第25話 私の……触る?

 それから、俺が浴室で全裸待機するまでに大した時間はかからなかった。トントン拍子に事は進み、俺は呆然と流れに身を任せていた。


 全裸といっても腰にタオルを巻いている。隠すには心許ないタオルだった。


 最後に一緒に入ったときは隠してなかったような……なんて考えていると、背後で浴室の扉が開かれる音が聞こえた。


「見ちゃ、だめだから……」

「あ、あぁ……」


 恥じらいを含んだ陽子の声。従うように前を見ると、壁に貼られた鏡には、一枚のタオルを巻いた陽子が映っていた。

 慌てて目を逸らす。


「お背中お流しします」

「あ、あぁ……」


 そう言って陽子は俺の背中に湯をかけ、タオルとボディーソープを用意した。


 気持ちがいいような、こそばゆいような感覚が背中を上下に移動する。人に身体を洗ってもらうなんて、いつ以来だろう。


 それからしばらく背中を洗ってもらうと、陽子は次に腕を洗ってくれた。されるがままに身を任せる。


 まだ、大丈夫。


「なにが?」

「いや、なんでもない」


 声に出てたらしく、鏡を見ると不思議そうな顔をした陽子がこちらを見ていた。

 陽子に対して、まだ劣情を催していないなんて言えるわけがない。


「脚、洗うよ」

「……どうやって?」


 脚を含め、これ以上洗ってもらうには正面を向かい合わないと困難だった。


「うーん……」


 短く唸り声を上げ、陽子は悩みはじめた。やはり向かい合うという選択肢は彼女も避けたいのだろう。


 ふっ、と俯く。まだ……大丈夫。


「えい」

「え?」


 突然、背中に柔らかい何かが押し付けられた。そして脇から伸びる陽子の腕、肩に当たる陽子の顎。


 まさかそんな。


 陽子は後ろから抱きつくような姿勢で俺の脚を洗おうとしていた。


 背中に当たる柔らかいものはもう、考えるまでもなく陽子の豊満なバストだった。


 タオル越しとはいえ、ボディーソープの泡でぬるぬると背中に密着するおっぱいは柔らかさを増しているような気がした。


 でも童貞だから、普段の柔らかさなんて知らなかった。比較対象は妄想の見知らぬおっぱい。


「あの、胸が当たってますが」

「うん……」


 分かっててやっていた。

 陽子は相手が俺だからと、幼馴染で家族のようなものだからと気にせずこんなことをしているのか? それとも……。


 小悪魔だとか女豹だとか、陽子には似合わない単語が脳裏をよぎる。俺は否定するように首を振った。


 考えるのをやめよう。俺はただ、家族のように親しい幼馴染である陽子とお風呂で洗いっこしてるだけだ。


 しかし、そうは言っても、度の過ぎたスキンシップは童貞の俺には刺激が強く、劣情とか理性とかそんなものとは無関係に、生理現象として下半身に血が集まっていった。


 だから……。


「ストップ!」

「ふぇ?」


 俺は陽子を直接見ないように、身体を捻って彼女を押し離す。戸惑う彼女を無視し、お湯で身体の泡を流して湯船に素早く逃げた。


 呆然とする陽子は、自分の顔が真っ赤なのに気付いているのだろうか。


「いくらなんでも……やりすぎだろ」

「でも、ほら……昔の再現だし」


 昔もこんな風に洗いっこしてただろうか。少なくとも小学生の頃はしていなかった。もっと昔のことはあまり覚えていない。まぁ、それを思い出させたいのだろうけど……。


「ところで、思い出させてどうしたいんだ?」


 結婚の約束を思い出したところで、効力が持続してるとは思っていない。この前の会話のときも、陽子は俺の質問に答えてはくれなかった。


「たぶん、宙くんが前に話した結婚の約束の話は別の人だと思う……」


 その可能性も確かに否定できなかった。となると、陽子の記憶にもその可能性はあるわけで……それはなんだかショックだ。


 ふと、一つの考えに思い至る。陽子もこんな風にショックを受けたのか?


