第34話 小森宙からアレを奪って!

「へぇ、茜がそんなことを」


 風間先輩がやってきた数日後、次にやってきたのは天寺先輩だった。


 出来るだけ失礼のないように訊くと、音無先輩は多忙だと言われた。三年生だからだろうか……いや、風間先輩も三年生だった。


 上品な振る舞いのまま、合わせられた机の席に着く彼女に何かお出ししなければなんて思ってしまう。


 ティーカップどころかお茶すらないこの部室に来てもらうことが失礼に思えてきた。


 俺を含め、尻ドラム部のメンバーも席に着き、ピンと背筋を伸ばしていた。


 天寺先輩には周りをそうさせるオーラがある。よく分からないけど、俺は勝手に納得していた。


「茜が演奏を教えるなら、私はパフォーマンスの方を教えて差し上げます」

「天寺先輩が……?」

「なにかご不満が?」


 細められる目……天寺先輩が俺を睨む。


「いえ……」


 未知数なところが多い先輩ではあるが、このお嬢様オーラ全開のままでパフォーマンスを教示しようとするのは疑念しか抱けない。


 トレードマークの紅い扇子で口元を隠し、ふんと鼻を鳴らす天寺先輩。風間先輩のときよりもやりづらいかもしれない……。


「百聞は一見にしかず」

「見ていただけるっすね!?」


 天寺先輩の言葉に素早く反応した丸井は、言うよりも早くズボンを下ろした。


「違いますわ」

「えっ」

「私が……魅せるのです」


 ズボンを下ろしたまま立ち尽くす丸井。しかし、困惑しているのは丸井だけではなかった。


 先輩は椅子を引いて、そのまま広いスペースの真ん中に置いた。その椅子の上に立ち、俺を手招いた。


 近付くと、先輩はブレザーのポケットからスマホを取り出して俺に渡した。画面には音楽の再生アプリが表示されていた。


「ミュージック!」

「は、はい!」


 合図と受けて再生ボタンを押した。すると、大音量でディスコミュージックのようなものが流れ出した。


 見上げると、まるでお立ち台の上で踊るように扇子を振って踊っている天寺先輩がいた。


 振り返ると、尻ドラム部のメンバーは唖然とそれに目を奪われていた。おそらく俺も同じような表情をしている。固まったその顔のままもう一度天寺先輩を見た。


 慣れた手つきで扇子を振るい、艶めかしく腰をくねらせる。先ほどまでの無表情はどこへ行ったのか、今にも高らかな笑い声をあげそうな愉悦に浸った笑顔で踊っていた。


「こ、これが……パフォーマンス!」


 なにかに衝撃を受けたかのように、丸井が言って踊り出した。天寺先輩を真似ているのだろうけれど、なんというか、彼の踊りには品が無かった。


「尻ドラム同好会! うるさいですわよ!」


 突如扉が開かれ、現れたのは風紀委員の獅子原先輩だった。巡回中だったのだろうか、相変わらず紅いベレー帽と腕章がお似合いだ。


「す、すみません!」


 俺は慌てて手元のスマホを操作し、音楽を停止する。それに合わせて天寺先輩の踊りも止まった。ついでに丸井も。


「あら、獅子原のお嬢様。ごきげんよう」

「学校では先輩と呼びなさいと言っているでしょう? ……ところで、どうして天寺澄香がここに?」


 校外での関わりもあるのだろうか。ある意味親しげな様子の二人が、同時に俺を見た。


 獅子原先輩はどうして天寺先輩がここにいるのかを、天寺先輩はここにいる理由を風紀委員に言ってもいいのかを、それぞれ訊きたそうに俺を見つめる。


 ゲリラライブのことは風紀委員には言いたくなかった。きっと止められるに違いない。


 だから俺は、この場を丸く収める答えを考えて口を開いた。


「天寺先輩は……俺たちにドラムは何たるかを教えてくれるためにここにいるんです!」

「天寺澄香はベース担当のはずですわよ?」


 痛恨のミス! 確かにドラムは小泉さんが担当していた!


 獅子原先輩も天寺先輩もじっとりと俺を睨む。


「嘘をつくということは、何かを隠して……」

「ミュージック!」


 俺は声を張ってスマホを操作した。再生ボタンを押すと大音量でディスコミュージックが流れ、獅子原先輩の言葉を遮った。


 天寺先輩は踊り出し、遅れて何故か丸井も踊り出す。


「あなた達!」


 獅子原先輩が音楽を止めに来たが、俺はその手を振り払うようにスマホを振るう。側から見れば、俺も踊っているように見えるだろうか。


「くっ……照!」


 一人では手に負えないと判断したのか、悔しさを噛み締めた表情の獅子原先輩が大神先輩を呼んだ。


「ハッ!」


 すると、どこからともなく大神先輩は現れた。


「あら、獅子原お嬢様のワンコロが現れましたわぁ!」

「誰がワンコロだ! アマテラス・ミカ!」

「天寺・澄香!」


 天寺先輩は大神先輩と睨み合った。そういえば同学年のこの二人、仲はあまり良さそうではない。


「メイドだか付き人だか知りませんけど、いつも獅子原のお嬢様の後ろに付いて……まるで金魚の糞ですわね!」

「だ、誰が金魚の糞だぁああああ!」

「小森宙! 音楽を止めなさい!」


 獅子原先輩の伸ばす手から逃れるように身体を捻りながら、段々とこの状況が面倒に感じてきた。


 尻ドラム部女子二人も最初こそは慌てていた様子だったけれど、今となっては席に着いて談笑しているではないか。陽子と水瀬……二人?


「ジャスティスムーン見参!」


 月野はジャスティスムーンとなって現れた。

 悪者のいないこの場に現れたのは、お祭り騒ぎに便乗したいだけだろうと容易に想像できる。


「ジャスティスムーン、何故ここに!?」

「知りたくば、追ってくるがいい! ハーッハッハッハ!」


 大神先輩はジャスティスムーンの誘いになんの迷いもなく乗り、廊下を駆けるマスク少女の姿を追った。ジャスティスムーン、グッジョブ。


 そのとき、獅子原先輩が「あぁ……」と落胆の声を漏らしていたが、聞かなかったことにしよう。


「金魚の糞が千切れてスッキリですわね!」

「くっ……照は悪くありませんわ。金脇さん!」

「はい」


 獅子原先輩が呼ぶと、どこからともなく今度は金脇が現れた。彼女は天寺先輩を見た途端、一瞬顔を引きつらせた。


「あら、日和のお友達の」

「どうも……」


 小泉さん経由の知り合いらしい。どうも金脇は天寺先輩に対して一方的に苦手意識を持っていそうな雰囲気があった。


 しかしまぁ、金脇の登場でこの事態を収束出来るとは到底思えない。


「金脇さん! 小森宙からアレを奪って!」


 獅子原先輩がスマホを指差して言う。


 金脇はため息混じりに「分かりました」と返した。


「それを渡してください」

「風紀委員がこの部屋を出るなら音楽は止めるよ」

「だそうです」

「ぐぬっ……」


 いつも冷静沈着な獅子原先輩が終始悔しそうに唇を噛み締めている。それを見て天寺先輩が高笑いしていた。


 結局、風紀委員が立ち去ってすぐに天寺先輩も帰っていった。


 天寺先輩の場を乱す能力は恐ろしいということが分かったけれど、パフォーマンスについては分からず仕舞いだった。


 帰り際に「また来ますわ」と言い残していたからここに来た理由を忘れたわけじゃなさそうだけど、やっぱり音無先輩に来てほしいと改めて思わされた。

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