第36話 金脇宮子の幕間 その四

『見学だけでいいから』


 日和にそう言われて連れてこられた放課後の軽音楽部。ちなみに二度目である。


 一度目は体験入部期間中だった。他の一年生に混じっての参加だったし、今回より気が楽だった。


 日和が部室の扉を開けると、大音量のディスコミュージックが私を襲った。


 風間先輩がキーボードとサンプラーを演奏し、その横で天寺先輩がお立ち台に見立てた机の上で赤い扇子を振って踊っていた。


 私のイメージしていた軽音楽部とはかけ離れた光景に、日和は驚くこともなく鞄を隅に置いてキーボード横に設置されたドラムの席に着いた。


 そして、なんの打ち合わせも無しに風間先輩のキーボードに合わせてドラムを叩き始めたのだ。


 さっきはディスコミュージックと言ったけれど、よくよく考えてみれば音楽の知識のない私は目の前で行われている演奏とダンスを的確な言葉で言い表すことが出来ない。


 私なりにありのままを言えば、ディスコミュージックっぽい曲を風間先輩と日和がキーボードとサンプラーとドラムで演奏し、天寺先輩が机の上で踊っている。……どういうこと?


 三人は完全に私の存在を気にせずにそれを続けた。いや、途中でそれが私へ向けた演奏なのではという考えに至ったりもしたけれど、正直嬉しくないというか困るというか……。


 結局それは音無先輩が来るまで続いた。音無先輩もそれを見て、注意するどころか私と一緒に鑑賞しだすし、三人が満足して演奏を終えたのはそれからしばらく後だった。


「それにしても、響子が尻ドラム部に協力するなんてなー」


 演奏後は私を含め五人でテーブル……というか並べた机を囲んでお茶会が行われた。唐突に尻ドラム部という単語を出したのは風間先輩で、私はなんのことか分からなかった。


「まったくですわ」

「あら、だって楽しそうじゃない?」


 天寺先輩と音無先輩がそれに反応を示す。


「尻ドラム部がどうしたの?」


 私は隣に座っていた日和に小声で尋ねた。


「今度、ゲリラライブをやるんですって。それで色々と協力することになったの」


 クッキーを頬張っていた日和の代わりに答えてくれたのは音無先輩だった。


 先輩はとても楽しそうだった。それでも大人っぽく、落ち着いた素振りは相変わらずだ。


「ゲリラライブ……ですか」


 尻ドラム部が……ゲリラライブ? それに、軽音楽部が協力?

 私はとんでもないことを聞いてしまった気がする。


 風紀委員として、獅子原先輩に報告しなければならない案件ではないだろうか。


「ゲリラライブなんて、あたしたちだってやったことねーよ」

「ちゃんと各所に許可を取らないと、問題になりますわよ?」

「分かってるわよ。ちゃんと根回しするよう、小森くんに言ってるわ」


 だけど、これを報告したら先輩は必ずゲリラライブを阻止するだろう。残念だけど、私も獅子原先輩もそれが義務なのだ。


「ところで、金脇さん」

「は、はい」


 音無先輩は風間先輩と天寺先輩との会話を中断して、突然私の方を向いた。


「あなた、風紀委員なんですってね」

「あ、はい……」

「ゲリラライブのこと、心ちゃんに言うつもりかしら?」


 心ちゃんというのは、紛れもなく獅子原先輩のことだった。


 微笑みかけるように私を見つめる音無先輩。私はまるで、先輩に頭の中を見透かされているような感覚に襲われた。


「えっと、その……」


 言葉を詰まらせる私に対して、音無先輩は人差し指を自身の唇に当てて言った。


「お願い……ね?」

「は、はい……」


 他言無用。

 直接そう言われたわけではなかったけれど、先輩の仕草は私にそうさせるには充分すぎるものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る