第15話 一回だけなら平気だよ
我ながら非道だと思った。それと同時に、この運命的な巡り合わせは無視できないと思った。
俺はたまたまネットサーフィンをしていて、たまたまSNSで見付けたエロエロコスプレイヤーを気に入って過去の投稿を遡っていた。
そして気付いた。その女性は過激な露出が売りのコスプレイヤーで、俺の担任の教師だった。
俺は何日もかけて彼女の様々な画像をつぎはぎし、海崎先生を隠し撮りした写真と比較画像を作った。
よく出来た比較画像だ、誰が見ても頷くだろう。
俺は海崎先生に相談があると校舎裏へ呼び出し、その画像を見せた。
「……よく似てますね」
「とぼけるんですか? 印刷してばら撒いてもいいですよ」
海崎先生は俺を睨んだ。それさえも可愛いと思った。
「何が望みなの……?」
話が早くて助かった。警察だとか裁判だとか言われては、お互い面倒なことになるだけである。
「顧問を受け持ってください」
「……え?」
俺の答えにきょとんとする海崎先生は、きっともっと色欲に塗れた恥辱的な要求をしてくるとでも思ったのだろうか。残念ながら俺は紳士だ。
「尻ドラム部の顧問になってください」
「でも……創部には部員が五人必要で……」
「いますよ。これ、創部届けです。あとは顧問となる先生のサインだけです」
俺は入部希望者である五人の名前の書かれた創部届けを海崎先生に渡した。
「小森宙、月野ありす、水瀬麗……紫藤陽子、丸井茂夫(まるいしげお)?」
状況の飲み込めない様子の海崎先生が俺を見つめる。
俺は水瀬の入部希望から五人目までが揃うまでの過程をしみじみと思い返した。
*
「おい水瀬、どこへ行く」
「帰る」
水瀬が尻ドラム部への参加を承諾した日の放課後、何事もなかったかのように帰宅しようとする彼女を俺は呼び止めた。
「入部初日にサボるとはいい度胸じゃねーか」
教室に残っていた生徒たちがざわめいた。
水瀬が尻ドラム部へ入部したことに対する動揺だ。
「だいたい、まだ正式に部活になってないじゃない! 人数揃ってないんでしょ?」
「う……それは……」
言い返せなかった。確かに正式に創部が済んだわけではないため、俺のやっていることは部活動でもなんでもない。
「調子に乗ってんじゃないわよ、童貞」
よく響く水瀬の煽りで周囲に嘲笑が起こる。笑われているのは明らかに童貞の俺である。
俺は負けじと、したり顔の水瀬にスマホを見せた。
「調子に乗ってるのはどっちだ?」
「うっ……」
弱みを握っているというのは実に便利だ。可哀想なのであまり使いたくないが、尻ドラム部の発足までは付き合ってもらわないと困る。
「分かったわよ……」
「そのスマホに何が入っているのだ?」
一連の流れを見ていた月野が俺に訊いた。俺は「水瀬の弱み」とだけ答えると、月野はにんまりと下衆な笑みを浮かべた。
「で、なにすんの」
諦めた水瀬は俺から遠からず近からずな距離を取ったまま、手頃な席に着いて言った。
「部員集め。水瀬は誰か入ってくれそうな人知らないか?」
「知らない」
即答。あくまでも非協力的な態度は貫くつもりのようだ。
仕方がないので、アテもなく校舎を彷徨おうと考えたときだ。
「宙くーん……」
教室の入り口に陽子がやってきた。誰かを探していたようで、不安そうに教室内を見渡していた。
「て、俺か」
「あ、いたいた」
俺を見付けた途端に、ぱぁっと表情が晴れ、俺のもとへ駆け寄ってきた。
「どうした陽子」
「うん、宙くんの部活に入りたいって人が私のクラスにいてね……」
「女子?」
前提条件を確認すると、陽子の表情が曇った。
「……男子」
「断っておいて」
「でもね……」
「待ってください、小森様!」
陽子との会話を遮ったのは、教室の入り口に現れた謎の男子生徒だった。
