5-8 ガチ勢たる所以
このが言った、初めて作ったデッキという言葉を俺は勘違いしていた。
七ターン目をラグナロクで返してから、このの勢いは一気に落ちた。
次ターンの展開は、兵士(コスト二:AT二百、DF二百のバニラ)が二体のみ。
どう考えてもデッキに入るようなスペックのカードではないし、中盤にプレイするカードとしてもパワーが足りていない。
「ここでラグナロクは卑怯だよぉ」
「あんなエグい展開してよく言うよ」
「あー、どうやって残り削ろう」
ここから目に見えてこのの展開は弱くなった。
正確に言うと、使うカードの質が下がった。
低レアリティのカードが多くなり、デッキコンセプトに合っていなさそうな、構築戦ではあまり見なかったカード達が見受けられる。
初めて作ったデッキ、それはドラテをはじめて間もない頃に作ったデッキという意味だ。
そういった状況だと構築力云々よりも、カード資産がない。
必要なカードを必要な枚数だけ手に入れることが普通のガチ環境では想定すらしない、そもそもデッキに入れるカードが足りないという事態。
このが使っているのはそんなデッキだった。
ターンを数える毎に、こののリソースは減っていき、俺はなんなくそれをコントロールする事ができた。
勝負は殆ど決まったようなものだった。
十二ターン目、このはドローして、チャージせずに終了。
所謂ドローゴーと呼ばれる動きをした。
戦術としても存在する動きではあるが、ここまでこのが使ったカードたちを見ると、単純にリソース切れの可能性の方が高い。
このの手札は二枚。
俺の場にはユニットが三体。
一体はフィナなのでATはゼロ、他二体もコントロール寄りのユニットで、盤面でのATは合計四百しかない。
こののライフは残り千八百点。この盤面で殴るなら、ライフを削り切るにはあと五ターン必要だ。
先ずは、最後の先兵でドローして様子を見る。
引いたカードは、俺のデッキに入っている最後のドラゴン。
サンダードラゴン
コスト十二:AT七百、DF九百
効果:「身代わり」
「速攻」速攻を持つユニットは出たターンから相手ユニット、相手プレイヤーに攻撃できる。
非常にわかりやすい効果を持っているファッティ。
そして信頼の置ける切り札だ。
相手の最後のあがきを潰しながら、こちらのリーサルを見る事ができるので非常に重宝した。
まぁ、当時は重すぎるコストのせいであまり採用されなかったカードだったけど、端から長期戦を見据えたデッキならあまり問題にはならない。
今回もここでサンダードラゴンを引けたことで、リーサルラインが一気に下がった。
七百まで削れば俺の勝ちだ。
惜しむらくは、現状の盤面だとそのラインに届くのにあと三ターンは必要ということだろう。
このターン攻撃すると四百削れて、残りは千四百点。
次のターンには先兵も攻撃に加わるので、六百削れて、残りは八百点。
勝利はほぼ確定しているが、こののドラゴンはあと一体見えていない。
デッキを見るに、入っていない可能性の方が高いが、勝負を長引かせて万が一引かれても困る。
それこそサンダードラゴンなんて入ってた日には、一気に俺のリーサルが見える程だ。
ドラテで盤面に並べることのできるユニットは五体まで。
自分のユニットを自壊させる方法は非常に限られているので、あと一体出せばこのが処理するまで新たなユニットは出せない。
少し悩んで、俺は盤面を埋める決断をした。
手札から処理されにくいように、AT三百、DF六百のユニットを出す。
仮にこののデッキにラグナロクが入っていて、この盤面を消されても、今のハンドならそれほど問題はない。
「やっと、ミスしてくれたね」
ユニットを出した瞬間、このは笑う。
「ラグナロクなら」
「違うよ」
十三ターン目、ドローしたこのは直ぐにユニットを召喚する。
その召喚エフェクトを見た瞬間、脳が震えた。
指先が冷たくなり、感覚が遠くなる。
恐ろしい程濃い敗北の気配がそこにあった。
エンシェントドラゴン。
コスト十:AT九百、DF二百
効果:このユニットを場に出した時、相手フィールドにユニットが五体いるのなら、全ての相手ユニットは次の自分のターン終了時まで全ての行動ができない。
このユニットは相手スペルの対象にならない。
テキストを見るまでもなく、その効果は覚えていた。
あの決勝戦、俺が警戒していたのはラグナロクによる泥仕合化ではなく、エンシェントドラゴンからの敗北だったんだ。
殆ど使われることのないドラゴン。
その使い辛さからハズレの烙印すら押されたこのカード。
しかし、コントロールを組むにあたって、採用を検討し続けたカードだった。
結果として効果発動が相手依存である不確実さや、リーサルを見るならサンダーだけで充分という理由で不採用になったが、あの大会でエンシェントドラゴンを誰よりも警戒していたのは俺だった。
相手のマナが十以上ある時には絶対に盤面を埋めないプレイングを徹底していたのはその為だ。
スペルも効かず、ユニットによるあらゆる行動も阻害され、確定で九百点のダメージを出す。
終盤なら、それで勝負が決まる程のダメージ。
そこにサンダードラゴンや他のダメージソースが絡めば、ゲームエンドになる。
そして、俺はエンシェントドラゴンとこれ以上ないほど相性のいいカードを知っていた。
仮にそのカードがこのの手札にあるのなら、俺の負けは確定している。
「よくそんなカード入れてたな」
為す術もなくターンを終了する。
ドローゴーの意味を軽く捉えていた。
いや、もしかしたら八ターン目以降、全てのプレイングがこの瞬間を作る為のものだったんじゃないか?
