第8話 いや、ぶっちゃけ触りたい

「どうして職員室に呼ばれたか、分かる?」


 俺のクラスの担任である海崎美優(かいざきみゆう)先生はおっとりとした口調でそう言った。


 緩やかなパーマをかけたハーフアップの黒髪。シャンプーだかリンスだかのとてもいい匂いが俺の鼻腔をくすぐった。


 眼鏡越しの垂れ目は俺の目を見つめているが、俺は先生のブラウスから溢れんばかりに自己主張する豊満な胸に釘付けになっていた。


「小森くん?」

「あー、分かりません」


 椅子に腰掛ける先生を見下ろすような状態なので、どうにか襟の隙間から胸の谷間が見えないかと身体を揺らした。


 スカートから伸びるすらっとした脚が薄手の黒いストッキングに覆われている。俺は胸と脚を交互に見続けた。


「新しい部活を作るために、女子生徒に声をかけ回ってるそうね」

「心当たりはあります」


 それにしても女教師という卑猥な単語を体現したかのような人だ。どれだけの男子生徒が妄想の中であんなことやこんなことをしたりされたりしたしたのだろうか。

 実にけしからん。


「なんでも、お尻を叩くとかどうとか……」


 心当たりしかありません。


 先生に尻ドラムについて熱く語ったり、なんなら顧問になってくれなんて言うのもありかと少し考えたけれど、呼び出しを食らって注意されている今は火に油を注ぐようなものだ。メンバーを揃えてからの方が認めてもらい易いんじゃないかとも思う。


 俺が何も言わないでいると、海崎先生は深くため息を吐いた。


「よく分からないけれど、そういうことはしちゃだめよ?」

「すみません、気を付けます」


 そして、先生のお尻を叩きたいです。


「うーん……気を付けるというよりも、もうそういうことは禁止です」

「え?」


 先生の身体を観察するのに夢中になっていた俺は、何を言われているのか瞬時に理解出来なかった。


「新しい部活を作るための勧誘行為は……だめです」


 先生は両手の人さし指でバツ印を作って俺を睨んだ。

 勧誘行為を禁止する、そう言っているらしいが先生のあざとい仕草が可愛くてそれどころではなかった。


 *


「悪目立ちしてるよ?」


 職員室から戻り、教室で頭を抱えている俺に対して陽子が心配と呆れを交えた声色でそう言った。


 だけど、その警告はすでに遅かった。

 俺が女子のお尻を叩きたがっているという噂が……というか事実が学校中に広まっていた。


 しかし、海崎先生から厳重注意及び勧誘活動禁止を言い渡されたからと言って、ここで止まってしまっては黒歴史で終わってしまう。


 俺は止まるわけにはいかなかった。これから傷口を広げるようなことをしたとしても、その傷口が未来への扉に変わると信じているのだ。


「陽子、俺は女子のお尻を叩きたい。いや、ぶっちゃけ触りたい」

「最近、悪い人を成敗するお面を被った女子生徒がいるんだって。宙くんと同じくらい噂になってる」

「らしいな」


 それもどこかで聞いたことがあった。あまり興味がなくてすっかり忘れていたし、たぶんまたすぐ忘れると思う。ヒーロー気取りなんて中学校にもいたから珍しくも思わなかった。


「成敗されないように気を付けてね」

「俺を悪者扱いするのか? 部活の勧誘をしてるだけで?」

「先生に呼び出されるくらいには悪いことしてるよ……」


 陽子はため息を吐いて立ち去った。彼女と入れ違いに教室へやって来たのは、二年生の如何にも不良やヤンキーと呼ばれていそうな男子生徒数名だった。


「小森ィ! 面貸せやァ!」


 彼らが言い放つその言葉を聞いて、教室にいた生徒全員が俺を見た。

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