5-2 キーマンは遅れてやって来る

「お姉ちゃん、忘れ物してるよ」

 ドアを開けて立つ少女。

「あれ、みーね、どうしたの?」

「この、こそ」

「だから、お姉ちゃんが家に忘れ物してたから持ってきてあげたの」

 そう言うこのの手には黒いファイルが握られている。

「それって」

 気付いた乃愛の視線がの手に向く。

 いや、この部屋の全員の視線がそこに集中していた。

 空気が一気に張り詰める。

「木乃羽、それを渡して」

 普段より一段階高く、その声は響いた。

「いや、そのつもりで持ってきたんだけど」

 ただ一人、状況を理解できていないこのだけが、この空気に戸惑っている。

「この、渡すな」

 生徒会長のただならぬ雰囲気から、それがあたりだと直感的に確信した俺は咄嗟に言う。

「は?」

 当然、このは怪訝な顔をした。

「言葉が足らなかった。渡す前に、中身を確認させて貰えないか」

 今回の件に関係するなにか、例えば、失われたナンバー八の生徒会日誌の可能性が高い。

「ダメよ、木乃羽」

 ぴしゃりと生徒会長が釘を刺す。

「状況が飲み込めないんだけどさ」

 このがにやりと笑った。

「二人ともこのファイルが必要なんだね」

 このはファイルを掲げて振ってみせる。

 その表情はいたずらっ子のソレだった。

「だったらさぁ」

 久し振りすぎて忘れていた。

 最後の記憶が苦すぎて、それで塗りつぶしていたが、

「ファイル争奪戦ね」

 このは本来こういう人間だ。

 実に楽しげに、このは言った。

「私が納得する方法で、私を負かせた人にこのファイルを渡すってどう?」

「ふざけてないで、そのファイルを渡して。それは私のだから」

 そんなの態度に、生徒会長は珍しく苛立ったような声を出す。

「えー、でも、お姉ちゃん家に忘れてたじゃん。だから、私が持ってこないと本来ここにはないんだよ?」

「忘れたんじゃなくて、置いてたの」

「大切な生徒会の日誌を? なんで?」

「木乃羽には関係ないでしょ」

 普通に姉妹喧嘩の様相を呈してきた二人の会話を聞きながら、椎名副会長が言っていた事が少しだけわかった気がした。

 オフの生徒会長はこんな感じなのだろう。

「置いてたんなら、みーねに渡してもいいよね?」

「ダメに決まってるでしょ、彼らの手に渡らないように置いてたんだから」

 言ってから、生徒会長はハッとした表情をする。

「舞草生徒会長、それはどういう意味か聞かせてもらえますか?」

 聞き逃すはずもない乃愛が直ぐに食いついた。

「特に深い意味はありません」

「そうは聞こえなかったが?」

 乃愛の言葉の後ろで予鈴が鳴る。

「ホームルームがはじまりますので、教室に戻って下さい」

「予鈴などで止められるものか」

「あまり居座られると、問題行動として教員を呼ぶことになります。そうなれば、部活動申請も放課後を待たずに取り消しになりますが、よろしいですか?」

「くっ、ゴングに救われたな」

 微妙に場違いな捨て台詞を残して、乃愛はドアを開いた。

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