第9話 マザーファッカー

 階段の踊り場で不運と踊っているのは俺だった。不良の二年生三人に順番に殴られている。


「俺の女にお尻叩かせろって言ったんだってな?」


 不良の後ろで傍観していた女子生徒三人が頷いた。

 確かに俺は目にとまった女子生徒に片っ端から声をかけていた。その内の一人がこの不良の彼女だったというわけだ。


 他二人は知らない。きっと友達なんだろうけど、容姿が好みじゃないから俺は声をかけていないのに、なぜ私も言われましたみたいな顔で頷いているのだろうか。


 きっと「あの子は声をかけられたのに私は声をかけられていないなんて、負けたみたいで許せない!」的なプライドか何かだろうけど、こちらとしては冤罪みたいで腹立たしい。俺は彼女たちに中指を立てたくなった。


 それと、下の階からこちらを傍観する野次馬の中に見覚えのある顔があった。

 クラスメイトのギャル、水瀬麗である。


 きっと同族である不良に連れ出された俺の結末を見て面白がるためについてきたのだろう。

 だけど、どこか不安そうにこちらを見ている気がした。


「ただの部活勧誘……」

「だったら許されるってのか、よ!」


 そう言って腹を殴る二年生。

 ぐぇ、と声を漏らす俺。


 話すか殴るかどちらかにしてくれ、なんて思いながら俺は不良の気が済むのが先か、誰かが先生を呼んでくるのが先か予想を始めた。早く来てくれ先生。


「そこまでだ!」


 教師にしては声が若く、台詞が清々しいほどに演技がかっていた。

 下の階の野次馬が左右に分かれ、中央の道を歩んできた声の主は木刀を持った女子生徒だった。


 注目すべきはその顔を覆う仮面だ。日曜の朝に放送されている特撮ヒーローのお面で顔を隠している。


「誰だお前?」

「なんだお前?」

「お面なんかつけてふざけてんのか?」


 不良が各々の反応を見せるが、正直俺も気になった。

 誰が俺を助ける? なぜ俺を助ける? なんなんだあのお面は?


「通りすがりのヒーローだ。名前はまだない」


 階段をゆっくり上りながら、彼女は言った。

 ふと、陽子が噂話を聞かせてくれたことを思い出した。お面を被った生徒が悪者を成敗している、と。


「ざっけんなてめぇ!」


 右の男子が仮面少女のブレザーの襟を掴もうと前に出た瞬間、仮面少女はワンステップ踏んでその男子の脇腹を木刀で叩いた。


 そして身を翻し、状況の飲み込めていない左の男子の脇腹を叩き、呆気に取られていた中央の男子の鳩尾を柄で突いた。


 一撃目から十秒も経たない間に三人の不良を倒した仮面の少女は、無い鞘に木刀を収める動作を取って言った。


「マザーファッカー」


 不格好なお面に似合わない、ただならぬ雰囲気の彼女を見上げ、俺は呆気にとられた。

 というかその台詞、不良や俺がいうならともかく、ヒーローの言う台詞ではないだろう。


「大丈夫か? 小森宙」


 よろめく俺を心配してくれる彼女のその声、背丈に覚えがあり、彼女の正体に関して心当たりが生まれた。


「えーっと……」

「ここは目立つ、それにもうすぐ先生も来るだろう。場所を変えよう」


 そう言って彼女は俺の手を握り、階段を駆け降りた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る