第26話 おかしくないもん
それから、月野には部屋で待つように言って俺と陽子は風呂を上がった。
月野は経緯さえ説明すれば、すんなりと理解してくれた。月野曰く、俺が何をやっても驚かない、らしい。なんだそれ。
あと、ぶっちゃけ二人がそういう関係でも驚かないとも言っていた。ちょっとよく分からない。
「で、なんで人ん家の浴室まで入り込むんだ?」
「玄関は開いていてな、声をかけても返事がないものだから、勝手にあがらせてもらったのだ。宙は部屋にいないし、少し探索させてもらっていたらお風呂から声が聞こえて……」
なんとなく、月野なら仕方ないと思った。
そして、来るのを知っていたなら言ってよと言わんばかりにじっとりと俺を睨む陽子。
確かにスマホには月野からのメッセージと着信が数件入っていた。でもそれはお風呂に入りはじめた後のもので、気付くことはできなかったのだ。
ベッドに腰掛ける陽子と月野を正面に俺は床に座っていた。二人が並んで座っているのを見て、ふと疑問が浮かんだ。
「二人って、普段喋ったりしてるのか?」
すると二人はきょとんとして、顔を見合わせた。
「何を言う、私たちは友達同士だぞ?」
月野の一方的な発言に、陽子は頬を掻いて苦笑していた。俺と目が合うと、彼女は困ったように頷いた。
「部活がきっかけ?」
「厳密に言えば、宙がきっかけだな」
やはりまた、月野が答えた。どうも一方的な気がしないでもない。
「どういうことだよ」
「私が宙に興味を持ったとき、宙がどういう人物なのか調べさせてもらったのだが、そのときに色々と教えてくれたのが陽子というわけだ」
「そのあとも、だね」
陽子が補足する。
「うむ。宙との人としての付き合い方を陽子は心得ていたからな。勉強させてもらっている」
やっぱり一方的じゃないか。しかも俺との付き合い方ってなんだよ。
「まぁ、陽子は私のことをライバル視している節もあるのだが」
「ライバル? なんで?」
「分からないのか? 宙のことが……」
「あーあー!」
陽子が急に声を上げ、月野の言葉を遮った。慌てた様子の彼女は月野の頬を左右から両手で挟んで、それ以上の発言を防いでいた。
「ひゅあんひゅあん」
唇が尖るほどに頬を押し潰されている月野が、たぶん謝罪の言葉を発している。
「あそこまで大胆かつ積極的だとは知らなかったが……」
月野は自分の頬を撫でながら言った。
「月野さん?」
これ以上は何も言うな、といった感じで陽子はじっとりと月野を睨んだ。
「う……。あ、そういえば宙にこれを返しにきたのだった」
上手く話を逸らしたつもりでいる月野だったが、ちょっと待ってほしい。陽子の前でその二冊のエロ本を俺に差し出すな。
「なにこれ?」
受け取るのを躊躇っていると、陽子が横からそれを取った。
「宙のものだ」
「おい待て」
「ふーん……」
陽子は二冊の本と俺を交互に見た。そして、頬を染めた。
「私も……借りていい?」
「は!?」
予想外の一言に驚きを隠せなかった。月野と関わっているせいで影響を受けているのだろうか。
「今日のお前、なんかおかしいぞ?」
「おかしくないもん」
俺は助けを求めるように月野を見た。彼女はニヤニヤと笑うだけだった。
たぶん、この女は俺のエロ本を陽子の前で出すことで、二人がどう反応するか見たかったんだ。なんて悪魔だ。
「いいではないか、減るものでもなかろう」
「なにか大事なものが減りそうなんだが……」
信頼とか信用とかそんな感じのもの。そもそも、女子にエロ本を貸すという行為がおかしな話なのであって……。かといって、月野に貸すのはよくて陽子は駄目というのも不公平な気もする。
「ま、いっか……」
面倒なのでこれ以上は考えないことにした。これがきっかけで陽子が月野みたいになっても、そうなったときに対応を考えよう。
「ところで、以前も思っていたのだが……」
「なんだ?」
「宙の部屋には、やけにぬいぐるみがあるな」
月野が俺の部屋を見渡す。俺と陽子もつられて見渡したけれど、どれも見慣れたものだから途中で止めて月野の方を見る。
「全部、陽子が作ったんだ」
いらないと言っても持ってくる。しまい込むと陽子があからさまに残念そうな顔をする。仕方ないから飾っていた。
机の上やタンスの上、至るところに飾られた可愛らしい動物のぬいぐるみは、十数個ある。
ちなみに、陽子の部屋はこれとは比べ物にならない膨大な数のぬいぐるみが飾られている。
「本当か!?」
月野が陽子に詰め寄る。
「う、うん」
「陽子は手先が器用で、手芸とか裁縫が趣味なんだよ」
「なんと……。で、では、コスプレ用の衣装なども!?」
「難しいのじゃなければ……」
「じ、実は作ってほしいものが……いや、着るのは知り合いでだな……」
月野は持ってきていたリュックから一枚の紙を取り出した。たぶん、あのリュックにはいつものマスクとか入っているんだろうな……。
「これなのだが……」
差し出された紙を広げる陽子。俺はその紙を覗き込んだ。
ジャスティスムーンの衣装のデザイン案だった。知り合いって言ってたけど、ジャスティスムーンのことだったようだ。お前じゃん! という野暮なツッコミは置いておこう。
ところで、陽子はジャスティスムーンの正体を知っているのだろうか?
「ジャスティスムーン……月野さん、知り合いなの?」
どうやら知らないらしい。
「うむ、知り合いだ。知り合い」
目を逸らして言う月野はあまりにも怪しい。
「そうなんだ……今度、お礼言いたいな」
けれど、陽子はあっさりと信じて疑わなかった。
「……分かった、頑張って作るよ!」
「ありがとぉー!」
無邪気な笑顔で陽子に抱きつく月野。
それからしばらく、二人はジャスティスムーンのコスチュームについてあーだこーだと話し合っていた。
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