5-9 現実はゲームではない、でも

「それじゃ、約束通りファイル渡すね」

 このは生徒会長にも確認するように、宣言してファイルを取り出す。

「止めはしないわ、そういう約束でしたから」

 顔を上げずに生徒会長は言った。

「それじゃ、はいどーぞ」

 このから手渡されたファイルは、心なしか他のファイルに比べて重たいように感じる。

 トゥルーエンドへと至る鍵が手の中にあった。

 生徒会長が家に忘れてまで、俺たちから隠したかったファイル。

「さあ、早く中身を改めるとしよう」

 乃愛が意気揚々とファイルに手をかける。

 クエスト最終盤、全ての秘密が明かされる時、しかし、俺は戦いの余韻の中で不思議な気持ちになっていた。

「待ってくれ乃愛」

 オープンワールドRPGの主人公は、他の人間が知り得ない秘密を易々と手に入れ、それを利用して立ち回ったりする。

 ゲームシステムとしての意味合いや、世界観補強などの意味合いも強いし、俺自身、そういった秘密を探しながら旅をするのも好きだ。

 ただ、現実はやっぱりゲームとは違う。

 俺たちの目的は新入部員名簿を見付ける事で、生徒会の秘密を暴くことじゃない。

「生徒会長、このファイルで取引しませんか?」

「取引?」

 突飛な俺の言葉に、生徒会長は顔を上げた。

 案の定、怪訝な表情で。

「俺たちの今の目的ははじめリアルワールドゲーム部を部として認めさせる事でした。その為に成果が必要で、クエストを受けた。しかし、一度達成した筈のクエストは思わぬ形でマルチエンディングへと変化した。そこから、俺たちの目的はトゥルーエンドに辿り着く事に変わり、サッカー部の新入部員名簿を探す事になった。紆余曲折を経て、それはファイルを手に入れる事に変更されて、今こうして俺たちの手の中にファイルはあります」

 俺の長い台詞が始まったとき、乃愛はなにか言いたげな顔をしていたが、途中で意図を汲んだらしく、口を結んでいた。

「そうですね」

「でも、元を辿れば、俺たちの目的ははじめから一つなんですよ」

「つまり、そのファイルを得る代わりにリアルワールドゲーム部を部として認めろと」

 理解が早い生徒会長は怪訝な表情を崩さない。

「はい」

「仮に、私がそのような取引に応じたとして、そんな生徒会長をあなた方は支持できますか?」

「それじゃ、言い方を変えます。俺たちは部活として認められるだけの成果をファイルという形で手に入れた。それを認めてくれませんか?」

 激動の一週間、いや正確には四日間、たったこれだけの日数でリアルワールドゲーム部は充分なクエストをこなしたと言えるのではないか?

「成果ですか」

「ふむ、ねみい、いい切り口だな」

 いよいよ我慢できなくなったらしい乃愛が口を開く。

 乃愛にしては我慢した方だろう。

「舞草生徒会長あなたは言ったはずだ、部活を行ったことを何らかの形で示せればいいと」

 乃愛はそこで言葉を句切り、俺の手にあるファイルを指差す。

「これがその形だ」

「成果を形にというのは、あくまでも対外的に見える形にして欲しいという意味で、実際に物体を持ってこいという事ではないのですが」

 小さなため息を挟んで、生徒会長は微笑を浮かべた。

「なにより、そのファイルがあなた方の言うような成果である保証はどこにもありません。だから、取引にしたいのではないですか?」

 俺の横で雪子がはっとした顔をする。

 まぁ雪子なら仕方ないが、更にその隣で苦虫をかみつぶしたような顔をした乃愛は後で説教だな。

「先輩の言うことも一理ありますが、それを確かめるなら、このファイルを開けばいい」

 ファイルに手をかけるが、生徒会長の表情はピクリとも動かなかった。

「少なくとも、この中に生徒会長が俺たちから隠したかった秘密がある事は確実ですから、それを使って部の承認を貰ってもいい」

 生徒会長がDCGをしていたら、相当厄介なプレイヤーだっただろう。

「ただ、俺たちは悪人ロールをしたいわけじゃないんです。主人公として勝利を勝ち取りたい、だから取引を提案したんです」

「安心して下さい、その中にある情報で部活動認可の如何を決定する事はありません」

 どこまでも挑戦的な姿勢、なんならファイルを開かせたいのではないかと思える。

「そして、その中には名簿もありません。ですから、私が取引に応じる事はありません」

 なんでここまで強気に出られるんだ?

 本当にファイルの中に新入部員名簿はなくて、その上、大した秘密もなくて、全てが俺の妄想に過ぎないのか?

 生徒会長は単純に新入部員名簿を紛失しただけで、ファイルのナンバリングも単純に間違えただけ?

