長、生徒会書記の東雲先輩はいるか?」

 二年四組の入り口で再び乃愛は堂々と宣言する。

 またも、心優しい先輩の一人が、東雲先輩は既に教室を出た後だと教えてくれた。 


「やはり空振りだったか」

 乃愛の呟きを聞きながら、俺たちは階段を下った。

 仮に、ステータスに胆力なんて項目を作るなら、乃愛のそれはカンストしてるんだろう。

 今更、それに驚いたりもしないが。

「食堂に居ればいいが、居なかったときの事を考えて他の場所も探す方がいいだろうな」

「そうなると、生徒会室とかか」

「そうだな」

 そんなわけで俺たちは生徒会室へと向かう。

「少し、疑問があるんだけどさ」

「なんだ、言ってみろ」

「本当に東雲先輩、っていうか生徒会が木戸を入部させるためだけにこんな事したと思うか?」

「今の所、入手している情報から考えられる理由ならそれが妥当だと思うが」

「そう、か?」

「それに、ゴロと我々が知り合いという情報も生徒会は知らないだろうからな、そうでなければ発覚することのないクエストだっただろう」

 乃愛の説明は、一応わからなくはない。

 普通の人間なら俺と木戸が中学からの親友だとは思わないだろう。

 一生徒の交友関係など知らなくて当然だ。

 しかし、あんな日誌を毎日書いている生徒会長が、俺と木戸が同じ中学出身である事に気付かずに、不用意に、自分に利の殆ど無い事をするとは思えない。

 疑問を抱きながら、俺たちは生徒会室へと辿り着く。

 いきなりドアを開けようとした乃愛を制止して、ノックをすると、部屋の中から生徒会長の声がした。

「どうぞ」

 ドアを開けると定位置に生徒会長が座り、その手元には閉じられた生徒会日誌が置かれている。

 あれだけの文量の日誌だ、昼休みにも書かなければ終わらないのだろう。

 俺たちの姿を認めた生徒会長は僅かに怪訝な顔をした。

「どうかしましたか?」

 乃愛の仮説が正しければ彼女も今回の件を画策した一人ということになる。

 しかし、改めて対面した生徒会長は、そんなことをするような人間には思えなかった。

「東雲先輩を探しているんですが、ここには来ていませんか?」

「東雲君ですか、彼が昼休みにここに来る事は滅多にないですね。本日も見ていません」

 品行方正を体現したような彼女は真っ直ぐに俺と乃愛を見る。

「彼に何か用事ですか?」

 その落ち着きが取り繕われたものだとしたら、彼女は相当な役者だろう。

 対して、乃愛は不敵に笑う。

「新入部員名簿の件でな。生徒会は大きなミスを犯している」

「なんの事かわかりませんが、頑張って下さい」

 宣戦布告のように言う乃愛に対し、生徒会長は表情を変えず視線だけを棚の方へと動かした。

 彼女の意識は既に俺たちから次の仕事へと移っているようだ。

「冷静で居られるのも今のうちだ、首を洗って待っていろ」

 これ以上ない捨て台詞を吐いて、乃愛は開いたままのドアを潜る。

「失礼しました」

 一応頭だけ下げ、乃愛の後に続いて俺も部屋を出る。

 閉めるドアの向こうで生徒会長は再び生徒会日誌を開いて作業を再開していた。


「生徒会室にもいないか」

「学食で二人が見付けてる可能性もあるしな」

 行動がわからない生徒一人を探すには校内はあまりに広すぎて、昼休みはあまりに短すぎる。

 東雲先輩の事で俺たちが知っている情報と言えば、二年四組で生徒会書記、そしてサッカー部長と言うことだけ。

 この要素で残っている場所は一つだけだった。

「もしくは、部室だな」

 乃愛が当然と言う。

 二年の教室を回り、生徒会室に寄った事で残っている時間はそれほど多くない。

 運動部の部室は運動場に出なければならない、時間を考えれば部室が訪れる事ができる最後の場所となるだろう。

「少し急ぐか」

 見付けたところで、話す時間がなければ意味が無い。

 俺と乃愛は小走りに下足室へと急いだ。

 

「あれ、冬春どこ行くんだ?」

 息を上がらせ着いた下足室では、俺をそう呼ぶ唯一の人物が丁度靴を脱いでいる所だった。

「先輩は見付かったか?」

 俺の問いかけに木戸は首を振る。

「学食に居なかったから、サッカー部の部室も見てきたところだ、そっちは?」

「教室にはいなかった。生徒会室にも行ったけど空振りだったよ」

「マジか、今から生徒会室行こうとしてたのに」

 なんとも気が利く親友だ。

「ふむ、つまり八方塞がりと言う訳か」

「隠れんぼ、してるみたい」

 上履きに履き替えた雪子も合流する。

「おや、リアルワールドゲーム部の諸君こんな所に集まって、新しいクエストでも始まった?」

 悩む俺たちの後ろから非常に聞き慣れた声がした。

「なんか、今日は一人多いみたいだけど、君が依頼人?」

 全員一斉に声の方を向く。

 油断ならない笑顔で椎名副会長がそこにいた。

「会いたくないのには、会えるのに」

 思わず本心が口をついて出てしまう。

「つれないこと言わないでよ、鈍感系主人公君、あれ、クール系ハーレムもの主人公だったっけ?」

 ヘラヘラと笑いながら、椎名副会長は考え得る限り最悪のあだ名を平然と口にする。

 木戸が後ろで「いつの間にハーレムものの主人公になったんだ」と明後日の質問をしているが無視することにした。

「どっちでもないですから」

「ああ、友情エンド系主人公だったね」

 雪子が乃愛に用語の説明を聞いている。どんな地獄だここは。

「それも違います」

 この人に敬語を使うのが馬鹿らしくなってきた。

「まぁまぁ、そんなに怒らないでよ、んでなんでこんな所でたむろってるの?」

「トゥルーエンドへの鍵を探している」

 雪子へ一通りの説明を終えた乃愛が、俺の代わりに言う。

 随分と遠回りな言い方だが。

「へぇ、糸口を見付けたんだ。ってか、本当にトゥルーエンドとかあったんだね」

 椎名副会長はひどく他人事のように応えた。

「先輩も当事者の一人ですよね?」

「そうなの? 私はてっきり物語を円滑に進めるためのGM的役回りだと思ってたんだけど」

「先輩がGMのセッションには絶対参加したくないです」

「随分素直になってきたじゃん、夏秋未寧君。それで、君たちが欲しい情報はなにかな?」

「東雲先輩がどこに居るか知ってますか?」

 自称GMは俺の質問にやはり油断ならない笑顔で応えた。

「ああ、それなら……」

 

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