第41話 そらくんはどっちがすき?

「そらくんは、わたしとけっこんするの!」

「だめ! あたしとけっこんするの!」


 女の子が二人、目の前で口論していた。おままごとの配役が原因だった。


 どちらもママ役をやりたがり、俺をパパ役にさせたがっていた。


 俺が参加することを前提で話が進められているのも納得はいかない。暇を持て余す俺は目の前のおままごとセットから調理器具のオモチャを手に取って、二人の口論が早く終わらないかななんて考えながら積み重ねた。


 塔かピラミッドか、よく分からないけど積めるだけ積んで高くしていたら、やがて二人はそんな俺をじっと見つめて言った。


「そらくんはどっちとけっこんしたい?」

「そらくんはどっちがすき?」


 二人の女の子は最終的に、俺に結論を出させようとした。


 ただのおままごと、どっちでもいいじゃん……なんて思いながら二人を見る。どちらかを選ぶまで話は進まなさそうだった。


「うーん、じゃあ……」


 と、そこでカクンと頭が落ちて目が覚めた。どうやらまた、幼い頃の夢を見ていたらしい。


 授業中だったけれど、先生は気付いていないようで俺は安堵のため息を漏らす。


 夢に出てきた女の子は陽子と水瀬だった。

 俺は振り返って、後ろの席に座る水瀬を見た。


「なによ」

「べつに」


 椅子を蹴られる。


 水瀬の家へ看病に行ってから一週間が経っていた。

 彼女はすっかり回復していたけれど、あの日のことに触れようとしなかった。


 薬代は水瀬が復帰してすぐに強引に渡された。

 べつにいいのに……と思ったけれど、これで借りは無しだからあの日の話は蒸し返すなということだろうと勝手に解釈しておいた。


 熱で頭がおかしくなっていたとは言え、同級生に座薬を挿入されたり、履いていたショーツを渡したりしたことは、きっと恥ずかしい思い出だろう。俺はご馳走様でした、と心の中で水瀬に告げるだけにしておいた。


 さて、結局俺はあのおままごとでどちらを選んだのだろうか。陽子と水瀬は覚えてるだろうか。訊くのもなんだか気が引けた。


 授業も終わり、放課後。俺と水瀬と月野は部室へ向かう。

 部室の扉を開けると、陽子と丸井がいた。


「今日は早いんだな」

「うん」

「さぁ、部長! 練習しましょう!」


 ゲリラライブ決行の日が近付き、メンバーの士気は高まっていた。


 丸井はメンズのTバック一丁の姿でブラックボックスに入り、穴からお尻を出した。やれやれと水瀬が丸井のもとへ向かい、そのお尻を叩く。


「ンホーッ!」

「宙よ、私たちも負けておれんぞ!」


 やれやれだな、まったく。


 月野も制服を脱ぎ、下に着ていたきわどい水着姿となる。


 月野と丸井はブラックボックスに入る際に服を脱ぐ。二人はブラックボックスの中が暑いからと言うが、ただ単に脱ぎたいだけに見える。


 そして陽子はというと、人数分の紅茶を淹れるためにお湯とカップの準備をしていた。


 お尻を叩かれるわけじゃないから練習に参加しないのはいいとして、おいおい、ティータイムは軽音楽部の特権だぞ……。


 軽音楽部にゲリラライブの協力をお願いして以降、部としての交流もしばしば行われた。それが原因で軽音楽部の習慣というか文化というか、とにかく色々と影響を受けたのである。


「ありがとう、陽子」

「ううん」


 彼女は笑って返した。


「さて、紅茶が美味しくなるように先にひと叩きしますか」


 俺はそう言ってシンバルを掲げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る