実際、構築としては強いデッキではなかったのだろう。
入っているカードを敢えて弱くする必要などどこにもない。
だから、このはそのデッキで俺に勝つための最善策を打った。
序盤に一気に攻めて、リーサルラインまで削り、中盤は弱いユニットを投げることでリソースが切れたと思わせる。
そして俺が油断して、甘えたプレイングをした瞬間をひたすら絶えながら待った。
もしも、三年前の俺なら……いや、三年前の俺でも、引っ掛かったかもしれない。
十三ターン目、このはエンシェントドラゴンで攻撃。
俺のライフは残り六百点になる。
そして、このの持っているコストが十支払われた。
ユニットではない。
スペルが発動する。
この頃の環境でコスト十のスペルは一つだけ。
輪廻する挽歌
効果:自分と相手フィールドの数×百のダメージを、相手プレイヤーと自分、相手全てのユニットに与える。
俺のフィールドには五体、こののフィールドには一体、合わせて六体。
綺麗に六百点でリーサルになる。
フィールドを一掃しながら合計千五百点を与えるこのコンボの存在は研究の中で気付いていた。
挽歌に関しては俺のデッキでも一枚だけ積んでいるが、重量級カードを二枚使うようなコンボは実用的ではないと判断していた。
「やるな」
俺は心の底からこのを讃え、綺麗になった盤面を見る。
いや、三体のユニットが残っている?
そもそも、ライフがゼロになったらバトルが終わるはずだ。
自分のライフを確認すると、五百点残っていた。
俺の盤面に残っているユニットのDFを見ると三百削られている。
「なんで?」
「実は、みーねが引退してる間に挽歌はナーフされたんだよね」
「挽歌がナーフ?」
カードパワーから言えば、壊れにはほど遠いようなカードだぞ?
「相性のいいユニットとか踏み倒しとか追加されて、コンボルートができちゃってさ、元々カードパワーはそれなりだったんだけどね」
何気ない追加カードでそれまで見向きもされなかったカードが暴れるというのはカードゲームでは偶にある事だ。
そうなった時、修正できるのがDCGがTCGと違う点ではある。
驚きを処理できないまま、このがターンエンドを押して、俺にターンが返ってきた。
盤面のAT合計は七百点。
このの残りライフは千四百点。
そして俺の手札には七百点を出せるサンダードラゴンが握られている。
勝利を貪欲に欲していたガチ勢だった頃なら、ナーフに救われたと思ったのかもしれない。
いや今だって勝利は欲しい。
リアルワールドゲーム部の為という建前の上でだが。
俺は確実に敗北するようなミスをした。
その上で、ナーフなんて知識外の偶然でエンジョイ勢の俺が勝っていい筈がない。
手が、ターンエンドへと伸びる。
「みーね、もしかしてナメプしようとしてる?」
俺の動きに気付いて、このが言った。
「みーね、サンドラ握ってるでしょ?」
「なんでわかる」
「そりゃ、ドラテ歴はみーねより長いからね。ぴったりリーサルじゃん」
画面から顔を上げると、このの笑顔がそこにあった。
「三年前ならこのが勝ってた」
「三年前はこんなに上手くプレイできなかったよ」
「三年前、このと対戦できなかった事を一プレイヤーとしてはじめて後悔したよ」
ガチ勢を辞めた時の後悔とは違う。
もっと単純に、こんなチグハグな、一度俺が考えて捨てたコンボを見せてくれるようなデッキを考えたプレイヤーと、あの時戦わなかった事を後悔していた。
「私は今日みーねとドラテできて本当に楽しかったけどね」
「俺も楽しかった」
対人ゲーで楽しいと思えたのは三年ぶりだった。
俺はサンダードラゴンを召喚して、このに最後の攻撃をする。
エフェクトの後、俺の画面に勝利の文字が浮かんだ。
「やっぱりみーねは強いね」
「どこがだよ、ミスしまくりだったぞ。師匠に見られたら二時間は反省会するレベルだ」
「それじゃ、また特訓だ」
「ドラテなぁ、環境進みすぎてわからないんだが」
「私が手取り足取り教えてあげるよ」
今からガチ勢となるには俺は随分と腑抜けてしまったが、楽しくやるぶんには問題ないだろう。
なんたって、俺はガチエンジョイ勢だ。
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