第10話 刺激的な部活なんだけど……

 陽子に手を引かれ、中庭にやってきたのも記憶がまだ新しい。

 それを上塗りするかのように俺は仮面の少女に手を引かれ、中庭に連れられた。


「驚かないのだな」


 仮面の少女は手を離して言った。彼女自身に対してのことだろうか。


「中学にも似たようなやつがいたんだ」


 正体を隠して、ヒーローごっこするやつが。だから慣れてる、というわけでもないけれど、いちいち驚くこともなかった。


「助かったよ、月野」

「な!? ひ、人違いだぞ!?」


 俺の言葉に激しい動揺を見せた仮面の少女は、やはり月野アリスだったようだ。


 しかし、否定するのは匿名のヒーローを演じたいからだろうか。

 恩人に恥をかかせないよう、俺は話を合わせることにした。


「違うならすまない。なんて呼べばいい?」

「実は名前がまだ決まっていなくてな……ブレザームーンという候補がある」

「うわぁ」


 似たような美少女戦士を知っていた。確かにうちの制服はブレザーだけど、だからってそれは安直だろう。


「ムーンか………ブレザー戦隊ムーンレンジャーとかどう?」


 月野だからムーンという安直な発想を尊重して、語感がいいからというだけで提案してみた。特に深い意味はない。


「考えてくれるのはありがたいが……検討させてもらおう……」


 なにか言いたげな様子だ。少なくとも良い反応ではなかった。

 確かに一人でレンジャーは違和感あるな……まぁいいか、話進めたいし。


「ところで、噂は聞いてるよ。どうして俺を助けてくれた?」

「困っている人を助けるのがヒーローだからだ。それに噂ならこちらも聞いているぞ? 『尻ドラム小森』」


 月野と話しているいつもの調子を掴めてきた。

 そして、相手は月野じゃなく匿名のヒーローだと自分に言い聞かせることで、いつもより少しだけ話しやすかった。


「俺もそいつで成敗されるのかな」


 冗談交じりに木刀を指差して言うと、月野はそれを俺へ向けた。


「要注意人物であるのは確かだが……キミも困っているのは知っている。何か協力してあげたい」

「本当か!?」


 思いもよらぬ言葉を聞いて、思わず向けられた木刀の切っ先を握った。


「じゃあ……!」


 改めて俺は月野アリスではなく、匿名のヒーローに頼むのだと自分に言い聞かせた。


「俺と一緒に、尻ドラム部をやらないか?」


 月野に言えなかった言葉を、代わりにこのヒーローに言う。

 それは、小心者な俺が月野の反応を窺う絶好のチャンスでもあった。


「悪いがそれは出来ない。ヒーローは常に孤独なのだ」


 謎のヒーロー観を語られるとともに拒否され、頭が一瞬だけ真っ白になった。そんな俺を見兼ねてか、月野は言葉を続けた。


「だが、人を紹介することはできる。ここで待っていろ」


 そう言って俺の返事も待たずに、彼女は踵を返した。駆け足で角を曲がり、姿が見えなくなって三十秒ほど経った頃、一人の女子生徒が現れた。と言うより、戻ってきた。


「……月野アリス」

「謎のヒーローにここへ来るよう言われたのだが……」


 その茶番は必要なのだろうか。


「他に何か言われたか?」

「部員を募集している人がいると。……キミか?」

「そうだけど……」


 これも茶番。俺のことを知らないはずがないわけで……。


「刺激的な部活なんだけど……興味ない?」


 俺の誘いに月野は少女のようなあどけない笑みで答えた。


「ぜひ、話を聞かせてくれ」

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