4-3 ラグ読みは基本

 二限目の国語が終わり次は情報。

 PC室へと移動になる。

 移動の多い時間割だ。

 情報は隔週、二時間連続、二クラス合同で行われる変則科目。

 入学初週である先週はなかったので、今週が初の授業となる。

「今日はすんなり見つかるといいけどな」

 PC室への道すがら話すのは、当然のようにリアルワールドゲーム部の話題。

「昨日は昼休み中探したんだっけ?」

「放課後もだよ、サッカー部覗いてもいなかったし」

「ああ、放課後は生徒会の方で活動していたようだからな」

 乃愛が手を打つ。

 昨日の放課後と言えば、東雲先輩が名簿を偽装したと目される時間帯だ、見つからなくても無理はない。

「むしろ、なぜその件を我々に依頼しなかった」

 乃愛が不満そうに頬を膨らませた。

 結果論だが、仮に木戸が俺たちに話していれば、あの場で解決する可能性すらあったわけだ。

「俺の個人的な問題だからさ、言いにくくて」

「そういった問題に首を突っ込むのが我々の活動なんだが」

 文句を言う乃愛に木戸は「悪かった」と軽く笑った。

 とは言え、木戸だって男だ。

 格好ってものをつけたい時もあるし、身内だから相談しにくいこともあるだろう。

 全てが解決した後でしか言えない事もある。

「木戸、わかるぞ」

 木戸の肩を叩いて、俺たちはPC室のドアをくぐった。

 

 既に大半の生徒が着席している。

 どうやら出席番号順にPCが割り当てられているらしい。

 二クラス合同と言うことで、無数に並ぶPCも大半が埋まっていた。

「二組と六組ですね、今から名前を呼びますので順番にプリントとカードを取りに来て下さい。カードにはPCのパスワードが書いてますので、自分の座っているPCの番号と書かれている番号が合っているか確認してからログインして下さい」

 教師が説明をして授業が始まる。

 俺の名前が呼ばれ、言われた通りにプリントとカードを取ってから席に戻る。

 プリントに書かれた内容を見る限り、今日の授業は簡単なホームページ作成らしい。

 パスワードを入れてログインする。

 直ぐに、殆ど何も置かれていない初期設定に近い画面が現れた。

 ブラウザを開く程度の暇つぶしにも直ぐに飽きて、放置された画面はスクリーンセーバーを流し始める。

 

「舞草木乃羽さん」

 その名前が聞こえたのは、手持ち無沙汰にプリントを読んでいる時だった。

 そう言えばのクラスを知らなかった。

 六組とは、全く因果だ。

 さっきまで暇だと感じていた時間が、急に緊張感を帯びたように感じた。

 変に意識する必要はない。

 の中であれは完全に終わった話で、気にすらしていない。

 そう考えても、どこか割り切れないものを感じていた。

 ふと、スクリーンセーバーが消える。

 画面、右端にメッセージ受信を示す通知が出ていた。

『やっほー、みーね』

 メッセージを開くと、送り主が一瞬で特定可能な一文が目に飛び込む。

 ついでに、いたずらな笑みを浮かべる幼馴染みの顔が脳裏に浮かんだ。

 しかし、そのメッセージになんと返していいかわからない。

「はい、みなさんログインできましたね」

 悩んでいる間に、教師の説明が始まってしまう。

 再来週までの四限を使って、簡単なホームページを作って貰うという話を教師が丁寧にしていく。

 それを俺は半分上の空で聞いていた。

 基礎的な操作説明に従ってPCを動かす。

 そして、新しいメッセージが届いた。

『あれ、みーねじゃなかった?』

 不安そうな幼馴染みの顔が浮かんだ。

 このはそういう表情が上手いんだ。

 流石に授業中にそんな顔はしていないだろうと思いつつ、やっと俺は返信をした。

『合ってる。なんでわかった?』

『ゲーム部の特権だよ』

 即レス。

 しかし、そのカラクリは直ぐにわかった。

『PCの番号か』

 アドレスには高校名とPCの番号、@の後ろには見慣れないドメイン。

 恐らく特定のアドレスからしか送受信されないように設定されているメッセージツールで、だからだろうアドレスはかなり簡便なものになっていた。

 座っている席さえわかればメッセージを送れるわけだ。

『せーかーい』

 そして、また直ぐにメッセージが届く。

『今、暇?』

『授業中だ』

 どう考えても暇じゃない。

 授業は一通りの説明が終わって、教師が最初の課題を出した所だ。

 見本に沿って簡単なページを作るというもので、難易度自体は低いと言えるが、少なくとも暇じゃない。

『みーねなら楽勝でしょ』

 そう言うこのは恐らく既に終わらせて暇なのだろう。

 昔はPCなんて全然使えなかったのに、いつの間にたくましくなったのか。

 いや、いつの間に、は明白だった。

 三年の間にだ。

 俺が止まっていた三年の間にこのは先に進んでいた。

『わかった付き合ってやるよ』

 例えば、授業中に手紙を密かに回すような、微笑ましいやり取り。

 しかし、それをする所に俺の心は届いていなかった。

 その前に乗り越えなければならない断絶がある。

『この間の話をしよう』

『六年生の夏休みの話?』

 彼女にとっては既に終わった筈の話を何度もするのは少しだけ申し訳ないと思いつつ、蒸し返す。

『このが覚えてなくても、俺は酷いことをした。しっかり謝りたいんだ』

 ともすれば、自己満足に過ぎない、独り善がりなな謝罪だ。

『あの後、思い出してみたんだけどね、』

 教師が近くを通ったので、メッセージを縮小する。

「よく出来てますね。次の段階に進んでいいですよ」

 適当に間に合わせた課題に過ぎた評価を得て、俺はメッセージを拡大した。

『そう言えば、みーねとゲームできなくて結構、落ち込んでた。だから、みーねの謝罪を受け取る事にします』

 たったそれだけの言葉が、俺の背中にまとわりついていた後悔を軽くした気がした。

『ありがとう』

『罰として、ドラテ復帰の刑に処します』

『流石にそれは無理』

『ガチ勢じゃなくて、エンジョイでいいからさ』

『師匠に言ったらまたガチで鍛えられそうだけどな』

『んじゃ、ガチ勢で復帰だ』

『そこまでは直ぐに吹っ切れねぇよ』

『えー、私がドラテ続けてる理由に、みーねと対戦できるかもってのが三パーセントくらいあるのにぃ』

『低いな』

『でも本当に、ドラテしてる頃のみーねは格好よくて好きだったんだけどなぁ』

 思わぬ単語に少しドキッとする。

 また、なんと返していいかわからないメッセージだ。

『あっ、好きってのは、人としてとか、ゲーマーとしてとか、そういうあれだから』

 返信のテンポが遅れた事で胸の内を詠まれたようで、取り繕うようなメッセージが届く。

 これだからDCGプレイヤーは。

 プレイングのテンポなんかで直ぐに読み合いをするんだ。

『当然だろ』

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