 ここまで辿り着いたと言ってもそれは、あの、椎名副会長の言葉から仮説を積み上げて来ただけだ。

 相手のデッキに端から入っていないカードを読んでプレイしていた?

 足下が揺らぐ俺を声が支えた。

「ふむ、ではこうしよう。木乃羽、このファイルの中を見てくれ」

「えっ、私?」

 突然の乃愛の提案に、このは驚いた声をあげる。

「生徒会長の身内である君なら、そのファイルの中の秘密を利用しようとも考えないだろう。我々が確かめたいのは、その中に新入部員名簿があるかどうかだけだからな」

「別にいいけど」

 ファイルが俺の手からこのへと再び戻る。

「えっと、それじゃ開けるよ?」


 ゆっくりとファイルが開かれる。

 紙の擦れる音が生徒会室に響いた。

「えっ、普通にあるじゃん」

 声は驚きというより呆れた響きで俺の耳に届く。

「さっきまでのやり取りなんだったの、お姉ちゃん」

 このは開いたファイルのページから、新入部員名簿と思われる紙を取ろうとして失敗する。

「なんかくっついてるんだけど、ノリ?」

「修正液だと思うわ」

 生徒会長が答える。

「おめでとう、リアルワールドゲーム部、クエスト達成ね」

 さっきまでと打って変わって、優しい口調で生徒会長は笑った。

 温度差にめまいを覚えるほどだ。

「どういう事だ、舞草生徒会長?」

「ファイルを開いて終わりかと思ったら、取引なんて言い出すからつい乗ってしまったわ」

 しっかり者だけど堅苦しい子じゃない。

 椎名副会長が言ってた意味が少しわかった気がした。

 なにより、あの人の友達だ、それこそ類友と言うやつなのかもしれない。

「ってか、お姉ちゃんこのファイルって、アレじゃん」

「木乃羽、彼らはそれを知らない事を選択したから、ファイルを渡して」

「いいけどさ、えー、お姉ちゃんこれ、このファイルってさぁ、生徒会室に置いてるの?」

「誰も好んで生徒会日誌なんて見ないでしょ、生徒会長が生徒会日誌を持ち歩くのも普通の事だし」

 このがなんとも言えない表情をする。

 そうなってくると、あのファイルの中身が俄然気になるってくる。

「結局、そのファイルはなんだったんだ?」

 好奇心の塊がそうでないわけもなく、乃愛が身を乗り出してファイルの中を覗こうとする。

「ダーメ」

 しかし、その企みはこのがファイルを閉じる事で失敗となった。

 ファイルがこのの手から生徒会長へと渡る。

「事の顛末、というには些かお粗末ですが、真相をお話ししましょう」

 ファイルを抱き、生徒会長は口を開く。

「水曜日の朝、私はいつも通り早朝の生徒会室で趣味の傍ら公務をしていました」

 口調は平素の生徒会長からするとかなり柔らかい。

「しかし、突然激しい腹痛に襲われたのです。後になって、木乃羽が作ったゆで卵が原因と知ったのですが」

 このが苦笑いをする。

 そう言えば、そんな話を聞いた気がした。

「普段でしたら、退出時必ず施錠をしますが、その時ばかりは一刻を争う事態にそのままトイレへと急ぎました」

 丁寧な口調で乙女の危機を解説されるのは、なんとも新鮮な体験だと、変な感想すら抱く。

「事を終え、生徒会室へと戻った私は、卓上の状態が体質前と変化している事に気付いたのです。開いたままだったファイルの上に一枚の紙が置かれている事に」

 それが、サッカー部の新入部員名。

 木戸は生徒会長がトイレに行ってる間に生徒会室に入ったわけだ。

「既に予鈴が鳴り、ホームルームまで時間がない中、ファイルの中身を見られたかも知れないという動転などが重なり、私は咄嗟にファイルを閉じました」

 そして、修正液が付いたままの新入部員名簿が一緒にファイルに綴じられる事になった。と。

「後ほどファイルを開こうとした時、その紙がなにかでファイルに貼り付いている事に気付きました。取ろうとしましたが、どうやっても破れそうだったので、それを断念し、ファイルの存在を隠匿する為にも、名簿を紛失した事にしようと決めました」

 正直に話せばファイルの存在を知られる事になると考えたのだろう。

 ってか、やっぱりそのファイルの中身、知られたくない事だったじゃん。

 生徒会、厄介な人しかいない気がしてきた。

「その後は、あなた方が頑張って解き明かした通りです」

 話し終えた生徒会長はファイルを生徒会日誌の棚へと戻した。

「さて、リアルワールドゲーム部を認可するかですが」

 生徒会長の声色が戻る。

 本題、審判の時だ。 

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