 なんとなく、これまでの流れが合致した気がした。


「だから、えっと、思い出してくれたら……嬉しいなって」


 それだけ、と最後に呟いて、陽子は自分の身体を洗いはじめた。巻いていたタオルを取るものだから、俺は慌てて背を向けた。


 単に無防備なだけなのか、狙った行動なのか。どちらにしろ、今の俺に直視する度胸はなかった。


 それからしばらく、沈黙が続いた。陽子が身体をタオルで洗う音、お湯を身体にかける音が響く。


 一通り洗い流したのか、立ち上がる気配……そして湯船に浸かってきた。


 俺は陽子が入れるように身を縮めて隅に寄った。お湯の量が増し、背中に何かが触れた。先ほどの胸とも違う感触は、陽子の背中だった。背中合わせで湯船に浸かっていた。


「思い出した?」


 沈黙の末に陽子は言った。

 口を開いても緊張で声が出なかったから、首を横に振った。


「そっか……」


 こつん、と後頭部がぶつかる。


「月野さんのお尻って、どんな感じ?」

「……はい?」


 またも急に、何を言い出すんだこいつは……。


「いつも触ってるでしょう? どうなのかなって」

「どう……って言われても」


 俺は月野のお尻を思い出す。部活で触る月野のお尻、自室で触った月野のお尻。


「柔らかいけど……ちゃんと筋肉もあって、弾力が絶妙というか……」

「ふぅーん……」


 冷たい相槌を打たれる。訊いてきたのはそっちだろう。


「ま、月野のお尻しか触ったことないから、月野のお尻が特別どうのこうのって話はできないかな……」


 予防線を張ったつもりだけど、何に対しての予防線か自分でもよく分からなかった。


「私の……触る?」


 どきりと心臓が大きな鼓動を打ち、脈が早くなる。


 何を言っているのかなんて明確で、俺の答え次第で事は本当に進んでしまいそうで……。


「冗談……」

「に聞こえる?」


 長い付き合いだ、冗談や嘘なんかはお互いすぐに見抜ける。それでも確認してしまうくらいに冗談のような提案でして。


『あなたの発足した奇妙な部活は、人を狂わせる』


 風紀委員長、獅子原先輩の言葉を思い出した。もしかして、これもそうなのか?

 だとしたら、俺自身も狂いはじめているみたいだ。


「……触る」


 陽子のお尻を触りたいと思うなんて、以前の俺からすれば狂ってるとしか言えなかったから。


「分かった……」


 陽子が後ろで立ち上がった。お湯が波打つ音を立て、水かさが減る。振り返ろうとすると、待ってと言われ制止された。


「恥ずかしいから……こう」


 陽子は湯船からあがり、中にいる俺にお尻を向ける形で、湯船の外からその縁に座った。上手い具合にお尻と背中しか見えない。


 自分が生唾を飲む音がやけに大きく響いた。


 縁に座ることで押し潰されたお尻は、だらしなく崩れた形で俺の視界を独占している。


 月野のお尻よりも大きく、それでいて柔らかそうだった。


「触っていいのか……?」

「う、うん……」


 羞恥と緊張が入り混じったような、うわずった声だった。


 そっと指先が触れると、陽子は短い悲鳴をあげた。俺は慎重にゆっくりと、胸の奥で感じる何かを探るように、目の前のお尻に触れた。その何かはすぐに分かった。


 それは背徳感だった。


 次第に俺の手は、触れるだけでは飽き足らずその尻肉を揉みはじめた。深く沈む指、鷲掴み、パンの生地をこねるように、揉みしだく。


「あっ、ん……」


 陽子の嬌声が浴室に響く。俺は気にも留めず、彼女の尻肉を弄んでいた。


 陽子は俺にお尻を突き出すように前屈みになっていた。意図してか、俺が揉むせいで引っ張られたのか、どっちにしろ、お尻の割れ目は自然と開かれ、隠れていたアナルが晒されていた。


 陽子は吐息を漏らしながら天井を見ていた。


 これ以上は後戻りできなくなりそうで、直視してはいけないと感じた俺は視線を逸らした。それでもまぁ、ちらちら見てしまうのは童貞の性。


 しかし、こんな夢みたいな時間はいつまでも続かない。思っていたよりも突然に、予想外の邪魔が入ることで終わりを迎える。


 突然、浴室の扉が開かれた。


 月野だった。月野がきょとんとした目でこちらを見ていた。


「つ、月野? なんで……?」

「本を返しにきたのだが……邪魔してしまったようだな」

「つつつ月野さん! これはちちち違うの!」


 動揺を隠せない陽子は何かを弁明しようとしていたが、この状況を理解してもらえるように、しかも手短に説明するのは簡単なことではなかった。


「これはね? 結婚の約束を」

「ほう! 結婚の約束! つまり、やることをやった宙は責任を取ると!」

「待て陽子、話がややこしくなる」

「今はね、宙くんがお尻を触りたいって」

「それはいつものことだな」

「そ、そうだけどね?」

「なんか俺が変態みたいな言い方だな」

「変態でしょ……?」

「変態ではないか」


 変態でした。

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