第35話 えっ、やだよ?

「へぇ……大変だったのね。澄香には注意しておくわね」


 天寺先輩の騒動の数日後、ようやく音無先輩がやってきた。


 尻ドラムを見てもらった後、紅茶を飲みながら経緯を話すと、先輩は優しく同情してくれた。


 ちなみに紅茶は音無先輩が持ってきてくれたものだった。やはりこちらで用意すべきだと思った。


「それで、演奏とパフォーマンスについて模索中でして」

「うんうん」

「音無先輩はどう思いますか?」

「そうね……まず、お尻の音だけで演奏は難しそうと思うわね。なにか他の楽器も加えるか、そうでなくても音のバリエーションは増やさないと。パフォーマンスはもう、お尻を叩くことがすでにパフォーマンスだと思うわ」


 先輩は笑っていた。だけどそれは、人を馬鹿にするような笑いではなかった。


 尻ドラムを見て楽しんで、尻ドラム部の今後を期待してくれていた。それで自然と笑ってくれたのだ。


 俺はその笑顔が嬉しかった。誇りとさえ思えた。


「楽器を加えるか音のバリエーションを増やす……か」


 俺がぼやくと、水瀬が口を開いた。


「誰か楽器弾ける人いないの?」


 一番可能性があるのはお前だろう、と思いながら周囲を見渡したが、やはりみんな首を横に振るだけだった。


「お尻を増やすか……」


 すると今度はみんな、陽子を見た。


「えっ、やだよ?」


 尻ドラム部で叩く側でも叩かれる側でもない彼女。お尻を増やすとなると新入部員を探すよりも先に陽子が候補にあがるのは自然なことだった。


 数合わせで入ってもらったから無理強いは出来ない。ただ、それを言ってしまえば、水瀬もなんだけどそれは黙っておこう。


 さてどうしたものかと唸っていると、突然扉をノックする音が部屋に響いた。


 開けられた扉の先にいたのは、我が尻ドラム部の顧問である海崎先生だった。


「あら、音無さん」

「こんにちは、海崎先生」


 軽音楽部の部長がいたことに意外そうにする海崎先生だけど、俺からすれば海崎先生がここに来ることが意外だった。


 弱みを握っている俺とは極力関わりたくないだろう。無理矢理顧問になってもらったわけだ、この部とも最低限の関わりしか持たないだろうと勝手に思っていた。


「どうしたんですか? 海崎先生」

「うーん……。顧問を引き受けたけど忙しくてあまり顔を出せてないじゃない? 来れるときは来ようと思ってるのよ?」


 思い違いというか、考えすぎというか、俺が思っていたよりも海崎先生は純粋に顧問であろうとしてくれていた。


「一年生だけの部活だし、心配してたんだけど……大丈夫そうで安心したわ」

「小森くんたちはしっかりしてますよ。先生は見ました? お尻ドラムを」

「まだなのよ、見せてもらえるのかしら?」


 どことなく雰囲気の似ている二人が俺たちを見た。


「まだまだ模索中ですが……」


 そう言って俺は陽子を見た。

 陽子は今こそお尻を叩かれるのではと、慌てて首を横に振った。


 音の追加とパフォーマンス性の向上、陽子を説得するか、新たに部員を募集するか、今後の課題に思いを馳せながら、俺は立ち上がった。


「見ててください、俺たちの尻ドラム」

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