俺の名前を呼んだということは俺に用があるのだろけれど、尻ドラム部に入りたいという男子の時点で俺は関わりたくなかった。
丸坊主だけど顔立ちは悪くない。性格次第では女子にモテるだろうが、俺からすれば第一印象は最悪だ。なんだ、小森様て。
「えっと、彼が入部希望者の……」
「丸井茂夫っす! よろしくっす!」
「あぁ、はい……」
丸井茂夫はずかずかと教室に入ってきたかと思えば、俺の前で正座を始めた。
「お願いします。俺の……俺の尻を鍛えてください!」
「……は?」
土下座する丸井茂夫を見下ろす俺と月野と水瀬、そして陽子。
入部希望者と聞いていたが、ちょっとよく分からないことを言い出したので俺は窓の外を眺めた。
あー、空が綺麗だわ。
*
「姉の友人がSMクラブでSM嬢をやってまして、俺はその人に惚れてまして、一度下僕として扱ってもらったんですけど……『お前の尻の叩き心地は最悪だ』と。それでっすね、尻ドラム部の小森様なら……え? 呼び捨てでいい? じゃあ、小森なら俺の尻の叩き心地についてなんとか出来るんじゃないかと思って来たっす。あ、もちろん俺は尻ドラム役を希望しまっす!」
とりあえず事情を訊いたら、そんな答えが返ってきた。
頭を抱える俺の代わりに月野が口を開いた。
「つまりキミは、SM嬢に気に入られるようなお尻を目指すためにこの部に入りたいと?」
「そうっす」
「お尻を叩かれたいと?」
「うっす!」
「キモッ」
水瀬がドン引きしていた。何も言わないだけで、陽子も少し引いていた。月野だけが興味深そうに話を聞いている。
「悪いが丸井、俺は男のお尻は叩かない」
「なっ……部員足りなくて困ってるんじゃないんすか!?」
「そうだぞ、宙よ。我々に必要なのは頭数だ。見ろ、この創部届けを。丸井の名前を書けば提出出来るではないか」
月野の掲げた創部届けには、すでに四人の名前が記入されていた。
小森宙、月野ありす、水瀬麗、紫藤陽子、と……。
「ぐぬ……確かに月野の言う通りだ」
「えっ……なんで私の名前が……?」
「おや? 陽子殿は入部しないのか?」
「し、しないよ……!」
陽子と月野は俺を見た。陽子の名前を書いておくように月野に言ったのは俺だった。
「陽子」
「なに……?」
「入部してほしい」
「えぇぇ……」
げんなりとした顔で、陽子は心底困っていた。
この場の流れ、雰囲気から断りづらいものを感じ取っているのだろう。それも作戦の内ではある。
「一回だけなら平気だよ」
「なにが……?」
「みんなやってるよ」
「いや……」
「スッキリするよ」
主に俺が。
「あぅ……」
どこかで聞いたことのあるような誘い文句を陽子は強く断れずにいる。危なっかしい奴め。
「駄目か……?」
「そう言ってるんだけど……」
それから俺は、あの手この手で陽子の同情を煽った。
彼女は押しに弱く、十分ほど経って俺が涙を流し始めたらすぐに「分かった」と弱々しく頷いてくれた。
「いいの? よーこ」
「うん……」
強引に連れて来られた水瀬が陽子に同情している。
「あのー、ところで……俺は?」
丸井が自身の入部希望を受け入れられたのかどうか分からずに立ち往生していた。
いくらドMで尻ドラム役をやりたがっていたとしても俺以外の男を入部させるつもりはなかったが、この際背に腹はかえられなかった。
「丸井、お前もよろしく頼む」
俺の差し出した手に満面の笑みを浮かべた丸井。握手を交わし、丸井は創部届けにサインをした。
「宙よ、顧問の先生に考えはあると言っていたがどうするつもりだ? それに部室も気になるところだ」
「あぁ……それなら……」
俺は海崎先生の顔を思い浮かべた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます