第6話 制服でエロ本を買おうとするなよ
女子生徒のお尻を追いかける日々の疲れが……いや、欲求不満が溜まり、その日は勧誘活動を早々に切り上げて帰宅した。
追いかけても追いかけても触れることの出来ないもどかしさは、健全な男子高校生を欲求不満にさせるには十分すぎた。
俺にとって唯一の方法で欲求不満を解消しなければならないのだけれど、それにはいわゆるオカズが必要なのだ。
動画か画像か。二次元か三次元か。
俺は部屋のパソコンを起動し悩んだ。あらゆる成人向けサイトの年齢確認画面を無視して進んだ。
結局、俺はパソコンから離れた。
苦労もせずにネットの海から得られるオカズで満足していいのか?
俺は日々の苦労を思い返した。
忌み嫌われながらも行う勧誘活動。変態と呼ばれ、孤立し、高校生という貴重な期間を棒に振っていると思うことさえある。
もしこの苦労を経験せずに、はいどうぞと女の子からお尻を突き出されたら触るか?
触らないわけがない。……それとこれは話が別だ。
俺は制服から出来るだけ大人っぽい私服へ着替え、財布と自転車の鍵を握りしめた。
目的地は家からも学校からも離れた本屋。前から気になっていた、大人向け商品のやけに多い店だ。
エロ本を店で買う……俺は今日、大人の階段を上る!
家を出るとき、丁度学校から帰宅した妹の星子(せいこ)と入れ違いになった。
美術部所属の中学三年生。
部活動に行ったにしては中途半端な帰宅時間だけど、詮索するほど興味もわかない。
黒髪ロングで黒縁眼鏡が特徴の地味な妹を尻目に家を出ようとする。
「おかえり……いってきます」
「ただいま、どこ行くの?」
「えーっと、ちょっとそこまで」
どこまで? と不思議そうな顔をされたものの、ついでに帰りにコンビニでアイスを買ってくるように頼まれたくらいでそれ以上詮索されることはなかった。
エロ本以外の目的があるだけで随分と気持ちが楽になった。
正直、星子と顔を合わせた時点で後ろめたさが出てきたりもしたけれど、健全な男子高校生の欲求不満がこの程度のことで萎縮されるわけがなかった。
自転車を三十分ほど走らせやってきたのは、寂れた小さな本屋だ。エロ本童貞を卒業すると思うと、この本屋が風俗店かなにかに見えた。風俗店なんてよく知らないけれど。
店にいるのは店員の大人しそうな老人一人だけ。アダルトコーナーに暖簾は無く、通常の本の並べられた棚の横に同じようにエロ本が並べられている。
条件は悪くない、悪くないのだが……。
クラスメイトの美少女ハーフ、月野アリスがいた。
宝石のように輝くブロンドのショートヘアが薄暗い店内を眩しく照らしていた。エメラルドグリーンの瞳に映る俺は、どんな顔をしているのだろう。
「……ハロー」
「話すのは初めてだが、日本語で話しているのを聞いたことくらいあるだろう?」
制服姿の月野の身体が本棚から俺へと向きなおる。学校指定の制服でエロ本を物色するなというツッコミは置いといて。
異国の血が流れている所為か、同年代の女子と比べたら背は高い方だ。決して俺の背が低いわけではない。だってほら、背筋を伸ばせば俺の方が背は高いだろ?
陽子には劣るが胸もそこそこあり、スポーツでもやっているのだろうか、全体的に引き締まった身体のラインが健康的なエロス!
「そうだったかな、ごめん」
「謝るほどではない。面と向かって話すのは初めてだからな、噂の小森宙くん」
水瀬といい月野といい、最近はクラスメイトの女子と縁があるらしい。素直に喜んでいい状況かはともかく。
それにしても流暢な日本語なのにどこか独特な話し方だ。
「良い噂だといいな」
「良い噂は聞かないな。それにしても、もっと変人だと思っていたぞ。私に声をかけてきたこともないし、今も遠慮してるのか?」
遠慮というより、緊張していた。初対面の女子に声をかけるのは慣れていたけれど、会話と言えるほどの会話が成立することはあまりなかった。
その上、こんなに可愛くてしかもハーフとなるとむしろ緊張しない男子高校生は普段どんな生活を送っているのか気になるくらいだ。
それにもう一つ、俺が動揺する要素があった。月野は右手に一冊のアダルト雑誌を持っていたのだ。
女子高生がエロ本を買うという行為が俺の狭い社会常識に含まれておらず、童貞の想像、いや妄想から察するにこれはある種のプレイなのではないかという結論に至った。
つまり、プレイを強要する彼氏的、ご主人様的、あるいはパパ的な存在がどこからか観察しているに違いない。
俺は慌てて周囲を見渡したが、レジで新聞を読んでいるおじいさんしかこの店内にはいなかった。
まさかあのおじいさんが!? だとすると一層マニアックなプレイに感じるが……流石にないか。
「何を探しているのだ?」
「いや、なんでもない……。それよりそれは……」
俺は月野の持つ雑誌を指差した。
「これか? ……ふっ」
鼻で笑われた。
「キミがお買い求めになるのはこの『SM倶楽部五月号』か?」
月野は持っていた本を俺に差し出して言った。そしてもう一冊、本棚から取り出した。
「それともこちらの『桃尻ガールvol.12』か?」
謎の選択を求められた。
前者はSMもののアダルト雑誌だ。
全裸で縛られた女性がお尻をこちらへ向け、鞭や蝋燭といった刺激を求めている姿が飾られた表紙が印象的だ。
見出しは大きく『醜くなるまでお尻を打って。スパンキング特集』だった。
後者はお尻をメインにしたアダルト雑誌だ。
SMではないため、責めるような内容ではなく、綺麗なお尻を愛でることが趣旨とされているのだろう。
Tバックやフルバックのショーツ、生尻など様々な様式で強調した複数のお尻が並べられた魅力的な表紙である。
どちらかを選べと言われたら俺は「桃尻ガールvol.12」を選びたい。
だが、素直に取っていいのか? クラスメイトの女子に差し出されたエロ本を受け取ってもいいのか?
