第42話 青春ね

 一曲の演奏が終わる。俺と水瀬は「ふぅ」と一息吐いた。


「水瀬、途中早くなってたぞ」

「なによ、あんただって途中忘れてたのか知らないけど、誤魔化してるとこあったじゃない」

「アドリブだ」

「あたしもよ」


 俺と水瀬が反省会を始めようとしていると、お尻を引っ込めて月野が顔を出した。


「まぁまぁ。陽子が淹れてくれた紅茶を飲みながら、ゆっくり反省会をしようではないか」

「賛成っす!」


 月野の提案に丸井が乗る。


 陽子の方を見ると、机に並べられたティーカップに紅茶を注いでいる最中だった。


 紅茶の香りが部屋に広がる。仕方ないな……と俺と水瀬は顔を合わせて苦笑した。


 席に着いて俺は部室を見渡した。女子のお尻を触りたいと思い立って始めた尻ドラム部の発足計画。


 月野が入り、水瀬が入り、丸井と陽子も入った。海崎先生が顧問になってくれて、尻ドラム同好会として部が認められた。


 俺は活動として月野のお尻を毎日のように触っていた。活動外で陽子と水瀬のお尻だって触った。俺の望みは叶っていた。


 だけど、今はそんなことよりも風紀委員長に認められるという重要な目標が出来て、それに向かって日々練習を重ねて……。


 俺は満たされていた。


 お尻を触るのに満足したとか、邪な気持ちが無いなどと言えば嘘になる。


 けれど、それと同じくらいにこのメンバーでの活動を純粋に楽しんでいるのだ。

 だからこそ俺は、胸に残るしこりを取り除きたいと思った。


「水瀬、ちょっといいか」

「なによ」


 水瀬は先ほどの反省会が再開されると思ったのか、俺の顔も見ずに応えた。


 俺は立ち上がって、水瀬に廊下で話そうと目配せした。「すぐ戻る」とだけ三人に言って部室を出た。


 廊下で俺と水瀬が向き合う。水瀬は訝しむように、だけどどこか不安そうに視線を泳がせていた。


「改めて、尻ドラム部に入らないか?」

「は? ……あっ」


 何かに気付いたように声を漏らした水瀬は、じっとりと俺を睨んだ。


「……動画」

「消した。あの時は、ごめん……。今の俺は、水瀬に自分の意思で決めてほしいと思ってる」


 そう、俺は昨晩、水瀬への脅迫に使った動画と海崎先生への脅迫に使った画像を消した。


 先生はネットでの女神行為を辞め、コスプレイヤーとしてのSNSのアカウントを削除していた。


 まぁ、ネットの海を探せば画像はどこかに残っているだろうけれど、それはもうどうしようもないわけで……。


 重要なのは気付いた俺が、脅した俺が、どうするかだった。


「今さら卑怯よ……断れるわけないじゃない」

「本当の気持ちが知りたいんだ。今辞めたら俺らが困る、とか思ってるならライブが終わってから辞めてもいい」

「……ばか」

「え……?」


 彼女は伏し目がちに苦笑した。


「ばーか!」

「二度も言うなよ……」


 そして、部室に戻ろうとする。


「おい、返事を聞いてないぞ」

「あたしは辞めない。あたしは好きでここにいるの。みんなと……あんたが」


 キッと細めた目と、上がった口角が彼女の強い意志の現れのようだった。


 だけど、後半はよく考えると少し恥ずかしいことを言っているような……それに気付いたのか水瀬は頬を赤く染めた。


 二人の間に気まずい空気が生まれる。


「青春ね」


 声が聞こえ、振り返ると音無先輩が立っていた。後ろには他の軽音楽部のメンバーもいる。


 そう、今日は軽音楽部と合同で練習する予定だった。


 音無先輩は大人が子どもを羨むような、微笑ましそうな目で俺と水瀬を見ていた。


「音無先輩……いつから?」

「ついさっきよ。お邪魔だったかしら?」

「いえ、丁度良かったです」


 いろんな意味で、と内心添える。


「俺の分の紅茶、飲んでてください。あぁ水瀬、すぐに三つ追加するように陽子に言っといてくれ」

「えっ、どこ行くのよ」


 部室の扉を開けかけた水瀬が俺に問う。


「ちょっと海崎先生に謝ってくる!」


 そう言って、俺は足早に職員室へ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る