第7話 さては私に見惚れていたんだな?

 俺は月野と友達になったらしい。

 本屋での出来事の翌日、教室で月野から俺に声をかけてきたのには正直驚いた。


 流石にエロ本云々の話はしなかったが、まるで最初から友達だったかのように接してくるものだから、俺はその度に挙動不審になっていた。


 あれから数日経った。

 月野は変わり者だが友達は多いみたいで、俺を嫌っていたクラスメイトの女子が友達の友達という理由で少しだけ優しくなった気がした。相変わらず無視されたりはするが、俺を大きく避けて歩いたりなどはなくなった。


 一部からは俺が月野の弱みを握っていて、彼女は無理矢理付き合わされているという噂が立っていたが、大半は変わり者同士が連んでいるだけということで納得している。


 それでもこの学校に月野がエロ本を買うような女だと知っているのは俺だけのようだ。


 秘密の共有というものは共有者同士の距離をぐっと縮めるもので、普通に接していたらここまで親しくなるのに数年はかかるんじゃないだろうか……ってくらいには月野と俺は親しくなった、と思う。


 なんて考えながら食堂の対面の席に座る月野を眺めていた。


「冷めるぞ?」

「ん、あぁ……」


 ぼーっと考えごとをしていた俺は、月野に言われて今日の昼食に選んだカツ丼をちまちま食べた。

 食堂へ誘われたときは驚いたものさ。周りだって少しざわついていた。


 カップルでもない男女二人が一緒に食堂で昼食をとるなんて、ここじゃあまり見なかった。特に一年生は、周りから浮くようなそんな行動を控えがちな傾向がある。


「それにしても助かったぞ。弁当を忘れてな、購買でもよかったのだが……折角だから初めての食堂に挑戦しようと思ったのだ」


 他に同行してくれる人がいなかったらしい。


 弁当の持ち込みは食堂利用者の席が無くなってしまうため原則禁止となっている。急な誘いじゃ、弁当を持ってきている人はここで食べることが出来ないから仕方ないだろう。


 俺も誘われなかったら教室で弁当を食べていたはずだ。……実は持ってきていた弁当は家に帰って食べよう。


「部活勧誘の方は順調か?」

「さっぱりだよ」

「まだ声をかけていない人もいるだろう」

「あー……」


 月野とか。


 俺は悩んでいた。月野アリスを尻ドラム部へ誘うことを。

 月野が何故、俺とこうして親しげに話してくれるかも分からない。


 もしかすると、俺が月野に対して勧誘を行わないからかもしれないのだ。だとすると、勧誘した時点でこの関係は崩れてしまうんじゃないか、そう思って俺は月野を尻ドラム部に誘えなかった。


 まるで、好きな女子との友達という関係を壊したくなくて告白できない男子、みたいで馬鹿馬鹿しいと思った。でも、否定出来なかった。


 うどんをすする月野を見ていると、目が合って、逸らしてしまった。


「なぜ目を逸らす? やましいことでもあるのか?」

「いや、別に……」

「そういえば、この前の本はどうだったのだ?」


 この前の本といえば、月野が買おうと悩んでいたのに俺が買ってしまったエロ本のことである。


 あれ以外に月野の言う「本」が思い当たらないのは、俺たちの付き合いの短さを示しているようで少しもどかしかった。


「良かったよ」

「素っ気ないな。もっと具体的なレビューを所望する」

「食事中にできるか!」


 あはは、と笑う月野の笑顔に一瞬どきりとしてしまう。やっぱり俺は月野を女として意識しているのだろうか。


 そこいらの女子にも、陽子にも感じないこの感覚に胸が苦しくなった。

 きっと、少し仲良くなっただけで意識してしまう童貞特有の病気だろう。この後も会話の受け答えに関する反省会が脳内で繰り広げられるに違いない。


 月野の男子からの人気は目を見張るものだった。入学からひと月と経たない間に一年生トップクラスの人気と言われていた。勧誘活動のために日々校舎を駆け回る所為で、そういった情報が自然と耳に入ってくるのだ。


 ちなみに、陽子も人気だった。

 なんでも、上級生から告白までされたとかいう話もある。真相は知らないが陽子は好きな人がいると言って断ったとかなんとか……。


 これはこれで気になる情報だったけれど、本人から直接訊き出していいのか分からなかった。


「どうした? さっきからぼーっとして」

「なんでもない」

「ははーん、さては私に見惚れていたんだな?」

「ばっ、ばっきゃろう!」


 上手く誤魔化せただろうかなんて内心ハラハラしていると、校内放送が食堂に響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る