ここで受け取ってしまったら、きっと明日からは学校で「クラスメイトの女子からエロ本を手渡しされて悦ぶ尻フェチ小森」と呼ばれるに違いない。そんな変態みたいな呼称、俺は嫌だ。
「普通の本を買うっていう選択肢は……?」
「怖気づいたのか? もっと突き抜けた変態だと思っていたが、買いかぶりだったか?」
なんなんだこいつは。
これはおそらく、プレイの一環ではない。俺の変態度合いを試しているのだ。
何故だ? それを訊くにはまずこの関門を突破しないといけないようだった。
……面白い。
俺を試すような物好きな女に、俺は精一杯応えてやらなければならないと謎の使命感に駆られた。
そして、試したことを後悔させてやらなければならない。
転んでもただじゃ起き上がらない俺は、彼女に俺と同様の辱めを受けさせてやる。
明日からお前は「クラスメイトにエロ本を手渡して悦ぶ変態月野」と呼ばれることになるだろう。
彼女の澄んだ瞳が俺を見ている。まるで心まで見透かされているようだ。
……受けて立つさ。
「俺は……」
俺は「桃尻ガールvol.12」を取ろうとした。
尻を叩くことよりも、尻を愛でる方が好きだから。
尻ドラムなんて女子のお尻を合法的に触る言い訳にすぎないのだ。
だが待てよ?
月野は俺が、女子のお尻で尻ドラムをやりたい男と認識しているはずだ。
つまりこれは、俺がお尻好きかスパンキング好きかを見分けるためのテストかもしれない。
だとすると、俺はどうするべきなのか?
素直にお尻好きを告白するか、今後尻ドラム部の発足を成功させるために、あたかもお尻を叩くことに情熱を注いでいる男を演じるべきか……。
確かに、尻ドラムをやりたい人とお尻を触りたいだけの人とでは前者が信頼を勝ち取りやすいだろう。だったら俺は「SM倶楽部五月号」を選ばなければならない。
俺の伸ばした手は二冊の間を漂っていた。
選びたいものと、選ぶべきであろうもの。月野が提示したこの選択肢に一体全体どんな意図があるのか、考えたところで明確な答えが出ることはない。
だったら……。
彼女は不敵な笑みを浮かべ、俺の答えを待っている。
「俺は……両方買う」
「ほう……!」
月野はそう来たか、といった様子で目を見開いたあと、にやにやと笑いながら二冊の本を渡してきた。
「やはり面白い男だ」
*
「結局なにがしたかったんだ?」
月野が向かうバス停と俺の帰り道が同じ方向ということもあって、二人で話しながら歩いた。
「うむ、私がどちらを買おうか悩んでいたときに丁度キミが現れてな。キミならどちらを選ぶか興味が湧いたのだ」
「どっちか買うつもりだったのか!?」
「冷やかしのためにここまで来たと?」
真顔で返す月野の言葉が冗談ではないことを示していた。俺が試されるまでの経緯は分かったけれど、月野という人物への理解が追いつかない。
いや、難しい話じゃない。月野はエロ本を買う女子高生というだけの話だ。ただ俺が、エロ本を買う女子高生を理解出来ていないだけだ。
エロ本を買う女子のクラスメイトとの接し方を心得ている奴がいるなら今すぐアドバイスが欲しいところだが、女子高生だろうが男子高生だろうが関係なく言っておかなければならないことがある。
「制服でエロ本を買おうとするなよ」
「あっ……」
私は高校生ですと言いながらエロ本が買えるわけがない。月野は自分のミスに気付いていなかったようだ。
月野は口をパクパクと動かしながら自分の服と俺を交互に見た。
「これは……コスプレだ……」
「いや現役だから」
これ以上言っても可哀想だからもう言わないけれど、彼女の抜けた一面を見ることで少し安心した自分がいた。
「買えたかは置いといて、悪いことをしたな」
俺は二冊のエロ本が入った袋を見て言った。
「何がだ?」
「俺が二冊とも買ったこと」
わざわざここまで来た月野は手ぶらだ。俺は一人で買い占めたような形になってしまった。
「なぁに、楽しませてもらったぞ。それに……」
並行して歩いていた月野が俺の前へ出た。
「使い終わったら、貸してくれよ?」
「使うってお前……」
それは読むと言うよりもずっと生々しい表現だった。
水瀬との会話を思い出す。
あいつは俺をからかい、それに対抗したらセクハラ扱いしたけれど、月野はどうだろうか。
「貸したらお前も使うのか?」
月野はこちらをチラッと見て口角を上げた。
「想像にお任せしようじゃないか」
上手く切り抜けやがったと一瞬思ったが、ちょっと待て。
クラスメイトのハーフ美少女が俺のお古のエロ本でオナニーしているのを想像していいと本人から承諾を得たということか⁉︎
月野を見ると、店で俺に本を渡してきた時と同じ顔で笑っていた。
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